公取委・不服審判制度廃止の「英断」?

今年行われるであろう法改正の中でもっとも注目される独禁法改正だが、驚くべきことに、公取委が不服審判制度廃止の方向で動くらしい。

公正取引委員会は、独占禁止法違反の行政処分の是非を公取委自らが判断する審判制度を大幅に見直す方針を固めた。談合やカルテルについては、不服審判制を廃止し、企業が直接裁判所に申し立てる制度にする。」(日本経済新聞2008年1月25日付朝刊・第1面)

昨年10月に公表された公取委独禁法改正基本方針では、現在の審判制度を当面維持する方針が示されていたし、その元になったとされている「独占禁止法基本問題懇談会報告書」(2007年6月)でも、見直しの方向性こそ示されていたものの、

「平成17年改正により導入された不服審判方式は、処分の早期化・審判件数の減少等一定の成果を上げていると考えられることから、当面は、これを維持することが適当である」(ジュリスト1342号118頁(2007年)

という表現に留まっていたことを考えると*1、こんなに早く“方針転換”がなされるとは・・・というのが率直な感想である。


そうでなくても重要法案の先行きが危ぶまれる今国会で、経団連やそのバックアップを受ける与党と対立するリスクを恐れたのか、それとも違う思惑が働いたのかは定かではないが*2、実務的には大きな転換期になるのは間違いない。


この問題をめぐるシンポジウム等の場では、独禁当局、日弁連、研究者がこぞって「競争政策の専門性」を掲げ、審判制度維持を強く主張する議論を展開することが多く、「廃止が妥当」と叫ぶ企業側の声は概して“多勢に無勢”で押し流されることも多かったのであるが、筆者自身が議論を聞いた印象では、

「一次的な不服申立手続きを公取委に専属させるだけの“専門性”」

の実質が一体何なのか、何ら説得力のある説明はなされていなかったように思われる。


多くの論者に共通していたのは、

「「競争政策」は法的見地に留まらない高度な政策的判断に基づいて行われるもので、その審査に際しても、経済学等の知見が必要だ。」

というものだったのであるが、ここで問題になっているのは、“独占禁止法”という「法規」に基づいて行われた行政処分なのだから、その処分の背景にいかなる政策的意図があろうが、最終的には「法の趣旨に適合するか否か」によってその当否が判断されねばならないのであって、審判制度維持を裏付ける主張としてはいかにも弱い、と言わざるを得ない*3


また「裁判所が独禁法関係訴訟を扱った経験が乏しい」ことを理由に審判制度維持を主張する論者も見られたが、それは“鶏が先か卵が先か”という話に過ぎず、相当高度の専門性を有すると考えられてきた知財訴訟(特に特許訴訟)においても、いまや地裁レベルで自信を持って侵害判断をするようになってきているのだから、これまた説得力に欠ける。


何よりも、現在公取委が打ち出しているガイドラインやそれに基づくエンフォースメントを見る限り、「高度な競争政策」なるものがどこに反映されているのか、さっぱり分からない(笑)。


行政組織の“性”とはいえ、自らが処分した事例のみを淡々と公表し、その背景にある政策的発想(処分理由)については多くを語ることがない、という姿勢をとり続ける限り、産業界が公取委のジャッジに信頼感を抱くことはないだろうし、早期の司法判断をを求める声が出てくるのも当然の理と言えるように思われる*4


さて、仮に、審判制度が廃止されることになったとして何が変わるかだが、残念ながら、企業側にとってはこれで万々歳ということにはならないだろう。


元々、現在の審判制度の下でも、最終的に司法判断を仰ぐことは可能だったのであって、企業側が主張していた“不満”を冷静に分析すると、制度そのものよりも公取委の調査のやり方(行政手続であるがゆえに、“被疑者”に対する手続保障が十分になされていない等々)に由来するところが大きいように思われるから、そこが変わらないと根本的な解決にはならないだろうし、紛争を裁判所に持ち込んだとしても、裁判所自身が公取委の判断を盲目的に是認してしまうようなことになれば、制度を変える意味がない(この点については改正法で現行法における「実質的証拠法則」の扱いがどうなるか、にも左右されるところだろう)。


更に言えば、公取委が調査手続に着手しただけで、“失格企業”の烙印を押してしまうメディアの報道への対策の必要性も依然として失われていない。


最近の公取委の動きを見ていると、本来法的非難に値するのかどうか疑わしい事例にまで派手に介入して、“自らの存在価値を誇示”するかのような行動をとっているようにに思えなくもないのだが、新聞紙上では常に“企業は悪者、公取委は正義”である。


公取委の判断にも間違いはある」ということを、企業側が堂々と法廷で主張して、少なくない数の処分取消を勝ち取らない限り、上記の構図は変わらないのだが、そこまで辿り着くまでの道は険しいと言わざるを得ないだろう。


法をエンフォースメントする側とそれを食らう側が、対等な地平で争えるようになって初めて、健全な社会が生まれ、健全なビジネスが可能になる*5


筆者としては、早くそのような日が訪れることを期待するのみなのであるが果たして・・・?

*1:しかもその先の見直しの方向も「事前審査型審判方式」を目指す、というものに過ぎない(同118頁)。

*2:例えば、審判制度の中立性を保つために外部の法曹を大量に受け入れるくらいなら、権限を手放した方がましだ、という高度な政策的判断wが働いたとか。

*3:これは行政審判制度全般に通じる話であるが。

*4:もちろん、このような公取委の消極的な姿勢が、多くの研究者に活躍の場を与えているのも事実で(笑)、それゆえに多くの先生方は従来の制度に期待するのかもしれない。

*5:これは独禁法に限らず、ライブドア村上ファンドをはじめとする一連の「経済犯罪」全てに通じる話である。