商標いろいろ(その7)〜「東京メトロ」の敗北

最初に審判を請求したときは“なんてことのない戦”だった(のかもしれない)。


そして、取消2005-31299号事件における特許庁の審決(平成18年12月5日)が出されるまでは順当に進んでいた(ように見える。少なくとも傍目には)。


だが、状況は知財高裁で一変する。

知財高判平成19年9月27日(H19(行ケ)第10008号・審決取消請求事件)*1

原告:X(個人)
被告:東京地下鉄株式会社


本件は、商標法50条1項の規定により、原告が有する商標「東京メトロ」(第4609287号)を取り消す審決が出されたため、それを不服とした原告が取消訴訟を提起したというものである。


原告商標の指定商品は、「新聞、雑誌」であり、原告は、平成17年4月29日から5月、11月18日から12月上旬にかけて、世田谷区内において「とうきょうメトロ」という新聞を作成・頒布していた事実を主張したのであるが、原審決は、

(1)原告が新聞を配布したことを客観的に証明する証拠が提出されていない。
(2)本件新聞は市場において独立して商取引の対象として流通に供されたものとは認められないから、本件審判の請求に係る指定商品「新聞、雑誌」のいずれにも含まれない商品というべきである。

という二段構えの論理で、申立人(本件被告)の請求を認め、原告商標の不使用による取消しを認めた。


申立人側にしてみれば、そもそも頒布数や頒布地域が限定されている(所詮は素人の作ったタブロイド紙だ)上に、理論上も指定商品該当性が否定されるのであれば、まさか負けることはないだろう、と思ったに違いない。


だが、裁判所は、原告が提出した印刷会社や、大手頒布先に関する証拠から、「とうきょうメトロ」という新聞が無償で頒布されていたことを認定し、その上で、以下のような驚くべき説示を行ったのである。

「商標法上の「商品」といえるためには、商取引の対象であって、出所表示機能を保護する必要のあるものでなければならないと解される。」
「上記のとおり,商標法上の「商品」は,商取引の対象であるから,商品が売買契約の目的物であるなど,対価と引換えに取引されるのが一般的である。しかし,「商取引」は,契約の種類が売買契約である場合に限られるものではなく,営利を目的として行われる様々な契約形態による場合が含まれ,対価と引換えに取引されなければ,商標法上の「商品」ではないということはできない取引を全体として観察して,「商品」を対象にした取引が商取引といえるものであれば足りるものと解される。」(以上6頁)

「本件新聞のような無料紙は,配布先の読者からは対価を得ていないが,記事とともに掲載される広告については,広告主から広告料を得ており,これにより読者から購読料という対価を得なくても経費を賄い,利益が得られるようにしたビジネスモデルにおいて配布されるものである。したがって,読者との間では対価と引換えでないとしても,無料紙を広告主に納品し,あるいは読者に直接配布することによって広告主との間の契約の履行となるのである。現に,本件新聞の創刊号は広告依頼主に商品として納品されているのであり,このような形態の取引を無料配布部分も含めて全体として観察するならば,商取引に供される商品に該当するということができる。」(7頁)

確かに、「商品」該当性を判断する上で「有償であること」を要件ですべきでない、という見解はかねてから説かれているところでもあり*2、「取引の対象たりえるもの」か否かを基準に判断しようとすること自体は間違っていない。


しかし、上記の判断基準を提唱する田村教授にしても、商標権侵害の場面と不使用取消の場面を区別した上で、

「本件のようにこと商標権者側の使用の存否に関する限り、無償で配布される印刷物にのみ商標を付しているに過ぎない者に商標権を維持する必要はない。」

として、商標を付した「新聞」を無償頒布していた場合について、新聞を指定商品とする当該登録商標の不使用取消しは免れ得ない、という結論を導いている*3


実務上も、店頭で無償頒布するような新聞・雑誌については、何が何でも当該区分を押さえなければならない、という感覚はあまりない、といって良いだろう*4


そんな中で、知財高裁が下した上記の判断が実務に与える影響は決して小さなものではないように思う*5


本件とこれまでの学説・判例を差別化するなら、

「他の事例で頒布された無償印刷物、新聞等が、他の何らかの商品・役務の宣伝等の目的で配られていたもの(それゆえ、本来宣伝すべき商品・役務と関連付けることができ、当該媒体のみが独立して「商品」に該当すると考える必要性に乏しい)だったのに対し、本件ではそのような目的が存在しなかったこと(あくまで原告は、単なる販促物としてではなく、「新聞」として受け取ってもらうことを期待して「とうきょうメトロ」を配布していた)*6

