権利制限規定の限界(続・社保庁の憂鬱)

これもだいぶ間があいてのエントリーとなるが、以前取り上げた「社保庁LAN掲示板著作物無断掲載事件」について、自分の思うところを述べてみることにしたい*1

東京地判平成20年2月26日(H19(ワ)15231号)*2

原告:A 
被告:国


事案の概要は、既に報じられているとおり、

「被告の機関である社会保険庁の職員が、ジャーナリストである原告の著作物である雑誌記事を、社会保険庁LANシステム中の電子掲示板システムの中にある新聞報道等掲示板にそのまま掲載し、原告の複製権又は公衆送信権を侵害したとして、原告が、被告に対し、上記複製権又は公衆送信権侵害を選択的請求原因として、同掲載記事の削除及び原告のすべての著作物についての掲載の予防的差止め並びに損害賠償374万円(略)の支払を求めた事案」(2頁)

というものである。


原告が元々社保庁に対して批判的な記事を書いていたジャーナリストだったこともあり、いわば怨恨のこもった“筋の悪い”事案だと言えなくもないのだが、当事者の主張を見れば、どうして、法的にもなかなか興味深い論点の詰まった好事例といえる。


中でも注目されるべきは、被告側の主張であろう。


社保庁が行った行為は、形式的に見れば、「公衆(かどうかは争いのあるところだか)送信のための複製」以外の何ものでもないから、ここでは、被告側がいかに「権利制限規定」の適用を受けるための解釈論を展開できるか、がカギになっていたといえる。


そして、そのために被告・国側が繰り出した主張は、概ね以下のようなものであった。

1)「本件複製行為は、42条1項本文にいう「行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合」に「必要と認められる限度」において複製したものである。」(6頁)

これはまさしく行政機関に与えられた「権利制限規定」という“特権”を前面に押し出した主張といえ、これを裏付ける事実として、被告側は以下のような事実を挙げている。

「平成16年以降、社会保険庁及び政府管掌年金事業等に対する、新聞、雑誌及びテレビ等のマスコミによる批判的な報道等が急増しており、これらの報道を契機として国民から寄せられる苦情に対して、適切な対応を行うことが、社会保険庁及び政府管掌年金事業に対する国民の信頼を確保するために極めて重要となっている。」といった理由から、「本件複製行為は、社会保険庁における行政事務の遂行のために必要不可欠な行為であることが、明らかである」
(本件複製行為は)「週刊現代の記事のうち、社会保険庁に関連する記事のみを抽出して、あくまで内部資料として必要と認められる限度において複製したものである。」
「その利用にあたっては、・・・「社会保険庁LAN等システム等管理規程」により、業務に関連しない利用及び社会常識に反する利用を行ってはならないとされている」
「本件記事は,週刊誌の記事であるから,例えば「○○行政ハンドブック」といった類の書籍のように,当該行政事務に携わる人の数だけ購入が予定されており,自由に複製されたのでは当該著作物の販売に影響を及ぼすような場合とは異なるので,42条1項ただし書にいう「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しない。」
「本件LANシステムを利用することができる者は,利用機関の職員及び総括管理者の承認を受けた者で,利用者ID及びパスワードを付与された者に限られており,その付与数は,平成19年6月18日現在で8089人,本件LANシステムの利用に必要なクライアントパソコンの総設置数は,同日現在で8280台であり,複製の部数及び態様に照らしても,著作権者の利益を不当に害することはない。」
(以上、7-8頁)

一方、原告の公衆送信権侵害の主張に対抗するための論理は、概ね以下のようなものであった。

2)「複製物を公衆送信して利用する場合に、別途その利用方法にすぎない公衆送信行為をとらえて公衆送信権侵害とするのでは、一定の目的での複製及びその利用を認めた42条及び49条1項1号の趣旨を没却してしまうので、複製物の公衆送信は、42条の目的以外の目的でされたものでない以上、著作権者の公衆送信権を害さないと解すべきである。」(9-10頁)

ここで登場する49条1項1号とは、

第49条 次に掲げる者は、第21条の複製を行ったものとみなす。
1 第30条第1項、第31条第1号、第33条の2第1項、第35条第1項、第37条第3項、第41条から第42条の2まで又は第44条第1項若しくは第2項に定める目的以外の目的のために、これらの規定を受けて作成された著作物の複製物を頒布し、又は当該複製物によって当該著作物を公衆に提示した者

という規定であり、本件での被告の主張は、上記規定の反対解釈から「行政目的のための複製の範囲内で用いる分にはいいだろっ!」という帰結を導こうとするものだといえる。


この点については、これまであまり論じられてきていなかったのではないかと思うが、権利制限規定が置かれている意図を考えれば、このような解釈も当然出てきても不思議ではないところで、着眼点としては興味深いものであった。

