穏当な決定。だが・・・

ブルドッグソース事件の最高裁決定が出た*1


大方が予想したとおりの穏当な結論に、教科書的でさして突っ込みどころもないような理由付けで構成されたこの決定。


ハラハラドキドキしながら帰趨を見守っていた業界関係者の予測可能性もちゃんと保たれたようであるし、これでめでたしめでたし、ということになるのかもしれない。

決定要旨

簡単に本決定の論旨を追ってみていくと、


まず、抗告人側の株主平等原則違反の主張に対し、最高裁は、

新株予約権無償割当てが新株予約権者の差別的な取扱いを内容とするものであっても,これは株式の内容等に直接関係するものではないから,直ちに株主平等の原則に反するということはできない。しかし,株主は,株主としての資格に基づいて新株予約権の割当てを受けるところ,法278条2項は,株主に割り当てる新株予約権の内容及び数又はその算定方法についての定めは,株主の有する株式の数に応じて新株予約権を割り当てることを内容とするものでなければならないと規定するなど,株主に割り当てる新株予約権の内容が同一であることを前提としているものと解されるのであって,法109条1項に定める株主平等の原則の趣旨は,新株予約権無償割当ての場合についても及ぶというべきである。」

と本件に109条1項の趣旨が及ぶことを確認した。


そして、抗告人関係者が受ける「持株比率の大幅な低下」という不利益を認めたにもかかわらず、

「個々の株主の利益は,一般的には,会社の存立,発展なしには考えられないものであるから,特定の株主による経営支配権の取得に伴い,会社の存立,発展が阻害されるおそれが生ずるなど,会社の企業価値がき損され,会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるような場合には,その防止のために当該株主を差別的に取り扱ったとしても,当該取扱いが衡平の理念に反し,相当性を欠くものでない限り,これを直ちに同原則の趣旨に反するものということはできない。」

と株主平等原則の例外が認められる余地を肯定し、例外が認められる場合かどうかを判断するに際して

「特定の株主による経営支配権の取得に伴い,会社の企業価値がき損され,会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるか否かについては,最終的には,会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきものであるところ株主総会の手続が適正を欠くものであったとか,判断の前提とされた事実が実際には存在しなかったり,虚偽であったなど,判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り,当該判断が尊重されるべきである。」

という、「株主自身による判断」に重きを置く規範を定立した。

「本件総会において,本件議案は,議決権総数の約83.4%の賛成を得て可決されたのであるから,抗告人関係者以外のほとんどの既存株主が,抗告人による経営支配権の取得が相手方の企業価値をき損し,相手方の利益ひいては株主の共同の利益を害することになると判断したものということができる。そして,本件総会の手続に適正を欠く点があったとはいえず,また,上記判断は,抗告人関係者において,発行済株式のすべてを取得することを目的としているにもかかわらず,相手方の経営を行う予定はないとして経営支配権取得後の経営方針を明示せず,投下資本の回収方針についても明らかにしなかったことなどによるものであることがうかがわれるのであるから,当該判断に,その正当性を失わせるような重大な瑕疵は認められない。」

本件が例外にあたるかどうかは、以上のような論旨により肯定。


そして、ブルドッグ側が講じた手段の相当性については、

「本件新株予約権無償割当ては,抗告人関係者も意見を述べる機会のあった本件総会における議論を経て,抗告人関係者以外のほとんどの既存株主が,抗告人による経営支配権の取得に伴う相手方の企業価値のき損を防ぐために必要な措置として是認したものである。」
「抗告人関係者は,本件取得条項に基づき抗告人関係者の有する本件新株予約権の取得が実行されることにより,その対価として金員の交付を受けることができ,また,これが実行されない場合においても,相手方取締役会の本件支払決議によれば,抗告人関係者は,その有する本件新株予約権の譲渡を相手方に申し入れることにより,対価として金員の支払を受けられることになるところ,上記対価は,抗告人関係者が自ら決定した本件公開買付けの買付価格に基づき算定されたもので,本件新株予約権の価値に見合うものということができる。」

という点から、

「これらの事実にかんがみると,抗告人関係者が受ける上記の影響を考慮しても,本件新株予約権無償割当てが,衡平の理念に反し,相当性を欠くものとは認められない。」

と結論付けた。

コメント

本決定を一言でまとめるなら、全体的に「株主自身による判断」が強調された決定、ということになるのだろう。


株主平等原則の本旨は「少数株主の保護」にもあるはずだから、「多数株主の判断」が全ての瑕疵を治癒するような発想を安易に持ち込むことは避けられるべきであろうが、本件の事案(買収側にとってもさほど痛手を与えるものではない)に即してみれば結論は概ね妥当といわざるを得ないのであって、この点については、本決定に対する世間の評価と筆者自身の認識にそんなに大きな違いはないと思っている。


もっとも、本決定で「株主の判断」が相当強調されていることをもって、今後「買収防衛策の成功には株主総会決議が不可欠」という論調がさらに強まっていくことには若干の抵抗もある。


最高裁は、東京地裁決定とは異なり、取締役会と株主総会との権限分配については何も述べていない。


言い換えれば、本決定は「株主総会の特別決議までやればまぁ問題ない」と言っているだけで、同様のケースで取締役会決議のみで防衛策を発動した場合にどうなるか、という論点は、未解決の問題として残されている、というべきだろう。


にもかかわらず、株主総会を偏重するムードは依然としてやむ気配はない。


二部上場企業に過ぎず、株主数もたかが知れているブルドッグソースと同じような措置を講じることを、東証一部上場の大企業に求められても困る、というのが多くの業界関係者の率直な意見だと思われる。


そして、プロの実務家といわれる人々なら、単に理想論をふりかざすだけでなく、そういった素直な心情も踏まえた自説の展開に努めていただきたいものだと思うのであるが、なかなかそうはいかない、というのが実情のようである。


唯一分かっていることといえば、取締役会決議(+第三者委員会)のスキームで買収防衛策を発動するよりも、株主総会を発動要件とした方が、企業にとっての余計なコストが遥かにかかる、ということで、それに伴ってプロの法律家の懐に入る報酬も増える、ということ((株主総会の「指導」ほど美味しい商売はない、というのは某著名弁護士先生の至言であるw)。


高名な先生方が、まさかそんなケチくさい発想で、自説を唱えているとは思いたくないのであるが、その辺は一度じっくりと内輪話を聞いてみたいところではある・・・。

*1:最二小決平成19年8月7日(H19(許)30号)(今井功裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070807163246.pdf

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