最高裁法廷意見の分析(第22回)〜少年達の葛藤

ここ数年、最高裁不法行為の成否をめぐる判決が積極的に出されるようになっている。


憲法論が争点になる場合と違って、大抵は法令違反を主張する上告受理申立事案だし、判断プロセスとしても事実関係の再レビューが中心になるから、あえて判決まで書かずに申し立てを退けても良いのでは?と思ったりもするのだが、そこであえて事例判決を積み重ねて、判例の射程を明確化しようとするのが、今の最高裁の考え方なのだろう。


以下で取り上げる判決もそのような流れの中に位置づけられるように思われる。

最一小判平成20年2月28日(H19(受)611号)*1

事案の概要は、

平成13年3月31日、当時16歳のAが、B(当時15歳)及びC(当時17歳)から暴行を受けて死亡したことについて、Aの母である上告人が、暴行の行われている現場に居合わせた被上告人Y1、Y2、Y3(いずれも当時15歳)及びその親権者に注意義務違反があると主張して、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料3000万円等)を求める

ものである。


判決の中で詳細に取り上げられている原審認定の事実関係は、

平成13年3月31日昼頃 訴外Bが訴外Cに対し、Aを呼び出して痛めつけることを提案
同日午後2時54分頃  Aに対する暴行行為開始
同日午後3時30分頃  Y2がBから現場に呼ばれる
同日午後4時過ぎ頃  Y1、Y3が現場に到着する
→ Bが更なる暴行行為を行い、Aの後頭部が強打された。
→ Y1が「目がやばい。」と言い、Bの暴行行為を制止
→ Y1らは、Cの指示によりAの意識を回復させるために水をかける、給食搬入台の壁にもたれかけさせる等の行為を行った。
→ Y1は救急車を呼ぶことを提案したが、Cがこれを拒否した。Y1らは、Aが死ぬかもしれないと認識していたが、通報することによりB、Cから仕返しをされることを恐れ、通報の措置を執らなかった。

といったもので、このような状況の下で、被上告人らに

(1)本件暴行を制止すべき法的義務
(2)Aを救護するための措置を執るべき法的義務

が認められるかが争点になったのであるが、本判決の多数意見は、以下のように述べていずれの義務も否定した。

(1)本件暴行を制止すべき法的義務等について
「前記事実関係によれば,被上告人少年らは,本件暴行が行われていることや,加害少年らが本件暴行に及んだ経緯を知らずに加害少年らに呼び出されて本件場所に赴いたものであって,暴行の実行行為や共謀に加わっていないのみならず,積極的に本件暴行を助長するような言動も何ら行っていないことが明らかである。また,前記事実関係により明らかな加害少年ら,A,被上告人少年らそれぞれの間の関係,被上告人少年らの年齢,本件暴行に至る経緯,本件暴行の経過等(以下,これらを併せて「少年らの関係等」という。)にかんがみると,被上告人少年らが加害少年らに対して恐れを抱くのも無理からぬものがあり,被上告人Y3が本件発言をしたことや,被上告人少年らが本件暴行の間その現場に居続けたことについて,被上告人Y3や被上告人少年らを非難することはできないものというべきである。そして,前記事実関係によれば,本件発言が本件暴行を助長したとは認められないとする原審の認定や,Bが本件暴行を抑制することができなかったのは,Cや被上告人少年らの前で,自らを強く見せて格好をつけようという思いがあったからであるとしても,被上告人少年らに本件暴行の現場に居ることがBの暴行をあおることになるという認識があったとは認められないとする原審の認定は,いずれも是認し得るものである。したがって,被上告人少年らにおいて,本件暴行を制止すべき法的義務や本件暴行を抑制するため本件現場から立ち去るべき法的義務を負っていたということはできない。」
(10-11頁)

(2)Aを救護するための措置を執るべき法的義務について
「前記事実関係によれば,被上告人Y1は,Aの様子を見て,救急車を呼ぶことを提案したが,Cは本件事件が警察に発覚することを恐れてこれを拒否し,結局,被上告人少年らは,後日加害少年らから仕返しをされることを恐れ,救急車も呼ばず,第三者に通報することもしなかったというのであるが,上記のとおり被上告人少年らには本件暴行を制止すべき法的義務等は認められないのであり,被上告人少年らは,事情を知らずに本件場所に赴いたにすぎないことや,上記の少年らの関係等にもかんがみると,被上告人少年らにAが死ぬかもしれないという認識があったとしても,そのことから直ちに,被上告人少年らに加害少年らからの仕返しの恐れを克服してAを救護するための措置を執るべき法的義務があったとまではいえない。また,前記事実関係によれば,被上告人少年らは,本件暴行後に,Cの指示により,Aの体を移動させ,給食搬入台の壁にもたれかけさせて座らせた(以下「本件移動行為」という。)というのであるが,これも加害少年らに対する恐れからしたことであることは明らかであるし,前記事実関係から明らかな本件場所の状況等に照らすと,本件移動行為によってAの発見及び救護が格別困難になったということはできず,同人の生命に対する危険が増大したとは認められないとの原審の認定は是認し得るものであるから,本件移動行為によって被上告人少年らにAを救護するための措置を執るべき法的義務が発生したということもできない。さらに,原審は,被上告人少年らがAに水を掛けたことによって同人の生命に対する危険が増大したということはないとの認定をしているが,この認定に疑いを生じさせるような事情も存しない。したがって,被上告人少年らにおいて,救急車を呼んだり,第三者に通報するなど,Aを救護するための措置を執るべき法的義務を負っていたとまでいうことはできない。」(11-12頁)

