特許庁にとっては鬼門となりつつある知財高裁第3部で、またもや拒絶査定不服審判不成立審決を覆す取消判決が下されている。
本件は、問題となった商標が「MLB球団のロゴマーク」だった、という異色さゆえに一般紙等でも報道されることとなったが、事案としては、単に原告出願商標が引用商標と類似するか(商標法4条1項11号に該当するか)が争われたものに過ぎず、決して複雑なものではない。
だが、本判決において裁判所が示した“配慮”は、商標の登録審査時の類否判断を考える上では、興味深い材料といえるので、以下取り上げてみることにする。
知財高判平成19年8月8日(H19(行ケ)第10061号)*1
本件における原告の出願商標の構成は
「肉太の円輪郭中に、これとほぼ同じ太さからなる右側を一部切り取った円輪郭状の図形を配し、その切り欠いた円輪郭状図形中に、切り欠き部分にかかるように「UBS」の文字を太字で配した商標」(14頁)
と認定されている。
原告の主張は、「右側を一部切り取った円輪郭状の図形」とはアルファベットの「C」であり、これと「UBS」を組み合わせることによって、「CUBS」(カブス)という称呼・観念・外観が生じるから、引用商標である「UBS」とは類似しない、というものであったが、判決に添付された商標の態様を見る限り、「UBS」の部分が常に「C」と一体のものとして認識されるとは言いがたく、通常の審査実務に照らして考えるなら、本件出願商標と引用商標を称呼類似と判断した特許庁の判断も決して不当なものとはいえないように思われる。
だが、裁判所は以下のように述べて、特許庁の審決における判断を覆した。
「以上のとおり、本願商標は、シカゴ・カブスのロゴと同一形状であること、シカゴ・カブスの名称は我が国においてよく知られ、また、シカゴ・カブスのロゴは我が国において相当程度知られていること、英文字等で構成される商標において、先頭の「C」を、他の文字を囲む形状で大きく表記する例は少なくないこと等に照らすならば、本願商標では、「円輪郭状図形」ないし「C」部分と「UBS」部分とを、一体のものと理解して、「CUBS」すなわち「カブス」と認識するのが自然であり、そうすると、本願商標からは、「カブス」の称呼のみが生じ、「ユービーエス」の称呼は生じないと解するのが相当である。」(19頁)
・・・リンク先の出願商標の態様から、上記の説示を説得的と感じる読者の方はどの程度いらっしゃるだろうか。
確かにサミー・ソーサのおかげで、シカゴ・カブスというMLB所属チームの名称を知っている需要者は少なからずいるだろうが、パッとあの商標を見せられて「UBS」と読まない者がどの程度いるのか、ということを考えると、上記判断をすんなりと是認するのは難しいように思う(しかも被告側が指摘するように、出願商標の指定商品・役務は必ずしも野球に関連するものに限られているわけではない)。
また、先頭の文字をデザイン的に用いるアナグラム手法が、実際に他でも行われているものだったとしても、従来の審査実務では、形式的に抵触する既登録商標の存在をもって、そういった商標をハジいていたという実態が少なからずあったのではないだろうか*2。
実のところ、判決で認定されたその他の事情、特に、
「米国及び欧州共同体においては、本願商標と同様の態様からなる商標と引用商標と同様の態様からなる商標とが共に登録されている」(18頁)
といった国内外での併存登録の存在が、原告の商標権取得を認める方向に働いたことは容易に推察される。
いかに「UBS」が世界的に有名な金融グループであるといっても、その商標の存在をもってMLB所属球団の公式ロゴマークの商標登録を拒絶してしまったのではあまりに格好悪い、と裁判官が考えても不思議ではないし、バランス感覚のある裁判官なら当然そう考えるだろう。
しかし、だからといって(理論上は)本件商標とは別物の商標に対して下された過去の査定の結論が、本件商標に対する審決の妥当性判断に直結するわけではなく、同種の事案で原告の主張が退けられた事案も少なからず存在していたのではないだろうか。
それゆえ、本判決の理由付けが「まず結論ありき」的な不自然なものになっているのは否めないのである。
結論が妥当ならそれでよい、という見方も当然ありうるだろうが、同種の事案に対応する上で、常にこの判決を援用できるか、というといささか心許ないところであろう。
なお、本件では、原審判の称呼類似の判断さえ覆してしまえば審決は取り消せたのであるが、裁判所が、あえて、原告の外観非類似の主張に反論した被告(特許庁)の主張に応答して、
「被告の上記主張は、外観において差異があるとした本件審決の判断に反するものであり、本訴において独立の主張(反論)として取り扱うべきではないが、念のために判断する」(22頁)
と述べ*3、同様に観念についても「念のため」判断して、いずれも類似しないという結論を述べてトドメを差したあたりは、知財高裁第3部の面目躍如といったところ(笑)。
この勢い、しばらく止まりそうにない。