進化した17歳

まぁ昨日あたりからこの話題は見飽きた、という人も多いだろうけど・・・。

フィギュアスケートの世界選手権第3日は20日、当地で女子フリーを行い、昨年2位の浅田真央(愛知・中京大中京高)がショートプログラム(SP)2位から逆転で初優勝した。日本人女王は1989年伊藤みどり、94年佐藤有香、2004年荒川静香、前年の安藤美姫トヨタ自動車)に続き5人目。」(日本経済新聞2008年3月21日付夕刊・第21面)

ドラマチックでもあり、同時に悲劇でもあった、あの「逆襲のチャルダッシュ」から1年。昨年のエントリー*1では「16歳の底力」というフレーズを使わせてもらったのだが、今年の優勝は、そんな言葉では語りつくせないくらいの大きな意味があるのではないかと思う。


まず、なんといっても、昨年の世界選手権2位以来、GP2勝、全日本選手権、4大陸選手権と結果だけは順調に出してきて、内外からの「今度こそは」という声に応えて結果を出したこと。


どんな競技でも、「世界の頂点に届きそうで届かないまま去っていった」選手はたくさんいたわけで、五輪谷間イヤーだろうがなんだろうが、とにかく“金メダル”を手に入れたことの重みは、何ものにも替え難いものがあるだろう。


ここ数年、総合力では明らかに浅田選手の上を行っているキム・ヨナ選手や、日本選手権、4大陸選手権と今季終盤に絶対的な強さを見せていた高橋大輔選手が、2年続けて頂点にはたどり着けなかった現実と見比べると、彼女の偉業はなおさら際立って見える。


2つ目は、ニュースの中でも何度も流れていた、プログラム冒頭のトリプルアクセルでの大転倒にもめげずに、最後までパーフェクトに滑りきったこと。


今回のイエーテボリのリンクは、「氷の作りが違うんじゃ・・・?」と思うくらい、選手たちとの相性が悪かったようで、他の大会なら難なく決めるようなジャンプが“氷に引っかかって(?)跳べない”ようなシーンも結構見かけた*2


それゆえ余計に力が入ってしまったことが、あの転倒につながってしまったのかもしれないが、いずれにせよ、あれだけの豪快な転倒の後に、平常心で競技を続けるなんてことは、並みの人間にできることじゃない。


昔、アルベールビル伊藤みどり選手がトリプルアクセルで転倒した後、もう一度後半に同じジャンプに挑んで決めた(&逆転でメダルをもぎ取った)というシーンがあったが、多少演技構成を崩してもジャンプ一発でごまかせた(というと言葉が過ぎるかもしれないが)時代ではもはやないわけで、そんな中、立ち上がりのビハインドを跳ね返した浅田選手の技巧と精神力は、やはり称えられて然るべきだ(テレビのコメンテーターの“感動”は、こういうシーンに使うには軽すぎる)。


3つ目は、報道ではあまり強調されていないが、浅田真央選手の演技点は、SP、FSを通じて全選手中トップだったということ。


荒川静香選手がトリノを制した時も、演技点でトップのスコアを記録しているのだが、あの時はコーエン、スルツカヤという有力2選手が転倒し、技術点の方で既に圧倒的な差をつけていた、という状況があった(その割には演技点は僅差だった)。


それに引き換え今大会の浅田真央選手は、SPではコストナー選手に1.12点差、FSではキム・ヨナ選手に2.93点差、と技術点で混戦の中では“痛い”ビハインドを背負いながら、演技点でその差を縮め、むしろ突き放した。そこに、これまでとの違いがあったのではなかろうか。


これまで、技術では世界トップレベルに立てても、“演技力”(というか欧米的美意識)の前に煮え湯を飲まされていた日本人としては、「技術では負けても演技で勝った記念すべき大会として、今大会での浅田真央選手の演技を記憶に焼き付けておかねばなるまい。


ちなみに、この日の女子フリー最終組だが、第一滑走の実力者ロシェット、そしてショートプログラム首位の第二滑走者・コストナーが、ジャンプに安定性を欠き何とも微妙な空気を演出。