このように、多数意見は原審における認定判断をほぼそのまま踏襲して結論を導いたものである。


だが、これに対して、反対意見を唱えたのが、ご存知、泉徳治(裁判官出身)、横尾和子(行政官出身)の両裁判官であった。

横尾和子、泉徳治裁判官・反対意見

両裁判官は、

「私たちは,被上告人Y1,同Y2及び同Y3は,Aが一刻も早く医療機関に搬送されて救急医療を受けられるようにするため,同人の受傷を消防署等に通報すべき義務があったにもかかわらず,通報を怠ったもので,不法行為責任を負うから,同不法行為責任を否定した原判決を破棄し,本件を原審に差し戻すべきであると考える。」(12頁)

とする。


そして、その理由としては、

「被上告人少年らは,本件場所に居ることによって,BのAに対する暴行を激化させてその受傷の程度を重大なものとし,気絶状態のAが外部から発見されにくくする隠ぺい工作にも加担しているところ,被上告人少年らのこのような行為は,Aの身体生命に対する危険を増大させるものである。被上告人少年らは,Aの身体生命に対する危険を増大させる行為を行ったことの責任として,危険の進行を食い止め,危険からの救出を図るべきで,Aが一刻も早く救急医療を受けられるように,Aの受傷を消防署,警察署,Aの保護者等に通報する義務を負うものというべきである。この通報義務は,私法秩序の一部をなすものとして法による強制が要請される条理に基づく作為義務である。なお,原審は,被上告人少年らには,本件場所に居ることがBを精神的にあおりその暴行を激化させていることの認識がなかったと認定しているが,被上告人少年らは,上記のような事態を認識することが可能であった上,外部から発見されにくくするための隠ぺい工作にも加担しているのであるから,上記通報義務を免れるものではない。」(14頁)

と述べ、「条理」による作為義務として被上告人少年らが通報義務を負う、という結論を導き出している。


また、多数意見が強調していた「仕返しのおそれ」については、

「後日の仕返しに対しては警察等の保護を得て対応することを期待すべきである上、被上告人少年らは、個別に、匿名で、消防署等への通報を行うことが可能であったから、通報を法的に期待することができないものと解するのは相当でない。」(15頁)

として、義務違反を否定する事情としては考慮していない。


このように、本判決は小法廷で「3対2」という、一般的な民事不法行為事例としては珍しく意見が分かれる展開となったのである。

雑感

我が子を卑怯な暴行で失った親(上告人)としては、「その場にいたのに何で止めてくれなかったのか。否、止められなかったとしても、せめて救急車を呼んでくれれば」という思いは当然あっただろう。


被害者となったAには、「交通事故による傷害の後遺症として、左上肢及び左下肢の機能障害があり」、「暴力を受けてもほとんど抵抗することができない状態」だったという。


このような状態で一方的に暴行を加える、というのは、如何なる理由があっても許されない不正義な行為であり、そのような行為に対して見てみぬふりをした被上告人らの行動も、十分非難に値するのは間違いない。


だが・・・


自分が15歳の少年だったとして、本件の状況の下で、果たして反対意見が指摘するような「適切な通報義務」を果たすことができるのだろうか?


「Aが暴行により死亡した」という結果から、「こうしておけばよかったのに」という後付けの理屈をひねり出すことはいくらでもできる。


だが、現に目の前で起きていたおぞましい出来事と、そこにいた「怖い加害者」を前にして、少年達が適切な行動をとることを期待できたのか。


そして、適切な対応をとる法的義務が存在することを前提に、被上告人(ないしその親権者)に損害賠償義務を負わせることが妥当なのか。


これは、本件に限らず、医療事故その他の不法行為事件全てを裁く上で直面せざるを得ない難題だと思う。


個人的には、被上告人の法的責任を否定した多数意見の方に馴染むものがあるのだが、いずれを選ぶかは、読者の判断にお任せしたい*2

*1:第一小法廷・横尾和子裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080228162346.pdf

*2:なお、法的見地から言えば、被上告人らの義務の存在を否定するのであれば、「被上告人らの行為によってAの生命に対する危険が増大したわけではない」という点をより強調すべきであり、「仕返しを恐れて」という事情は、本来義務違反を否定する事情として用いるべきだろう、といった突っ込みができるような気もするのだが、この辺も今後の評釈等での解明に期待したい。