まだ終わらない職務発明訴訟

一昨年から昨年にかけて、日亜化学、日立といった大物事件が相次いで終わりを迎えたこともあって、最近は注目も下火になってきていた職務発明訴訟だが、「事件はまだ終わってはいない!」ことを如実に示すようなニュースが7日付の夕刊に掲載されている。

「日本語ワープロで使われる「仮名漢字変換方式」などの技術を発明した東芝の元社員が特許譲渡の対価として、同社に約2億6000万円の支払いを求めて東京地裁に提訴することが7日、分かった。元社員は1970年代に技術を発明し、現在も日本語ワープロソフトの基礎として広く使われているという。」
「提訴するのは東芝の元社員、天野真家・湘南工科大学教授(59)。同日午後に訴状を提出する予定。」
日本経済新聞2007年12月7日付夕刊・第22面)

記事には、訴状記載の内容と思しき中身が比較的詳細に書かれており、それによると、

(1)入力した仮名を前後関係から判断して漢字と仮名の交ざった文章に変換する「二層型仮名漢字変換方式」
(2)一度使った漢字を優先的に変換する「短期学習機能」

というのが発明の内容であり、東芝は権利承継後1977、78年に計4人の連名で特許を出願したが、天野教授に支払われた報奨金は約23万円に過ぎなかったため、東芝が2年間*1で得た利益を約26億円と想定し、対価を「貢献分の10%」として、上記のような請求を行った、とされている。


得てしてこの種の訴訟は、請求段階では大風呂敷が広げられるもので、共同発明、かつワープロソフトの中の一部機能に関する発明、という本件状況下で、受けるべき利益の10%の丸取りが認められるはずもなく、それゆえ2億6000万円という請求金額自体を過大評価する必要はないと思われるが、原告である天野真家氏は学会では著名な業績を残したと評価されている方のようでもあるし*2、裁判所の認定次第では数千万円級の請求が認容されても決して不思議ではない事件といえよう。


天野教授の東芝社内での処遇がどのようなものだったのかは、今の段階ではうかがい知ることができないのだが(他のニュースには「元技監」の肩書がついていたりもするので、それなりの地位にはあったのだろう)、「23万円の報奨金」がいかにも安すぎる、と感じられてしまうのは、これまでの同種の訴訟と何ら変わるところはない。

「訴状は見ていないが、特許の対価は社内規定に基づいて適正な対価を支払っている」

という東芝広報室のコメントが空しく響くのは筆者だけだろうか。



かねてから本ブログでも指摘しているとおり、職務発明訴訟を起こす元社員に対して「恩知らずの変わり者だ」と悪態を付くだけでは事態は何ら変わらないであろう。


優秀な開発技術者には、職制や年齢にかかわらず、その能力にふさわしい報酬と自由を与える。


そういう方向へ急速に舵を切っていかない限り、優秀な人材に逃げられるか、さもなければ職務発明の対価請求訴訟を起こされるか、というジレンマを、あと20年近く抱えていかねばならないことになるのは自明の理だと思う*3

*1:特許が存続したのが1997〜1998年までで、その間に支払われるべき実績補償金のうち、いまだ請求権の消滅時効が到来していない1996年、1997年分(おそらく実績調査期間と支払時期1年ずれていたのだろう)までを対象としている。

*2:氏のお名前をネット上で検索してみると、「情報処理学会フェロー」なる賞の受賞を知らせるニュース(湘南工科大の学内広報)に行き当たる(http://www.shonan-it.ac.jp/news/information/060308fellow.html)。特許出願当時、若干29歳の若手研究者であった天野教授が発明者として社内で認定を受け、その後の数々の表彰等の対象にもなっているという事実は、氏が発明に対して相当以上の貢献をしたことの現われとも考えられ(実質的には発明に関与していない上司が名前を連ねることはあってもその逆のパターンはそんなにあるものではない)、“実質的発明者とはいえない”的な抗弁を立てるのは少々苦しい事例であるようにも思われる。

*3:先般特許法が改正されたとはいえ、それ以前に権利承継された特許が権利存続期間切れを迎えるまでには2025年まで待たねばならない。

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