「公務員」の重さと27年の重み

夕刊にいろいろと考えさせられる判決のニュースが載っていた。

「学生時代の反戦運動参加で執行猶予付き有罪判決を受けたことが発覚し、約27年後に失職とされた元郵便局員の稲田明郎(57)が、郵便事業会社に地位確認などを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第一小法廷は13日、男性の上告を棄却した。「禁固以上の有罪が確定すれば失職」とする国家公務員法の規定を根拠に稲田さん敗訴とした1,2審判決が確定した。」
日本経済新聞2007年12月13日付夕刊・第22面)

実際に失職したのは2000年(「逮捕歴があるとの匿名の電話」により事実が発覚)で、最高裁判決まで7年もかかっているあたりに、この問題のセンシティブさをうかがい知ることができる。


国家公務員法では、欠格条項として、

(欠格条項)第38条 次の各号のいずれかに該当する者は、人事院規則の定める場合を除くほか、官職に就く能力を有しない。
1.成年被後見人又は被保佐人
2.禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終るまで又は執行を受けることがなくなるまでの者
3.懲戒免職の処分を受け、当該処分の日から2年を経過しない者
4.人事院の人事官又は事務総長の職にあつて、第109条から第111条までに規定する罪を犯し刑に処せられた者
5.日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者

という定めが設けられており、さらに、

(欠格による失職)第76条 職員が第38条各号の一に該当するに至つたときは、人事院規則の定める場合を除いては、当然失職する。

という機械的な規定が設けられている。


本件の時系列は、

1972年9月 ベトナム反戦運動に参加して公務執行妨害容疑で逮捕
1973年4月 旧郵政省に採用、神奈川県藤沢郵便局で勤務
1973年12月 懲役4月、執行猶予2年の有罪判決

という流れになっており、執行猶予付きとはいえ、「採用後」に有罪判決が確定しているから、本来はこの時点で「失職」していなければならないはず。


これが通常の会社であれば、27年前の刑事事件を根拠に懲戒免職処分をしようものなら、よほどの凶悪事件でなければ、権利濫用法理で潰されるだろうし、本件のような判決は「不当」ということになるのだろうが、国家公務員法では、管理者側に裁量の余地がない「自動失職」の効果が発生する、というつくりになっているから、ちょっと問題状況も異なるところである。


ちなみに、第一小法廷では、横尾和子裁判長以下、5人中4人が

「失職規定は公務に対する国民の信頼確保が目的。失職理由がある事実を隠し通して勤務を継続したにすぎず、失職とすることが信義則違反とは言えない」

という多数意見を支持しているが、一方で泉徳治裁判官による

「執行猶予期間が経過した2年後には失職理由がなくなり、その後四半世紀も無事勤務を続けた。公務から排除すべき必要性は消失した」

という少数反対意見も付されている。


27年の重みを重視する人から見れば、そもそも有罪判決自体が当時の時代背景を色濃く反映したもので*1、上告人に「禁固以上の刑」が課されるほどの可罰性があったかどうか疑わしいものだった上に、それが発覚せずに今までやってこられた、というところに、上告人の善良な働きぶりが透けて見えるのであって*2、「何をいまさら・・・」的な本判決は当然批判の対象になってくるだろう。


その一方で、現業職とはいえ「国家公務員」という職の重さを重視する人からは、いくら歳月が過ぎたところで、失職事由に該当していた過去があった以上は、厳格に規定を適用すべきであって、感情的な宥恕を与える余地はない、という意見も出てくることだろう。


なお、他の記事によれば、本件での上告人の扱いは、「確定時に遡って失職」ということのようだから*3、その後の27年間の勤務関係(特に受領した賃金等)がどう整理されるのか、という問題は出てくるだろうし、過去の有罪判決が発覚した2000年から本判決が出るまでの間の郵便事業をめぐる組織再編のあり様を鑑みると、そもそも現在の郵便事業会社に対する地位確認請求自体が認められるものなのか?という論点も出てくることだろう*4


現時点で、まだ最高裁のHPにはアップされていないのであるが、これは是非、自分の目で確かめてみたい判決である。

*1:別の記事によると、「デモ行進中に機動隊員を殴った」というのが有罪の理由となった事実だったようだが、当局ににらまれれば肩が触れただけでも捕まって懲役を食らいかねなかった時代のこと。現在の量刑基準に照らして相当な刑といえるべきものかどうかは疑わしい。

*2:もし上告人が採用後も素行不良でトラブルを起こしていたり、組合活動等で暴れていたら、とっくの昔に前歴が照会されて、事実が発覚していても不思議ではないのであって、それが全く問題にされることなくここまで来たこと自体、「無事勤務を続けた」ということ以上の意味があったように思える。

*3:http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_justice2__20071213_7/story/13mainichiF1213e047/

*4:かつての郵便局職員が、全員自動的に新会社に採用される仕組みになっていたのかどうか、が問題になりそうである。詳しいことは調べていないので不明だが。

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