日経新聞月曜版の「法務インサイド」で、先日出されたキヤノン製インクカートリッジリサイクル事件の最高裁判決が取り上げられている(日本経済新聞11月26日付朝刊・第16面)。
最高裁判決が出た際のエントリーでも触れたように*1、最高裁は、知財高裁が定立していた規範を大幅に修正する形で結論を導いたのであるが、これに対するメーカー、リサイクル業界双方の反応が面白い。
最高裁で勝ったメーカー側が、判決を賞賛するのはおおよそ想像されるところで、上記コラムの中でもキヤノンの田中信義専務が、最高裁の基準を
「特許を重視し、幅広く再生品に網を掛けた」(同上)
ものと評価した上で、
「今後は他社への法的措置も辞さない」(同上)
という強気な姿勢を示している*2。
だが、記事によれば、リサイクル業者の側でも、最高裁判決を評価する動きがあるようだ。
記事の中では、「判決は個別判断」(ゆえに自社の製品が特許権侵害にあたることはない)というごく当然のコメントに加え、「リサイクル事業者が強気な理由」として、
最高裁の侵害判断基準に「取引の実情」との表現が盛られたこと
を挙げている。
今回の最高裁判決で考慮されている「取引の実情」は、
(5) 被上告人による使用済みインクタンクの回収等
ア 被上告人は,使用済みのインクタンクにインクを再充てんして再使用することとした場合には,インクタンクの内部に残存して乾燥したインク等がプリンタヘッドのインク流路及びノズルの目詰まりの原因となり,印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を生じさせるおそれもあることなどを理由に,被上告人製品について,インクを再充てんして再使用するのではなく,1回で使い切り,新しいものと交換するものとしている。そして,被上告人製品がこのような使い切りタイプのインクタンクであることを示すとともに,使用済み品の回収を図るため,被上告人製品の包装箱,被上告人製品が使用される被上告人製のインクジェットプリンタの使用説明書,被上告人のホームページにおいて,被上告人製品の使用者に対し,交換用インクタンクについては新品のものを装着することを推奨するとともに,使用済みインクタンクの回収活動への協力を呼び掛けている。
イ 被上告人を含むインクジェットプリンタの製造業者は,それぞれ自社のプリンタに使用されるインクタンク(いわゆる純正品)の販売を行っている。他方,純正品のインクタンクの使用済み品にインクを再充てんするなどしたインクタンク(いわゆるリサイクル品)が,複数の業者により販売されている。このようなリサイクル品の製造方法は,おおむね丙会社による上告人製品の製造方法と同じである。また,インクタンクの使用者がインクを再充てんするために用いるインク(いわゆる詰め替えインク)も販売されている。しかし,被上告人は,リサイクル品や詰め替えインクの製造販売をしていない。
というもので、決してリサイクル事業者側に有利な要素としては働いていないのであるが、リサイクル事業者側は第一審同様、「リサイクル品に一定の理解は示した」判断と受け止めたようである。
最高裁判決が提示した「総合考慮」基準による限り、裁判官の裁量次第で結論はどうにでも動く。
そのことは随所で指摘されていることであるが、上記のような両業界の反応を見る限り、ことはまさに最高裁が意図したとおり(?)に進んでいるといえるだろう。
「特許発明の本質的部分」を侵せば消尽の成立が否定される知財高裁の基準に比べると、最高裁の基準は曖昧で予測可能性に欠ける、という批判も当然に予想されるところであり*3、筆者自身も通常であれば、予測可能性に乏しい規範を高く評価したりはしない(法務サイドの人間としては当然のことであろう(笑))のだが、“環境”を旗印に掲げたリサイクル事業者のビジネススキームと、メーカーのビジネススキームのガチンコ対決、の様相を呈している本件に限って言えば、ある程度議論の余地をもう少し残しておいたほうが良いのかな、と思う次第で。
今後、相次いで起きるであろう同種紛争に、第1ラウンドである東京・大阪の両地裁がどのような判断を下すのか、がまずは注目されるところである。