パナソニック・ショック!

10日の日本経済新聞夕刊1面に、

「松下/社名「パナソニック」に/10月、ブランドも統一/創業者の名前消える」

という衝撃的な見出しが躍って以来、ほぼ丸一日「松下電器産業改名」の話題が巷にあふれていたような気がする。


特に、11日の日本経済新聞の朝刊を見ると、第3面で、

「脱・松下、海外成長に必須/ブランド強化急ぐ/ソニーサムスンを追撃/真の国際化迫られる企業」

とかなりのスペースを割いて取り上げられているのに加え、社説欄では

パナソニック」に生まれ変わる松下電器

と、「前進する意志を示した松下経営陣のリーダーシップを評価し」「「グローバル化の再加速」にかけるトップの本気度を社内外に示す」と大絶賛。


さらに「春秋」欄では、「私の履歴書」を二度執筆した「経営の神様」故・松下幸之助氏を振り返りつつ、今回の改名について紹介している。


各種ブログでの意見等も踏まえて、現在形成されつつある“世論”を集約するなら、

「ナショナル」のブランドが消えるのは寂しいし、創業者の「松下」の名前が消えるのには驚いたが、グローバル企業として世界と伍していくためには、合理的な判断だと思う。

といったところに落ち着くだろうか。

ささやかな疑問

このように世の中全般の流れとしては、概ね好意的に受け止められている今回の「改名」だが、筆者はこと純粋な“ブランド戦略”という観点から見ると、今回の選択は必ずしも理に適ったものとはいえないように思う。


日本国内において、白物家電に「ナショナル」、AV機器に「パナソニック」と、異なるブランドが併存していたことの弊害は、確かに存在したのだろうし、そのような状況を脱するために“グローバルブランド”と位置付ける「Panasonic」に全てのブランドを統一する、というところまでは分かる。


だが、それに合わせて社名まで変えてしまう必要があったのか、と問われれば、それは大いに疑問だ。


松下電器産業の大坪社長は、

「06年の就任以降、ブランドと社名が違うことを気にかけていた。」

そうで、

「ブランドと社名が同じ他のグローバル企業に比べ、松下の企業価値は低く見られがちとみていた。」(以上、日本経済新聞2008年1月11日付朝刊・第3面)

そうであるが、多くの会社は社名(ないしその一部)をそのままブランドにしたから、両者が一致しているだけであって(トヨタ、ホンダ(旧本田技研)、日立製作所三菱電機等・・・)、ブランドに合わせて社名まで変更した大企業はそんなに多くはないことに注意する必要がある*1


社名(MATSUSHITA)とは似ても似つかぬ「Panasonic」というブランドをグローバルブランドとして選択してしまったがゆえの話とはいえ、海外展開に主眼を置くのであれば、「NEC」のように社名の英語表記のみを改める*2という手もあった。


大坪社長は、社長会見の中で、

「看板変更などに、今後1-2年で概算300億円前後かかるとみられる。ただ、これまでナショナルブランドなどで実施していた宣伝投資160億円や、松下としての告知活動40億円を合わせた200億円をパナソニックブランドに投入できるためメリットも多い」(日本経済新聞2008年1月11日付朝刊・第13面)

と述べられているが、国外はともかく、国内においては単なる“音響機器のブランド”でしかない「パナソニック」という社名を浸透させるために、今後どれだけ有形無形の宣伝活動をしなければならないか、ということを考えると、削減できる「200億円」どころではすまないだろう。*3


昨日まで、「松下電器の○○です」と自己紹介していた営業マンから、「パナソニックの○○です」と挨拶されるようになったら、大抵の取引先は

「欧米か!」

と突っ込むに違いない。


それを乗り越えて、「ソニー」の如き神格化されたブランドにまで自己の社名を高めていくためには、相当のコストと時間がかかる、というのは容易に想像が付くところである*4。。


また、商品ブランドと社名を統一する、ということは、「商品のブランド」に何らかの理由で傷が付いた時に、別ブランドを展開してリスクヘッジする、という戦略が事実上封じられることをも意味する。


我が国を代表する名門企業が、そんなセコイことを考えても仕方ない、というご意見もあろうが、ちょっとした不祥事でブランド自体が吹っ飛びかねないような今の世の中で、一ブランドに資本を集中するのは危険だ、という議論はかねてから存在するところであり、その意味でも、疑問の残る決断だったといえるだろう。



結局のところ、「ブランド戦略」としては必ずしも得策ではない「改名」がなされた最大の理由は、「ナショナル」ブランドに固執する白物派(?)への“引導渡し”と、日経新聞の論説等が挙げる2つ目の理由、すなわち

