最高裁法廷意見の分析(第20回)〜公務員制度と武士の情け

以前、「「公務員」の重さと27年の重み」というタイトルで触れていた最高裁判例だが*1、その後HPにアップされることになった。


最一小判平成19年12月13日(H18(行ツ)171号)*2


多数意見は概ね先のエントリーで紹介したとおりであるが、改めて紹介すると、


1)国家公務員法76条、38条2号が憲法13条、14条1項に違反する、という上告人の主張に対しては、

国家公務員法76条,38条2号は,禁錮以上の刑に処せられた者が国家公務員として公務に従事する場合には,その者の公務に対する国民の信頼が損なわれるのみならず,国の公務一般に対する国民の信頼も損なわれるおそれがあるため,このような者を公務の執行から排除することにより公務に対する国民の信頼を確保することを目的としているものである。国家公務員は,全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならず(憲法15条2項,国家公務員法96条1項),また,その官職の信用を傷つけたり,官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない義務がある(同法99条)など,その地位の特殊性や職務の公共性があることに加え,我が国における刑事訴追制度や刑事裁判制度の実情の下における禁錮以上の刑に処せられたことに対する一般人の感覚などに照らせば,同法76条,38条2号の前記目的には合理性があり,国家公務員を法律上このような制度が設けられていない私企業労働者に比べて不当に差別したものとはいえず,上記各規定は憲法13条,14条1項に違反するものではない。」(1-2頁)

と過去の大法廷判決の「趣旨に徴して明らか」と、退け*3


2)「被上告人郵便事業株式会社において上告人の失職を主張することが信義則に反し権利の濫用に当たる」、「上告人が失職事由の発生後も勤務していたことをもって新たな雇用関係が形成された」という主張に対しては、

「前記事実関係等によれば,上告人が失職事由の発生後も長年にわたりA郵便局において郵便集配業務に従事してきたのは,上告人が禁錮以上の刑に処せられたという失職事由の発生を明らかにせず,そのためA郵便局長においてその事実を知ることがなかったからである。上告人は,失職事由発生の事実を隠し通して事実上勤務を継続し,給与の支給を受け続けていたものにすぎず,仮に,上告人において定年まで勤務することができるとの期待を抱いたとしても,そのような期待が法的保護に値するものとはいえない。このことに加え,上告人が該当した国家公務員法38条2号の欠格事由を定める規定が,この事由を看過してされた任用を法律上当然に無効とするような公益的な要請に基づく強行規定であることなどにかんがみると,被上告人郵便事業株式会社において上告人の失職を主張することが信義則に反し権利の濫用に当たるものということはできない。また,上告人が失職事由の発生後に競争試験又は選考を経たとの主張立証もなく,上告人が上記のとおり事実上勤務を続けてきたことをもって新たな任用関係ないし雇用関係が形成されたものとみることもできない。」(3-4頁)

と、いずれも上告人の主張を退けている。


国家公務員とはいえ、担当業務は「郵便集配業務」という現業事務。しかも、事実認定を見る限り、昭和48年4月28日から匿名の通知がなされた平成12年9月までなんら問題を起こすことなく業務に従事していた、ということを考えると、気の毒な感も強いのだが、国家公務員法を形式的に適用する限りにおいては、本件で郵便局長が行った

国家公務員法76条及び38条2号に該当し昭和48年12月22日に失職した」という人事異動通知書

の内容を真っ向から否定するのは難しい、といわざるを得なかったように思われる。

泉裁判官反対意見

そのような状況の下で孤軍奮闘して反対意見を書いたのが、泉徳治裁判官(裁判官出身)。


この方が反対意見を書かれるのは決して珍しいことではないのだが、ここで注目すべきは、泉判事がどのような論理で上記の理屈に対抗したか、という点である。


泉判事は、上告人のような現業の郵政事務官の勤務関係を、「基本的には、公法的規律に服する公法上の関係」と整理した上で、

「公法上の関係においても、法の一般原理である信義則、権利濫用禁止の法理が適用されることはいうまでもない」(4頁)

と述べ、田中二郎行政法総論」の記述をひいて、

「無効の要件を具備した瑕疵ある行政行為であっても、長年にわたり維持・継続されることによって、それを無効とすることが相手方の信頼を裏切り、法律生活の安定を害するとか、社会公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある場合があるところ、それを無効とすることの公益上の必要性が低下し、一方で、相手方の信頼を保護し、法律生活の安定を図る必要性が著しく増大している場合にあっては、信義則、権利濫用禁止の法理に照らし、行政庁において当該行政行為の無効を主張することが許されないと解する余地がある」(4-5頁)

とする。


そして、本件においては、

1)上告人に対する刑の言い渡しが効力を失ってから(執行猶予期間の経過)、約25年が経過していること。
2)上告人が約25年も勤務を継続したという事実は、上告人の公務に対する国民の信頼を回復するに十分なものであり、上告人を公務の執行から排除すべき必要性は消失していること。
3)一般に転職の困難な50歳に達した段階で、退職手当の支給もなく、上告人の郵政事務官の身分を奪うことは、上告人の(60歳の定年まで勤務できるという)期待を裏切り、職業の保持、生計の維持、法律生活の安定の面で過大な不利益を課するものであること。
4)上告人の公務執行妨害罪の行為が郵政事務官に任用される前のものであること
5)上告人の業務が現業の郵便集配業務であること

といった点を挙げ、

「信義則、権利濫用禁止の法理に照らし」(6頁)

平成12年11月13日の時点において、上告人が郵政事務官の地位を失っているものと取り扱うことはもはや許されない、と結論付けたのである。



「権利濫用」の濫用を諫める多数派的見解からすれば、こういった論理過程に依ること自体が避けられるべき、ということになるのかもしれないし、仮に行政行為に権利濫用法理を適用すること自体は広く認める見解に立ったとしても、本件の事案の下では、判決の結論を肯定できる、とする意見は決して少なくないことだろう。


だが、一般市民的感覚からすれば、泉判事が挙げたような理由は、いずれも何らかの形で処分に反映されて然るべきもののように思えてならないのも事実である。


おそらく今回の判決の結論がひっくり返ることはないのだろうが、「公務員」という地位の重さを超えて「武士の情け」をかける余地はなかったか、いろいろと考えさせられる事案であるのは間違いない。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20071213/1197588405#tb参照。

*2:横尾和子裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071214091754.pdf

*3:最大判昭和33年3月12日、最大判昭和39年5月27日、最三小判平成元年1月17日、最三小判平成12年12月19日の4件が参照されている。