「LOVE」をめぐる戦い。

以前、「LOVE」の商標を持つ株式会社クラブコスメチックスの“敗北”事例を紹介したことがある*1


この事例は、「あくまで他人の登録を阻止できるかどうか」という争いだったから、敗れたからといって直ちに実害が生じることにはならなかったのだが、侵害訴訟となるとそうはいかない。


結論は事案ごとに異なりうる、とはいえ、「差し止めもできない商標」という風評が立てば、業界における「LOVE」商標の権威は失墜することになってしまう。


そんなわけで、商標権者側としても力が入ったのであろう。


今回は、「愛」を守るための戦いに、商標権者が見事勝利した事例を以下紹介することにしたい。

大阪地判平成19年10月1日(H18(ワ)第4737号)*2

原告・株式会社クラブコスメチックス
被告・株式会社ナチュラルプランツ


被告は、「Love cosmetic」(第4788574号)、「ラブコスメ」(第5046619号)という商標を保有し、インターネットやパンフレットを使った通信販売で自己の商品に使用している事業者であり、原告は被告による当該商標の使用差し止め、及び損害賠償(5400万円)を請求した、という点で事案としては極めてシンプルなものである。


ただ、ここで注目すべきは、被告がただの化粧品販売業者ではないことで、被告自身が主張するように、

「被告商品は、セクシャルヘルスケア商品であり、その需要者は、性的な悩みを抱える女性層や性的行為に関心が高い女性層である・・・(略)・・・。」
「被告商品は、セクシャルな化粧品、アダルトグッズ、コンドーム、セクシャルな雑貨など「きわもの」のイメージのある商品も含まれる。」
「被告HPでの宣伝広告の態様は、通常の化粧品と異なり、「セックス」を全面的かつ明示的に押しだし、商品の使用用途を極めて明確に述べている・・・(略)・・・。」
(以上16頁)

という点から、単なる商標の外観、称呼、観念だけではなく、「取引の実情」も重要な争点として浮上することになった*3


また、そのほかにも商標的使用該当性や、被告商標の専用権に基づく使用の抗弁、なども争点になっている。


さて、裁判所はこのような状況下で、どのようにして原告側の請求を認めたのか?


以下、争点ごとに見ていくことにしよう。

商標の類否

まず、裁判所は、「Love cosmetic」のロゴマークについて、「「cosmetic」が「化粧品」を意味する比較的平易な英語」であることから、要部が「Love」である、と認定した。


そして、結論として、被告標章と原告商標が、

「要部において称呼、観念が同一であるから、外観を考慮しても全体として類似するというべきである」(42頁)

としたのである。


また、被告が使用している「ラブコスメティック」や「ラブコスメ」といった標章についても、すべて要部を「ラブ」「Love」と認定したことによって、原告商標と類似する、という結論を導いている。


そして、被告が主張した「取引の実情」については、具体的な状況や、ウェブサイト「@コスメ」における被告商品のクチコミ等を詳細に取り上げた上で、

◆別の観念の想起について
「少なくとも現段階においては、「ラブコスメティック」という言葉が、ある化粧品のジャンルないしカテゴリー(主として性的用途のための化粧品)を意味するものとして、一般の人の間に定着しているとまでいうことはできない。」
「よって、被告が主として性的用途に用いる商品として被告商品を販売しているからという取引の実情を考慮しても、需要者が一般に「Love cosmetic」という標章から、「性的な用途に使用する化粧品」という観念を想起するということはできないので、この点に関する被告の主張は採用できない。」(以上60頁)

◆商品と需要者層の相違について
「被告36商品(「化粧品」に分類されるもの)は美肌(保湿、美白など)を目的とするローション・ジェル・クリーム類を主たるものとしており、化粧品とは異なる使用用途のものとは認められない。かえって、前記のとおり、現に@コスメのクチコミでは、被告商品を性的用途とは関係なく単なるローションとして使用しているという書き込みも多数あるところである。」(61頁)

と述べて、被告側の主張を退けたのである。


インターネット上のクチコミ等をどこまで重視するか、という問題はあるとしても、実際に普通のジェル、ローションとして使える商品であり、かつそういう用途もあることをアピールすることで、“アングラ商品”的イメージを払拭して売上げを伸ばす、というのが被告の販売戦略だったと思われる以上、被告側の反論には限界もあったというべきだろう。

商標としての「使用」の有無

判決は、商標としての「使用」にあたるためには、自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いられていることを要する、と述べた上で、個々の使用について詳細に結論し、全ての使用態様について、商標としての使用該当性を肯定している。

自己の登録商標の使用に該当するか

被告は、一部の使用態様について、第35類「商品の販売に関する情報の提供」を指定役務とする自己の商標の使用に過ぎない、と主張したものの、判決は、

「商品の譲渡に伴って付随的に行われるサービスは、それ自体に着目すれば他人のためにする労務又は便益に当たるとしても、市場において独立した取引の対象となり得るものでない限り、商標法にいう「役務」には該当しないと解するべきである。」
「そして、商品の小売りの場合は、一般に小売業においては、商品の展示それ自体や店員による接客サービスは顧客に対する労務ないし便益の提供という側面を有するが、あくまでも商品の販売を目的とするものであるから、上記の付随サービスは、商品の販売を促進するための手段の一つに過ぎないのであり、独立した取引の対象となっているものではない。」
(65頁)