といったあたりに、違いを求めるべきなのかもしれないが、そうだとすれば、「広告主との間の契約の履行」をもって「商品」性を肯定する根拠としたのは、どうもいただけない*7


インターネット上のニュースサイトやメールマガジンなど、顧客への提供自体が無償で行われていても、それらを「新聞」「雑誌」、あるいは「電子出版物」と見ることに何ら抵抗がないメディア媒体も増えてきているだけに、知財高裁としてもビジネスモデルの転換、という時代背景を踏まえて方針転換をしたのかもしれないが、そのようなメディア媒体を「商品」とするための“キレイな理由付け”を見つけるには、もう少し時間がかかりそうな気がする*8


なお、負けた「東京メトロ」(被告・東京地下鉄株式会社)にしても、これまでの発想に則って考える限り*9、「東京メトロ」という名称を冠した販促紙、広報紙を地下鉄利用者に無料配布したくらいでは商標権侵害の責めに問われる心配はなさそうだから*10、不使用取消に失敗したことによるダメージは限定的だと思われる。


もちろん、いつ何時権利者から反撃されるか分からない、というリスクを背負ってしまったのも、また事実なのであるが・・・(それゆえ不使用取消を仕掛ける際には細心の注意が必要となる。)。

*1:第4部・田中信義裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070928144009.pdf

*2:田村善之『商標法概説〔第2版〕』(弘文堂、2000年)244頁。

*3:田村・前掲243頁、東京高判昭和52年8月24日〔日曜夕刊〕に対するコメント。田村教授は単に「商品」該当性判断の場面で「有償性」と基準とすべきでない、といっているだけで、「使用」該当性判断の場面では、有償か無償かといった事情も考慮すべき、と考えておられるようである。

*4:もちろん、“念のため”当該商品区分を押さえることはあるにしても。

*5:上記事例のほかにも、ドクター中松氏が「がんばれ日本」をめぐって争った東京高判平成16年11月30日(H16(行ケ)第337号)(第1部・北山元章、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/779523442AB5D7394925701B000BA399.pdf)など、無料頒布の印刷物等の商品性を否定した裁判例は存在する。

*6:被告側が主張するように、「広告」を本来の役務とする、という考え方が取れなくもないが、本来「広告」自体が他の商品・役務に付随した役務と認識されがちなものであることを考えると、媒体そのものの商品性を否定してまで、それを「前面に出るもの」と位置付けるのは、少々無理があったような気がする。

*7:その後の「広告主との関係でも広告媒体としての当該無料紙の価値が高まる関係にある」のくだりも同様である。ここではむしろ、「無料紙が多くの人に読まれることにより、原告がより多額の広告収入を得ることができる」という関係に着目すべきだったのではないだろうか。要は本件判決は発想が“逆”なのだと思う。

*8:ちなみに毎日新聞のインターネットサイトでの商標使用が争点になった「JamJam」事件(名古屋地判平成13年11月9日、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/97A1DA1874819BAA49256B530007839B.pdf)では、新聞社(被告)側の商標の使用が、広告主等との関係において「広告」及び「求人情報の提供」に当たる、という判断がなされている(読者との関係でいかなる商品・役務に該当するか、は原告商標に関係しないため認定されていない)。

*9:例えばBOSS事件(大阪地判昭和62年8月26日)など。

*10:あくまで、自身が提供する本来役務(第39類・鉄道による輸送等)での使用と理解される可能性が高い。

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