「古い日本企業(=“松下”)的カラーの一掃」

にあったのだと思う。


漢字の、それも歴史的な人物である「松下幸之助」の苗字を冠に載せている限り、“ドメスティック企業”という印象が拭い去られることはないだろうし、今後海外で積極的に活路を切り拓かなければならない時に、それでは困る。


そこで、

「これまでのイメージ(“マネシタ電器”時代のイメージも含め(笑))を払拭するために、いっそのこと社名を変えてしまえ!」

という意味で今回の決断に至った。


・・・だとすれば、今回の「改名」もそれなりに合理的なものとして理解することができる*5


もっとも、国内のBtoB取引においては、“ドメスティック的安心感”がビジネス上の好材料となることも多いので、このあたりの戦略についてもどう転ぶかは未知数の面が多いと思うのであるが・・・。



いずれにせよ、「理屈の上で正しい選択だったか否か」にかかわらず、「勝てば官軍」となるのがこの世界。


今日の“絶賛”が、1年後には“バッシング”に切り替わることも稀ではない“日経新聞クオリティ”を、いかに潜り抜けることができるか。


今後2,3年が、この会社の勝負どころだろうなぁ、と思う次第である。

おまけ

なお、IPDLで検索したところ、松下電器産業株式会社が保有している、「パナソニック」商標は31件(商標の一部に「パナソニック」が入るものも含む。以下同じ。)、「Panasonic」は170件。


我が国では、比較的新しいブランドのようにも感じていたのだが、一番古いもの(「PanaSonic」(登録第483598号))になると、出願が昭和30年10月5日、登録が昭和31年6月29日、と結構な年代ものになる(実に50年以上も登録を維持していたことになる)。


だが、カタカナ表記の「パナソニック」の登録は概して平成年代だし、「National」の商標が現在でも243件維持されていることと比較すると、やはり“これからのブランド”といわざるを得ない。


ちなみに、松下電器保有する最古の「National」商標は、登録第150416号、大正11年(1922年)2月25日出願、大正12年3月12日登録のもの(「NATIONAL」の文字の下に「ルナヨシナ」の文字が二段組で配列されている)。


新聞等で報道されている時期より古い商標だし、出願区分がちょっと変だから、自社のビジネスの邪魔にならないよう、他の事業者から買い取ったものである可能性もあるが、それでもちゃんと書換登録までして維持し続けているのだから、敬服に値する*6


ちなみにまだ書換を行っていない「National」商標(第318459号)の指定商品を見ると、

「69 有線、無線電信電話機、電鈴、テレビイジヨン機、電気計器、電気医療器、真空球、蓄電器、電熱器、電池、電燈用捻込接続器、電灯用插込接続器、電球承口、電燈用撥動点減器、電燈用紐線点減器及其ノ他ノ電燈器具」(大正10年法)

などと記載されていたりして・・・(笑)*7


仮にこの商標の侵害が争われた場合には、やはり大正10年法の商標審査基準に基づいて、「其ノ他ノ電燈器具」の解釈を争わねばならないのか?


いろいろと興味深いところである。

*1:この点、日経紙の森一夫特別編集委員は「社名をカタカナのブランドに合わせて変えること自体は今さらの話である」と述べられているが、「ソニー」(旧・東京通信工業)以外の実例が挙げられていないので説得力に欠ける(実際には、東京芝浦電気東芝、早川電機→シャープなどが思い浮かぶところだが)

*2:社名は日本電気株式会社だが、英文社名は「NEC Corporation」である。

*3:元々「Panasonic」で事業展開している外国市場に与える影響は稀少である反面、売上高の半分を支える国内市場で、「ナショナル」愛好者や「ナショナルショップ」系列店の離反を招く恐れがあることを考えれば、相当のリスクを伴う戦略だといえるだろう。

*4:ついでに言うと、近年社名をブランドと一致させた会社が、必ずしも良い業績を維持していない、ということも指摘しておかねばなるまい。例えば「IHI」しかり(旧・石川島播磨)、「ジェイフォン」しかり(旧・デジタルツーカー)。この種の話は、「新しく本社ビルを建てると業績が傾く」という話と同じくらい論理性を欠くネタなのかもしれないが、不吉な話であることに違いはない。

*5:いわゆる“CI”の典型例といえる。

*6:なお、現在登録が生き残っている最古の商標は、筆者が確認できる限りでは、登録第521号「重九」(九重味淋株式会社)というもの。明治23年(1890年)7月31日出願、明治43年(1910年)8月24日登録、となっている。世の中上には上がいる。

*7:第69類?って、当時はどういう区分分けになっていたのか調べてみたいところだ。

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