特許庁発「大サービス」に対する懸念

前々から噂はあったが、とうとう特許庁が特許・商標の出願管理費用引き下げに踏み切る方針を固めたようである。

特許庁特許権と商標権の取得・維持にかかる料金の引き下げ幅を決めた。特許関係費用は全体で平均12%、企業のロゴマークなどを保護する商標の関連費用は43%軽減する。特許、商標とも10年以上継続して権利を維持する場合に必要とする料金を重点的に引き下げる。出願のすそ野を広げるほか、中小企業の負担を和らげる狙いだ。」
日本経済新聞2008年1月6日付朝刊・第1面)

記事の中では、料金体系等について丁寧に解説されているが、これを見ると、特に商標に関しては、従来1区分21,000円だった出願費用が12,000円に(約43%off)、66,000円だった登録費用が37,600円に(約43%off)、更新費用に至っては、151,000円が48,500円に(約68%off)という出血大サービスとなっているのが良く分かる。


商標関係料金の値下げは「現行制度が始まった1997年以来初めて」ということであり、その背景には、

「昨年5月に甘利明経済産業省が引き下げの検討を指示し、特許庁が下げ幅を詰めていた。」

という事情もあるようだ。


最近の“知財ブーム”で、そうでなくても特許庁の会計が潤っているところに、特許に比べて審査負担の少ない商標(特に更新に関しては基本的に無審査なので純粋な事務コスト以外にはかかりようがない)の料金を高く留め置くなんてけしからん、と大臣(あるいは特許庁の偉い人)が思うのは当然だろうし、「値下げされて文句をいう事業者はいない」と考えても不思議ではないだろう。


だが、昨年夏頃のアドバルーン記事に対するコメントでも記したように*1、実務サイドの心境としてはかなり複雑なものがある。


事業者にとっては、1区分あたりの料金が引き下げられることによって、今まで押さえるべきかどうか迷っていた区分まで幅広く権利確保することが可能になるし、権利期間満了を控えて、「もしかしたら5年度使うかもしれないけどお金が勿体ないなぁ・・・」と迷っていたものも更新できるようになる、という点でメリットはあるのは確かだろう。


だが問題は「考えることはみんな同じ」という点にある。


特許にしても、商標にしても、これまでは節目節目の高額な費用が、一種の「需給調整」の役割を果たしていた。


特に、商標の更新費用が、登録費用の倍以上の額に設定されていた背景に、「使いもしない商標をむやみやたらに押さえて更新するのはけしからん」という制度設計者の思いが込められている、というのは商標業界の常識であり、例えば田村善之教授の概説書でも、

「何のために存続期間を区切るのかというと、不使用商標等、無駄な登録が自然淘汰されることを狙っているのである。不使用商標や使用予定のない商標に関して、商標権者の方で、登録料を考えて自発的に更新登録を諦めることが期待されている。そのために、更新登録の登録料は最初の登録料より大分高い。長期間、他人の商標選定の自由を妨げる以上、それ位の負担は覚悟してもらわなければなるまい。」(太字筆者)*2

という解説が付されているところである。


本ブログでも昨年以来取り上げているとおり、特許庁の側では、不使用商標対策として、出願登録時の使用(使用意思)に関する審査を厳格化しているから、「上記のような懸念は今後なくなる」という反論も出てくるのかもしれない。


だが、上記のような運用は、あくまで平成19年4月1日以降に出願された商標に適用されるものに過ぎないし(したがってそれまでに出願登録された商標の更新は低価格でエンドレスにできることになる)、その「確認」さえどこまで徹底されるのか疑わしいところである*3


ゆえに、今回予定されている法改正が、「『登録しそこなった著名商標』をターゲットとするエンドレスな不使用商標の更新」や、過剰な防衛出願へのインセンティブを増すことにならないか*4、そして、逆に、それを防ぐための運用が過度に煩雑なものにならないか、注意深く見守っていく必要があるように思われる。


幅広い事業者に知財保護制度の恩恵を与える、という改正の趣旨自体は決して誤ってはいないと思うだけに、運用上の欠陥によって、これが「“商法ゴロ”支援法」や「パテントトローラー救済法」などと揶揄されるようにならないことを願うのみである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070628/1183050134参照

*2:田村善之『商標法概説〔第2版〕』(弘文堂、2000年)46頁。

*3:例えば、書類一つ出すのに面倒な社内手続きを要する大企業ならまだしも、社長のハンコ一つでいくらでも文書を作れるような中小規模の会社であれば、「使用意思」を証明する書類等を提出するのは、さほど困難な作業ではないはずだ。

*4:もちろん「不使用取消審判」の制度等は存在しているのだが、実務サイドとしては、できる限り紛争のリスクは避けたい(「寝た子は起こしたくない」)と思うのが率直な心情であって、「先ず審判ありき」の制度設計には、当惑するほかないのが実情である。

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