最高裁の法廷意見と言えば、一時、第一小法廷の泉徳治裁判官の独壇場のようになっていた時期もあったが、最近では第三小法廷の田原睦夫裁判官(弁護士出身)も存在感を発揮するようになってきている。
破産法・取引法の世界で有名な先生だっただけに、特に民商事系の訴訟におけるコメントが気になるところなのだが、以下で取り上げる判決も、補足意見ながらなかなか興味深い説示を展開されている点で注目されるところである。
最三小決平成19年12月11日(H19(許)第23号)*1
メディア等でも若干報じられていたが、本件は抗告人(訴外Aの相続人)らの遺留分減殺請求権の行使に際し、Bが生前にAの預貯金口座から払戻しを受けた金員が特別受益にあたるか否かを確認するため、Bとその取引金融機関である「相手方」に対して「取引履歴が記載された取引明細表」の提出を求めたものである(文書提出命令)。
原々審が申立てを認容した後に、原審は、本件明細表が「職業の秘密を記載した文書」にあたると判断し、民訴法220条4号ハ、197条1項3号に基づき提出を拒否できるものとした。
しかし、最高裁は金融機関が有する守秘義務は、あくまで個々の顧客との関係において認められるものにすぎない、とし、
「金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。そうすると,金融機関は,訴訟手続上,顧客に対し守秘義務を負うことを理由として上記顧客情報の開示を拒否することはできず,同情報は,金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されないものというべきである。」(3頁)
と述べた上で、本件明細表は金融機関がBとの関係で守秘義務を負うものに過ぎず、Bは守秘義務によって保護されるべき正当な利益を有しないから、金融機関も本件明細表の提出を拒否することはできない、としたのである。
この全会一致の意見に加えて、「顧客情報と職業の秘密の関係」について論じたのが田原睦夫裁判官の補足意見である。
田原裁判官は、顧客情報を
(1)取引情報(預金取引や貸付取引の明細,銀行取引約定書,金銭消費貸借契約書等)
(2)取引に付随して金融機関が取引先より得た取引先の情報(決算書,附属明細書,担保権設定状況一覧表,事業計画書等)
(3)取引過程で金融機関が得た取引先の関連情報(顧客の取引先の信用に関する情報,取引先役員の個人情報等)
(4)顧客に対する金融機関内部での信用状況解析資料,第三者から入手した顧客の信用情報等。
に分類した上で、金融機関の一般的な守秘義務を「当該個々の顧客との関係での義務」であって、「民訴法197条1項2号に定める医師や弁護士等の職務上の守秘義務とは異なる」とする。
「民事訴訟手続において、顧客に対して裁判所より特定の顧客情報の提出が求められた場合に、当該顧客においてそれに応ずべきものであるときは、金融機関が裁判所の求めに応じて当該顧客情報を提出したとしても、特段の事情のない限り、守秘義務違反の問題は生じないものというべきである。」
とし、上記(1)、(2)に分類される顧客情報がこれに該当する、としたのである(本件の顧客情報は(1)に該当する)。
本決定には、これまで漠然とした「守秘義務」の壁に阻まれていた金融取引関係書類の訴訟の場における利用に途を開いた点で大きな意義があると思われるが、田原補足意見は、そのような結論を導いた過程を詳細に説明している点で価値がある、ということができるだろう。
なお、田原補足意見は更に続けて、
「金融機関が顧客情報につき文書提出命令を申し立てられた場合に、顧客との間の守秘義務を維持することが、金融機関の職業の秘密として保護するに値するときは、金融機関は、民訴法220条4号ハ、197条1項3号により、その文書提出命令の申立てを拒むことができる。」
と述べたほか*2、金融機関が「契約上の守秘義務に基づき、当該文書が職業上の秘密に該り、文書提出命令の申立てには応じられない旨申し立てるべき義務を負う場合」として、
「例えば,金融機関が,M&Aに係る融資の申込みを受ける際に顧客との間で守秘義務契約を締結した上で提出を受けたM&Aの契約書案等の顧客情報を有しており,これにつき文書提出命令の申立てを受けた場合等には,当該金融機関は同守秘義務契約に基づいて,当該情報が職業上の秘密に該ることを主張すべき契約上の義務があるというべきである。また,文書提出命令の申立てを受けた顧客情報に係る文書が,前記の一般的な守秘義務の範囲にとどまる文書であっても,当該文書が当該顧客において提出を拒絶することができるものであることが,金融機関において容易に認識し得るような文書である場合には,金融機関は,当該守秘義務に基づき,上記顧客情報が職業上の秘密に該ることを主張すべき義務が存するものというべきである。」(8頁)
といった例を挙げている。
従来の決定との整合性を意識した前者はともかく、後者については、金融機関の新たな義務を肯定する点において、いろいろと議論も呼ぶところだろうし、一般的な守秘義務(緊密な関係にあるものが信義則上負う義務、の類か?)と契約に基づく守秘義務とでここまで扱いを異にする理由があろうか?といった疑問も出てくるのであるが、問題提起としてはこれまた興味深いものといえるだろう。
補足意見の最後を
「以上、述べたところは、法廷意見に対する補足意見としての枠を超えるものであるが、金融機関の保持する顧客情報と文書提出命令の関係について、原決定が論及していることを踏まえて、私の意見を敷衍したものである。」(9頁)
と締めくくる田原裁判官。
今後のいっそうのご活躍に期待したい。