高部判事からの宿題(下)

NBLの構成に合わせ、今回は7月1日号(860号)掲載分より。

営業秘密に係る証拠の提出

このお題については、あまりコメントすることもない。


高部判事ご自身は、おそらく政策決定にも何らかの形で関与されたのだろう。相当の思い入れをもって、「秘密保持命令」や「文書提出命令」、「インカメラ手続」等の諸制度を詳説されている。


確かに、秘密保持命令と憲法82条、32条の関係などは、一種の頭の体操としては面白い話で、

「当事者本人ないし代表者といえども、秘密保持命令の名宛人になっていないときは、自身が当事者となっている訴訟の判決書のうち当該営業秘密部分を知ることができず、上訴するか否かを決定することができないという事態が生じる可能性も考えられる」(45頁)

といった可能性にまで想像を膨らませていくと、際限なく議論はできそうなのだが、実際の特許権侵害訴訟や営業秘密侵害訴訟の審理場面でそこまで行くか、ということを考えると、いかに議論したとしても、所詮は机上の話に止まってしまうように思えてならないのである*1


また、営業秘密侵害訴訟一つとっても、東京地裁のように、営業秘密三要件のうち「秘密管理性」のハードルを上げる判断手法によるのであれば、実質的な営業秘密の内容に踏み込む必要性は相当程度減少するのであって、秘密保持命令が実際に発令された事例がほとんどない(1件のみ)のも、その辺の事情に起因するのではないかと思っている。

職務発明対価請求訴訟

個人的には(上)と合わせた一連の論稿のうち、この章が一番面白かった。


高部判事の「職務発明訴訟」の捉え方は、

知的財産権訴訟の多くを占めるビジネス上の訴訟とはかなり様相を異にし、いわば労働事件に近い」(46頁)

というもので、実務上の問題点を指摘する上でも、その辺りの見方が色濃く反映されている。

「原告が1人の場合であっても、共同発明者が存在する場合には、背後にある他の共同発明者の対価請求を見据えた解決が要求される」(46頁)
「当事者双方に知的財産権を専門とする弁護士が訴訟代理人として選任される特許権侵害訴訟と異なり、必ずしもこれを専門分野としない弁護士が選任されることがあり、専門的技術的な分析が十分に行われていないケースが見られる。」(46頁)
「証拠調べに時間を要する上に、裁判体による判断のバラつきが大きな金額の差を生み出す。」(47頁)

この辺はまさに労働事件とも共通する問題だろう。


また、「使用者等が受けるべき額」の算定について、

「中にはきわめて精緻な算定方式を定立する裁判例もみられるが、精緻にすぎて、何が要証事実なのか明確でなくなってしまい、当事者にとっても、裁判所にとってもきわめて膨大な作業を強いられることになる。」(47頁)

と述べられるあたりなどは、「設楽フォーミュラ」への皮肉と取れなくもないが(笑)*2、いずれにせよ、的確な指摘であると思われる。


高部判事は、結局、

「筆者自身の担当した事件を振り返ってみると、そのほとんどが和解によって終局した。」(47頁)

という経験を元に、

職務発明対価請求訴訟は、証拠によって認定する訴訟手続によるのではなく、非訟手続になじむように思われる」(47頁)

と説かれ、上記のような問題点を解決する方法として、「ADRの活用を視野に入れる」ことを提言されているのであるが、ADRのような手続は双方に和解する意欲があって初めて成立するものであって、純粋な利益紛争とはいえない職務発明訴訟で、果たしてそういった手続が成立しうるかどうか、という点には疑問も残るところである*3・。


だが、通常の訴訟ルートによる解決の限界を、現役の裁判官が指摘した、というのは、これまた非常に重い話であるように思われ、それだけでも価値のあるコメントといえるのではないだろうか。

インターネット社会における著作権

最後に高部判事は著作権訴訟の現状を分析されている。


紹介されている事件のうち、「まねきTV」の事件の地裁決定や「MYUTA」事件などは、まさに高部コート自身の手にかかるものであるから、それが“客観的”に紹介されているのを見ると、思わずニヤついてしまうのであるが、

「サービスを提供する業者の側も、裁判例の集積に伴い、何が侵害の主体という要素を構成するか、研究しているところが面白い」(49頁)

というコメントが実際の事件に携われた方としての率直な心情なのだろう。


高部判事は、「今後の課題」として、

「だれでも情報の送り手となることが簡単にできるようになったインターネットをどのように動かすのか、立法によって合意形成し得る部分については立法することによってルール作りをすることが望まれる。それによって、著作権の保護とインターネットの特質を利用者が享受できるという利益のバランスが図られよう」(49頁)

という提言を行っている。


権利者寄りの視点だけではなく、新しい技術の恩恵を受けるというユーザー側の利益にも配慮したこのあたりのコメントは、いつもながらの素晴しいものだと思われるのであるが、一点気になることがあるとすれば、

「明確にすべき点は立法によって明確化し」

のくだりだろうか。


立法による明確化と司法解釈による柔軟な対応を組み合わせることで妥当な解決が図られる、という前提自体は、一般論としては決して間違っていないと思うのであるが、今のように「立法」の場面で力の強い権利者サイドの無茶がまかり通る時代に(そこまでいかなくても、権利者とユーザーの利害が先鋭に対立し、落ち着きどころを見いだしにくい時代に)、「立法」に期待することが有意義かどうかは疑問も残るところであり、ここでは、そのような「現実」も踏まえた提言があっても良かったのではないか、と思った次第である。




以上、駆け足になってしまったが、高部判事の論稿へのコメントはこれにて終了。


夏休みの「宿題」にするには、少々重過ぎる(笑)感もある課題が山積みなのではあるが、これから残された課題がどのように解決されていくのか、そしていずれはこの世界に戻ってこられるであろう高部判事ご自身が、提言の具体化にどのような形で関与されていくのか、興味深く見守っていきたい。

*1:筆者自身は、長らく「裁判公開」という憲法上の大原則を崩してまで、秘密保持のための特殊な手続規定を知財訴訟において導入する意義が果たしてどれだけあったのか、疑問を抱いている。これは、一部の学者や実務家が唱えた“机上の想定”が膨らみすぎた結果に過ぎないのではないか・・・と。

*2:高部判事は本稿の中で、「細かい事実を認定して精緻ではあるが推定を重ねフィクションに陥るような計算をするよりも、もう少し裁量の幅のある解決をすることが可能な制度が相応しいと思われる」(47頁)とより厳しい見方も示されている。

*3:訴える側にしてみれば「裁判で会社を訴える」ことに大きな意義を見いだしているわけだし、訴えられる側にしても、他の社員発明者のことを考えると妥協する余地はほとんどないといわざるを得ない。