ロシェット(カナダ) SP 59.53(6)/FS 60.52 54.07 114.59 計174.12
コストナー(イタリア)SP 64.28(1)/FS 61.88 58.52 120.40 計184.68

第三滑走者、北欧のアイドル・コルピ選手に至っては、プログラム全体を通じてバランスを崩したまま演技を終え、前の組のマイズナー選手をも下回る大失速。

コルピ(フィンランド)SP 60.48(4)/FS 35.47 50.68(-1) 85.15 計145.73

続くキム・ヨナ選手がようやく本領を発揮して、ジャンプが一度抜けた以外はほぼノーミスで滑り終えたのであるが、それでもスコアは、GPファイナルに比べて10点ほど低いところに留まる状況。

キム・ヨナ(韓国)SP 59.85(5)/FS 64.82 58.56(-1) 123.38 計183.23

・・・となれば、後は予定調和的に日本人選手の頂点に向けた滑りを楽しめたはずなのであるが、そう簡単に終わらなかったのが面白いところで、(結果を知った後で)ビデオで見てもこれだけハラハラするのだから、フジテレビが生中継できていたらどれだけ視聴者を釘付けにできていただろうか・・・と、ちょっと同情したくもなるものだ。

浅田真央(日本)SP 64.10(2)/FS 61.89 60.57(-1) 121.46 計185.56

涙のキスアンドクライ、そして最後に出てくる日本人・・・というのは昨年と同じだったのだが、今年に限って言えば、この後に滑った中野友加里選手の演技の完成度も十分高かったから、「逆襲のスペイン奇想曲」になっても誰も「空気嫁」とは言わなかっただろう*3

中野友加里(日本)SP 61.10(3)/FS 56.98 59.32 116.30 計177.40

それでも、イエーテボリの運命の女神は、「進化した17歳」浅田真央選手に微笑んだ。



以下は、1年前にこのブログに記したコメント。

「浅田選手にしても、ここで「奇跡」を起こして「世界チャンピオン」の重い称号に次の五輪まで苦しめられ続けるよりは、“日本の二番手”として、翌シーズン以降に期待をつないだほうが何かと得だし、本人にとってのモチベーションになるのは確かだと思う。」

こう書いたのは、「来年はキム・ヨナだろう」(浅田選手が頂点に立つのはもう少し先だろう)と思っていたゆえなのだが(笑)、幸か不幸か、浅田選手は思っていたよりも早く、「女王の重圧」を背負う立場になってしまったことになる。


今季の安藤美姫選手しかり、かつての荒川静香選手しかり、やはり一つ峠を越えるとモチベーションを維持するのは難しいようで、次のシーズンに少なからず不調に陥ったとしても不思議ではない。


ただ、それを転落への序章にするか、それとも次の頂点を極めるための有意義な休息にするかは人それぞれなわけで、逆襲のチャルダッシュ」、「進化した17歳」の後に続くタイトルが何になるのか、は神のみぞ知る、ということになろう。


テレビ桟敷の一般視聴者としては、浅田選手が後者の道を歩むことを願わずにはいられないのであるが・・・。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070324/1174792152

*2:技術的なことは良く分からないし、自分が滑ったところで違いなど分からないのだろうが、助走にしても、スパイラル、スピンにしてもスピードに乗り切れずにミスしている選手が多かったように思う。今大会、去年の世界選手権と比べても低いスコアでの争いに留まったのは、本場のジャッジの厳しさや大会のプレッシャー、ということ以外に、リンクの問題も挙げられるのではなかろうか・・・?

*3:目の肥えたヨーロッパの観客から、最終組で唯一のスタンディングオベーションを受けた、という事実だけで、この日の中野選手の演技を語るには十分だと思う。もちろん素人目には良く見えてもプロの審判には評価されないのが中野の演技で、それはこの日も例外ではなかったのだが・・・(もちろん採点に対してはブーイングの嵐だったわけだが)。

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