とし、単に商品販売に付随して使用しているに過ぎない本件被告の標章使用行為は「独立した取引の対象」となるものとはいえず、上記指定役務についての商標の使用とはいえない、と結論付けている。


また、被告が拠り所にしたもう一つの商標「ラブコスメ」については、

「被告登録商標2は、商標法4条1項11号により商標登録を受けることができない商標であって、同法46条1項1号の無効事由がある」(68頁)

と、原告の主張を認めて、これまた専用権に基づく被告の主張を退けた。

損害額の算定

さて、こうなるとあとは損害論の争いだけ、ということになる。


裁判所は、まず、商標法38条2項に基づく損害額推定の妥当性を判断するために、被告商品の特徴や成分などを丁寧に分析し、原告商品との「競合の有無」を検討した。


その結果、「LCハーバルローション関連商品」(被告商品12、13、30)などでは、

「被告HPを読んだ顧客は、被告商品12、13は、「ラブローション」ないしいわゆる「潤滑ゼリー」として、性行為などをする際の潤滑剤として性器等に使用するためのものと理解し、それ以外の用途に用いるとしても、せいぜい手足の保湿に用いるものであって、顔に用いるものと理解することはできないと考えられ、被告商品13については、皮膚に塗布すると温感があるとのことであるから、通常の女性であれば顔に塗布することは考えられず、被告HPでもダイエット用やスリミングマッサージ用としての使用を説明している」(91-92頁)

と認定するなどして、多くの商品について競合を認めなかったものの、7商品については競合を認めて38条2項を適用し、それ以外の商品(29商品)については38条3項を適用した。


そして、結論として、計1602万1830円の範囲で原告の請求を認めたのである*4

まとめ

以前のエントリーでも少し触れたが、「Love」などというシンプルな単語に自他識別力を認めること自体、筆者としては疑問を禁じえないわけで、本件ではそれに加えて、被告HPの視聴率がDHC、資生堂ファンケルなどと並んで上位10位以内に入っている(推定接触者数は約30万人ないし80万人)一方で、原告のHPの推定接触者数が約4000人に留まることが認定されたりもしているから、侵害成立を認めた結論、損害額の認定ともにクビを傾げたくなるところも多々ある*5


裁判所も、上級審で結論が揺らぐ可能性を意識したのか、商品の破棄、標章の削除を命じる部分に仮執行を付していない。


だが、ここで「侵害を肯定する」という結論が出たことで、原告保有商標がただの“お飾り”ではない、ということが、再び世に知らしめられることになった。


仮に上級審で結論がひっくり返ったとしても、リスクを恐れる他の競合事業者は「Love」商標に対して一定の敬意を払わざるを得ないだろう。


商標「Love Passport」に対する無効審判不成立審決取消訴訟が不首尾に終わってから3ヶ月。


これだけ事件が世に出てくる、ということは、「LOVE」商標をめぐる商標権者と他の事業者との駆け引きがそれだけ活発になっている、ということだろうが、今後もこれら一連の「大阪発」商標侵害紛争の帰趨から、目が離せそうにない。

補足

8月2日のエントリーで取り上げた「Love Passport」商標の使用をめぐる商標権侵害訴訟の判決が出されている(大阪地判平成19年11月5日・H16(ワ)第7633号)*6


結論としては、商標の類否を否定、さらに「取引の実情」としての原告「LOVE」商標の周知性も否定する、というものになっており、ここにおいて、原告は再び一敗地にまみれたことになる。


先の「ラブコスメ」と同じ合議体での判断、にもかかわらず、このような結果となった背景がどこにあるのかは分からないが*7、この一連の紛争、しばらくは収まりそうにない・・・。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070802/1186070723#tb

*2:第26部・山田知司裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071003155856.pdf

*3:ちなみに、被告のHPはhttp://www.lovecosmetic.jp/。本件訴訟にはいまだ決着が付いていない(と思われる)こともあってか、依然として問題の被告標章等は使用されたままである)。

*4:38条2項適用にあたっての被告標章の寄与率は8%、同3項の適用にあたっての使用料率は2%で計算されている。

*5:逆に、38条2項の適用に関してここまで個別具体的な認定が必要なのか、という点についても疑問を挟む余地があるだろう。

*6:第26部・山田知司裁判長、原告・株式会社クラブコスメチックス、被告・株式会社フィッツコーポレーション、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071106102926.pdf

*7:いずれも被告側は、単なる「Love」だけでなくそれに別の語を付加した標章を使用していた。「コスメ」と組み合わせるよりも「パスポート」と組み合わせたほうが、造語性が強く一連の語として見られやすい、というのが一番素直な理解だろうが、一般的感覚に照らすと、この結論の違いにはどうしても是認しがたいもどかしさが残る。

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