博士課程授業料ゼロ

日経の夕刊に↓のような記事が載っていたのだが・・・

東京大学は来年度から、大学院博士課程に在籍する学生(約6000人)の授業料負担を実質ゼロにする方針を固めた。国立大では初の試みで、財源に約10億円を充てる。欧米や中国の一流大との“頭脳獲得競争”が激化する中、国内外の優秀な学生を招くには奨学制度の抜本的な充実が不可欠と判断した。」(日本経済新聞2007年9月29日付夕刊・第12面)

あたかも画期的な試みであるかのように報じられているが、内容を見ると、

ティーチングアシスタント(TA)、リサーチアシスタント(RA)と呼ばれる教育・研究活動の補助者に採用して給与として渡す案、授業料の免除制度を拡充する案などを検討している。支給は無条件ではなく、極端に成績の悪い者などは対象外とする方向」

ということで、この程度のことなら他の国立大学でもやっているだろう、というのが率直な感想である*1


東大の博士課程くらいになれば、研究奨励金の支給率も決して低くはないだろうし、時間的余裕を生かして「副業」に励むこともさして困難ではないはずで、周囲を見回しても「学部・修士時代に比べれば生活は楽になった」と豪語する輩が多かったような気がするから、実態としてそんなに画期的な変革といえるのかは疑わしいところだ。


もちろん、「プロ研究者予備軍」と位置付けられる博士課程の学生が「授業料を払って」在籍しなければならない、という制度そのものの矛盾*2については再考の余地があると思うし、「経済的負担」が心理的な壁となって優秀な学生の博士課程進学を阻んでいるという実態が存在するのであれば、何らかのアドバルーン的施策を設ける意義はあると思うのだが、後者に関して言えば、「在学時の負担」よりも、「授業料以前に今日食っていくための金がない」ことや「博士課程に行った後の道が開けていない」ことの方がよほど重大な問題なわけで*3、授業料を実質ゼロにしたくらいで状況が変わるか、といえば大いに疑問だ。


ちなみに、学生にとっては重く見える「年52万800円」の負担も、世の中でそれなりに働いている者にとっては、半期のボーナス1回分で優にお釣りが来る程度の“小金”に過ぎない*4し、散々飲んで食って遊んでも、1〜2年分の貯金で3〜4年分の学費は捻出可能なのだから、大学の側でも、もう少し社会人向けに広く門戸を開いてくれれば(夜間や職業人派遣だけではなく、フルタイムで研究にいそしめる研究者予備軍として迎え入れてくれれば)、無駄に資金を費やすことなく、優秀な研究者の卵を確保できるんじゃないだろうか。


本当に国際的な頭脳獲得競争に勝利を収めたいのであれば、「学部−修士−博士」という“間断なき純粋培養的研究キャリア”に対する幻想をさっさと捨てるのが先だ。


光が当たらないまま野に埋もれかけている人間を大勢見てきただけに、殊更そう思う*5

*1:確か北海道大学の法学研究科あたりでは2年くらい前から既に同じような制度を導入していたはずだ。

*2:しかも授業料に値するほど“与えられている”プログラムが多いわけでもない。大学という恵まれた研究環境に身を置くことのメリットを考えれば一定の対価を支払うことの必要性自体が否定されるわけではないが、それでも圧倒的に“与えられる”物が多い学部生等と同額の「授業料」を支払わなければいけない、という点については見直す余地があると思う。

*3:それでもいいから大学に残りたい、という人であれば、少々の授業料負担があっても大学に残っているというのが実態だろう。

*4:ついでに言えば、筆者の勤め先は決して給料が恵まれている部類の会社ではない。

*5:もっとも、国際的な「競争」が現に存在している理系の学問分野と異なり、法学のようなドメスティックな分野において斬新な改革が行われることなど、期待するだけ無駄だろうけど。

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