あっけない判決

以上、シンプルな事案ながらも「権利制限規定」をめぐる解釈としてはなかなか良い勝負が展開されていたように見えた本件であるが、判決はあっけないものであった。


まず裁判所は、本件LANシステム上の掲示板に著作物を掲載する行為が、公衆送信権侵害にあたる、と認定した上で、上記主張について、バッサリと切り捨てるかのような説示を行ったのである。

社会保険庁職員による本件著作物の複製は,本件著作物を,本件掲示板用の記録媒体に記録する行為であり,本件著作物の自動公衆送信を可能化する行為にほかならない。そして,42条1項は、「著作物は・・・行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合には,その必要と認められる限度において,複製することができる。」と規定しているとおり,特定の場合に,著作物の複製行為が複製権侵害とならないことを認めた規定であり,この規定が公衆送信(自動公衆送信の場合の送信可能化を含む。)を行う権利の侵害行為について適用されないことは明らかである。また,42条1項は,行政目的の内部資料として必要な限度において,複製行為を制限的に許容したのであるから,本件LANシステムに本件著作物を記録し,社会保険庁の内部部局におかれる課,社会保険庁大学校及び社会保険庁業務センター並びに地方社会保険事務局及び社会保険事務所内の多数の者の求めに応じ自動的に公衆送信を行うことを可能にした本件記録行為については,実質的にみても,42条1項を拡張的に適用する余地がないことは明らかである。なお,被告が主張する49条1項1号は,42条の規定の適用を受けて作成された複製物の目的外使用についての規定であるから,そもそも42条の適用を受けない本件について,49条1項1号を議論する必要はない。」(17頁)

論旨は分かりにくいが、要は、「社保庁が行っている行為は、単なる複製ではなく送信可能化行為であり、42条1項は適用されない」→「42条1項が適用されない以上、49条1項1号の(反対)解釈についても論じる必要はない」ということ。


さすがに損害額算定の場面では原告の主張を丸呑みにすることなく、114条3項に基づいて淡々と42万500円という数字をはじき出した裁判所ではあるが、少なくとも権利制限事由の解釈については、原告の主張を容れ、被告側の主張を全面的に退けることになった。

コメント

この判決に対して、「かんぞう」氏が、

「42条1項の文言上公衆送信権が含まれていないことは間違いないが、複製と公衆送信の違いを区分する必要性があるのだろうか。仮に行政内部において公衆送信可能化することにより当該情報を受領する者の数が増えることを問題にしているのであれば、同条但し書きに言う、「当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」に該当するとして同条の適用を否定すればいいのではないか。
このような判断の背景には、あるいは30条以下は限定列挙であるから限定的に解釈しなければならないという考えがあるのかもしれない。しかし、そのような一般的な命題には異論のあるところである。」

と述べられているように*3、権利者とユーザーの間のバランスが強く意識されるようになっている今日、権利制限規定をここまで厳格に解することについては、異論を唱える余地も十分にあるのではないか、というのが筆者の率直な感想である。


公衆送信権」や「送信可能化権」は、「複製権」とは別個の支分権として規定されているものの、元々は「複製禁止権を補完する役割を果たしている」*4権利として位置付けられるものである。


であれば、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に当たらない限りは、根っこにある「複製禁止権」を補完する必要がない本件のような場面で、「公衆送信可能化行為だから」そもそも42条1項が適用されないのだ、という論理を用いることには、クビを傾げざるを得ない。


かんぞう氏が指摘されるように、ここでは具体的な送信可能化行為の態様に応じて、「著作権者の利益を不当に害する」か否かを判断すればよかったのではないか、と思われる。


私見では、原告が主張しているとおり、「クレーム対応」の必要があった社会保険事務所等の機関以外でもLAN上の記事を閲覧できるような状況になっていたことは、そもそもの「目的」の妥当性を疑わせるし(いかに「業務以外で利用しない」という規定があったとしても、それが正当化されることにはならないはずである)、権利制限規定の適用を主張するには閲覧対象となる職員の数が多すぎた、というのが実際のところではないかと思うのであるが、それならそれで、その辺りをきちんと分析・検討した上で判決を書くべきではなかったか。


おそらく、知財高裁に行っても結論が揺らぐことはないだろうが、少なくとも結論にたどり着くまでの論理構成だけは、きっちりとしたものに改めてほしい、というのが筆者の願いである。



もちろん、そもそも42条1項の恩恵を享受できない民間企業の人間としては*5、論理構成がどう変わろうが、受けられるメリットは限定的なものにとどまるのであるが、ここはあくまで“公益的な”側面から、前向きな結論が出されることを期待している。

*1:過去エントリーは、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080227/1204154441。これまた多数のブックマークをいただいた。感謝申し上げたい。

*2:第46部・設楽隆一裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080228120001.pdf

*3:http://chiteki-yuurei.seesaa.net/article/88026646.html

*4:田村善之『著作権法概説〔第2版〕』181頁(有斐閣、2001年)。

*5:少なくとも裁判手続に関するところの恩恵は預かっているというべきなのかもしれないが。

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