葬り去らされた地裁判決。

地裁では商標権者側の請求がほぼ認められる形になっていた、「ELLEGARDEN」というアーティストのグッズをめぐる商標権侵害事件*1


蓋を開けてみれば、高裁で全面的に結論がひっくり返ることになった。


高裁判決に添付された使用標章の態様を見る限りは“さもありなん”といった感のあるこの結末。


ある種のサディスト的感性に依りつつ、地裁判決の論理構成がいかに破壊されたか、を眺めていくことにしたい。

知財高判平成20年3月19日(H19(ネ)第10057号、H19(ネ)第10069号)*2

原告:株式会社グローイングアップ
被告:アシェット フィリパキ プレス ソシエテ アノニム


地裁では、ほぼ全ての標章について、原告が有する「ELLE」商標権の侵害が肯定されていたのであるが、知財高裁は冒頭で、

「当裁判所は、一審原告のTシャツ・リストバンド・ステッカー・タオル・帽子・スコアブックに関する請求(略)はすべて理由がな(い)」(43頁)

と原告(被控訴人)の主張を一気に退けた。


過去エントリーでも紹介したように、原審判決は商標の類似性について、「ELLEGARDEN」という10文字の欧文字を「我が国における英語教育の水準」から、「ELLE」と「GARDEN」の2単語から成るもの、と分析し、その上で、

「我が国におけるドイツ語教育の水準からすると、同需要者により、「ELLE」がドイツ語において長さの単位を意味する単語であると理解することはないと認められる」(地裁判決・53-54頁)

として、「ELLE」も商標の要部として認定したのであるが、知財高裁は、

「これら(注:外観、観念、称呼)3点のうち類似する点があるとしても、他の点において著しく相違することその他取引の実情等によって、何ら商品の出所を誤認混同をきたすおそれの認め難いものについては、これを類似の標章と解することはできないというべきである。」*3(44頁)

という一般論を提示した後に、「ELLE」商標の登録経緯や標章の使用態様等を詳細に認定した上で、

「本件音楽CDを除く被告商品における被告標章は、いずれもほぼ同大・同色・同フォントで一連一体にまとまりよく表記してなるものであり、「ELLE」と「GARDEN」との間に顕著な懸隔は見当たらず、これらを殊更に分断して把握すべき外形的な事情も見当たらない。」(60頁)

という結論を導いたのである。


その背景には、「ELLE」が「フランス語としては極めて普遍的な代名詞」であり、現に「ELLE」を含む商標が国内においても多数登録されている、といった事情があるのだが、いずれにせよ、「ELLEGARDEN」をひとまとまりで捉えるのが妥当、ということになれば、「ELLE」とは文字数も観念も称呼も明らかに異なることになり、商標の類似性は否定されることになる。


知財高裁はこれに加えて、

「ウェブ検索はキーワードの設定いかんにより必要な情報以外の種々雑多の情報がヒットされることになるというのは,ウェブ検索を行う上での常識的事項に属するものというべきであって仮に「ELLE」を検索した結果「ELLEGARDEN」のウェブサイトが表示されたとしても,そのことから直ちに両者に何らかの関係があると考えることは相当でない。また,仮に「ELLE」の需要者が本件ロックバンドを知らずに被告ウェブサイトを見た場合,当該サイトと「ELLE」とのイメージの違いは容易に感じることができるし,またそうでなくとも,ネット上で商品売買を行う場合,対面販売の場合とは異なり一定程度のリスクを伴うこともまた,ネット上の常識ということができるから,ウェブ検索の結果偶然被告ウェブサイトを訪れた需要者は,商品購入に至る前に商品の出所を確認するのが通常である。そのような観点から見ると,上記のとおり,被告ウェブサイトが本件ロックバンドのファンサイトであることは1,2箇所クリックすれば容易に理解に達するのであって,この点においても一審原告の主張するような懸念は観念し難い。」(63頁)

と取引の実情に対する判断を行い、単に需要者が被告サイトにたどり着けるということだけで類似性を肯定することはできない、としている。


また、東京地裁があっさり肯定してしまった「ポスト・セールス・コンフュージョン」の概念についても、

「なお、一審原告は、本件に「ポスト・セールス・コンフュージョン」の理論を適用すべき旨を主張するが、前記のような被告標章の実際の使用態様等に照らすと、採用することができない。」(63-64頁)

と、あっさり3行で退けている(笑)。


このあたり、一見すると冷淡な姿勢のように見えるが、以前のエントリーでも指摘したように、学説上も確立されたとはいえない概念を深い議論なしに導入した原審判決の方にこそ問題があったように思われるから、“危うきに近寄らない”高裁の姿勢はそれなりに評価されるべきであろう。


控訴人(一審被告)側が指摘するように、原審判決には、

「「外観、観念、称呼」等を分析的に、しかも原告商標の著名性に偏る偏頗な判断」

を行ってきたきらいがあり、また、取引の実情についても十分な検討を行っていない、という弱点があった。


それに比べると、知財高裁が出した今回の判決の方が、実務サイドの人間としては馴染みやすく、最後は順当なところに落ち着いた、という評価が妥当なのではないだろうか。


なお、唯一原告(被控訴人)側の請求が認められた、CDタイトルの「商品等表示性」や、不競法2条1項1号、2号該当性についてもいろいろと批判は上がっているところであるが、これについては被告(控訴人)側も、「店頭から回収している」旨の主張を行っているところであり、現実には判決の影響は限定的なものにとどまるのではないかと思う。

*1:原審判決については、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070528/1180292380参照。

*2:第2部・中野哲弘裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080324091152.pdf

*3:結論を導くにあたって、最三小判昭和43年2月27日が引用されている。

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