注文の多い裁判所

無効審判の審決が覆ったくらいではもはや驚かない。
相変わらず、末尾に付された“苦言”が粋な、知財高裁第3部。
今回は、商標の類否をめぐる一事例である。

知財高判平成19年9月26日(H19(行ケ)第10042号)*1

原告:X(個人)
被告:株式会社光英科学研究所


本件は、被告の登録商標、「腸能力」(第4820876号)が、「腸脳力」(第4809624号)と類似する商標である、として、原告が無効審判を請求したことに端を発している。


特許庁は、本件商標と引用商標の類否について審理を行わないまま、

「本件商標の指定商品(注:第29類・豆乳を主原料とするカプセル状の加工食品」と引用商品の指定商品中の「共棲培養した乳酸菌生成エキスを加味してなる豆乳、その他の豆乳」は、互いに類似する商品ということができないから、本件商標が商標法4条1項11号に該当するとする原告(請求人)の主張は理由がない」

として、無効審判を不成立とした(無効2006-89047号)。


請求人(原告)が個人とはいえ、吉武賢次弁護士以下、協和特許法律事務所のバックアップが付いていることもあって*2、舞台を裁判所に移しての商品の類似性に関する当事者の主張合戦はなかなか充実したものになったのであるが、裁判所は以下のような理由により、商品類似性を肯定した。

「上記証拠により認定した事実によれば,本件商標の指定商品「豆乳を主原料とするカプセル状の加工食品」及び引用商標の指定商品中の「共棲培養した乳酸菌生成エキスを加味してなる豆乳」は,いずれも,豆乳を主原料とし,健康に効果があるとして,又は効果が期待されるものとして製造販売される,いわゆる健康食品の範疇に属する商品を含む点において共通することに照らすと,両者は,商品の性質,用途,原材料,生産過程,販売過程及び需要者の範囲などの取引の実情において共通する商品であり,さらに,仮に商標法4条1項11号にいう「類似する商標」が使用されることを想定した場合,これに接する取引者,需要者は,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがないとはいえない程度に共通の特徴を有する商品であると解すべきである。」
「以上のとおりであるから,本件商標の指定商品である「豆乳を主原料とするカプセル状の加工食品」と,引用商標の指定商品中の「共棲培養した乳酸菌生成エキスを加味してなる豆乳」とは,それぞれの指定商品が類似する。」
(9-10頁)


一時、医薬品と健康食品が商品として類似するか、争われた事案が目立っていたが*3、それに比べると、本件は同じ「食品」間での戦いだけに、このような結末も予測することは可能だったといえるだろう。


類似群コードが異なる、という被告の主張を、

「引用商標について付されている類似群コードは,単なる参考情報にすぎず,公権的な判断ということはできないし,そもそも類似群コード番号を記載した「類似商品・役務の審査基準」は,特許庁における商標登録出願の審査事務等の便宜と統一のために定められた内規にすぎず,法規としての効力を有するものではないから類似群コードとして「32F05」が付されていることは,引用商標の上記指定商品が,健康食品として販売される商品を含む概念であると解することを妨げるものとはいえない。」(10頁)

と退けたのも、以前の判決で既に見られた傾向ではある*4


だが、やはり痛快な説示は最後の最後に待っていた。

「なお,本件において,主要な争点は,指定商品が類似するか否かではなく,本件商標と引用商標とが類似するか否かである。そして,商標の類似性に影響を及ぼす取引の実情に係る事実関係と,指定商品の類似性に影響を及ぼす取引の実情に係る事実関係とは,考慮要素において共通する点があるものの,前者の方が後者よりも,多様かつ複雑であり,その審理範囲は広範である。審決が主要な争点である商標の類否について判断を省略し,指定商品の類否についてのみ判断をした点は、審理のあり方として適切さを欠いたものといえる。今後再開される審判手続においては,本件商標と引用商標との類否について審理することになるが,その審理に当たっては,単に称呼,外観,観念のみを対比するのではなく、当事者の主張、立証を尽くさせた上で、確立した判例に沿って、「商品に関する具体的取引状況を可能な限り」明らかにして,それらの事実を総合して,両商標の類似性の有無を対比判断すべきである。」(11頁)

実務サイドの発想でいえば、商標の外観、称呼、観念の類否だろうが、指定商品の類似性だろうが、容易に類似性を否定できる方を認定判断しておけば、無効審判を不成立にするには十分、と考えるのは決して不思議なことではない。


そして、取消訴訟まで来ても、商標の類否について当事者が何ら主張しなかった以上、裁判所は淡々と商品の類似性を判断すればよかったのではないか、という考え方は当然出て然るべきである。


しかし、裁判所はそのような発想に立たなかった。




本件では、「腸能力」と「腸脳力」とで、称呼は明らかに同一と考えられるし、外観も極めて近いものがあるため、その点を看過すべきではない、という裁判所の思いが判決に投影された、というべきなのかもしれないが、それにしても・・・


特許庁審判部にとっては悩ましい日々が続きそうな気配である。

*1:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070926155519.pdf

*2:それゆえ、背後にもっと大きな力が存在することを感じさせるのであるが・・・。

*3:大阪地判平成18年4月18日(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060504/1146736910#tb)、知財高判平成18年4月27日(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060505/1146752662#tb)など。

*4:知財高判平成19年6月27日、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070708/1183936893#tb参照。

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