最高裁法廷意見の分析(第23回)〜「免訴」の意味

メディア等でも高い注目を集めていた横浜事件再審をめぐる上告審判決。


結論としては上告棄却となっているが、判決においては、刑事訴訟における再審の意義、及び「免訴」の意義について、最高裁の考え方の一端が示されており、参考になる面が大きいと思われるので、以下ご紹介することにしたい。

最二小判平成20年3月14日(H19(れ)1)*1

本件は、

第二次世界大戦下,言論・出版関係者数十名が,治安維持法違反の被疑事実で検挙され,うち多くの者が,同法違反の罪により起訴されて,昭和20年9月までの間に有罪判決を受けたという,いわゆる「横浜事件」に関する再審事件」

である。


終戦直後、形式的にまだ「生きていた」治安維持法によって有罪判決(懲役2年、執行猶予3年)を受けた被告人ら(故人)は、その遺族らの請求によって再審の機会が与えられることになったのだが、再審第一審の横浜地裁控訴審の東京高裁ともに、「免訴判決」を下したため、「実体的審理による無罪判決」を求めて上訴した、というのがここまでのあらすじ。


「無罪判決」でも「免訴判決」でも、被告人が有罪に処せられないという点に変わりはないのだが、被告人側が求めていたのが、「あくまで実体的審理を経た上での無罪判決」だったのに対し、裁判所側が、「訴訟条件を満たしていない→ゆえに実体的審理にも入らない」というスタンスを貫いたために、争いは最高裁までもつれこむことになってしまった。


そして、

(1)「無この救済という再審制度の趣旨に照らし、再審の審判においては、実体的審理、判断が優先されるべきである」
(2)「被告人の側には第一審判決の誤りを是正して無罪を求める上訴の利益がある」

という2点について、最高裁の判断が求められることになったのである。


最高裁の多数意見は、上記(1)の争点について、

「再審制度がいわゆる非常救済制度であり,再審開始決定が確定した後の事件の審判手続(以下「再審の審判手続」という。)が,通常の刑事事件における審判手続(以下「通常の審判手続」という。)と,種々の面で差異があるとしても,同制度は,所定の事由が認められる場合に,当該審級の審判を改めて行うものであって,その審判は再審が開始された理由に拘束されるものではないことなどに照らすと,その審判手続は,原則として,通常の審判手続によるべきものと解されるところ,本件に適用される旧刑訴法等の諸規定が,再審の審判手続において,免訴事由が存する場合に,免訴に関する規定の適用を排除して実体判決をすることを予定しているとは解されない。これを,本件に即していえば,原確定判決後に刑の廃止又は大赦が行われた場合に,旧刑訴法363条2号及び3号の適用がな
いということはできない。したがって,被告人5名を免訴した本件第1審判決は正当である。」(4頁)

という判断を下した上で、(2)の争点についても、

「そして,通常の審判手続において,免訴判決に対し被告人が無罪を主張して上訴できないことは,当裁判所の確定した判例であるところ(前記昭和23年5月26日大法廷判決,最高裁昭和28年(あ)第4933号同29年11月10日大法廷判決・刑集8巻11号1816頁,最高裁昭和29年(あ)第3924号同30年12月14日大法廷判決・刑集9巻13号2775頁参照),再審の審判
手続につき,これと別異に解すべき理由はないから,再審の審判手続においても,免訴判決に対し被告人が無罪を主張して上訴することはできないと解するのが相当である。」
(4-5頁)

として、従来の刑事訴訟における判例を踏襲し、被告人側の主張を完全に退けている。



裁判の建前上は、「訴訟条件を満たしていなければ、審理を行うこと自体できない」と考えるのが筋であるから、免訴事由(治安維持法の廃止や大赦)によって公訴権が消滅していれば免訴判決を出すしかない、という地裁判決が理屈の上では正しいと言えるし、免訴判決に対する上訴ができない、という判断についても、これまでの判例に照らせば違和感はない。


ゆえに、このままあっさりと終わっても不思議ではない判決なのであるが、「あくまで無罪判決を!」と主張していた被告人側に配慮してか、本判決には、今井功判事(裁判官出身)、古田佑紀判事(検察官出身)の裁判官の補足意見が付されている。

今井功裁判官・補足意見

今井判事の指摘は、もっぱら、

「再審の審判手続において免訴事由が存在する場合の実体的審理、判断の可否」

に向けられている。


被告人側は、

「被告人は有罪の確定判決によって様々な不利益を受けているのであるから、無この救済という再審制度の趣旨に照らし、再審の審判手続において、無罪判決という有罪の確定判決を否定する判決を得なければ、有罪の確定判決により被った不利益を解消することはできない」(5-6頁)

と主張していた。


元々「免訴」という手続きは、実体的審理に時間をかけることなく、速やかに被告人を手続負担から解放する、ということに主眼を置いたものであるから、有罪判決確定から60年以上経過した今になって「免訴」判決をしたところで、本来の制度趣旨は達成されない。


それならいっそのこと、「きちんと審理を行って、被告人の名誉を完全に回復してくれ!」という発想になっても不思議ではないわけで、上記の主張もそのような考え方に基づくものとして出されているようである。


そこで、このような被告人の主張に対してどう応答するか、が注目されたのであるが、今井判事は、

「再審は,有罪の確定判決に対し,有罪の言渡しを受けた者に有利であるような証拠が新たに発見された場合等に,改めて審理をし直し,裁判をする制度であり,再審が開始され,再審の審判手続における裁判が確定したときには,先にされた有罪の確定判決は,完全にその効力を失うことは異論を見ないところである。そして,免訴判決は,有罪無罪の実体判決をする訴訟条件がないことを理由とする形式裁判であり,免訴事由が存在するときには,さらに実体についての審理判断をすることなく,その時点で審理を打ち切ることが被告人の利益にもなるのであって,このことは再審の審判手続においても通常の審判手続と変わることはない。本件のように有罪の確定判決を受け,死亡した被告人にとっては,審理打切りによる利益はほとんどないということができるであろう。しかし,再審の審判手続において免訴事由が存在する場合の実体的審理,裁判の可否については,本件のような再審事由の場合のみでなく,他の再審事由により開始された場合も含めた再審の審判手続全般を通じて考察しなければならず,再審の審判手続においても審理打切りによる被告人の利益は存在するものと解される。そして,再審の審判手続において免訴判決がされることによって,有罪の確定判決がその効力を完全に失う結果,これによる被告人の不利益は,法律上は完全に回復されることとなる。」(6頁)

「もちろん有罪の確定判決があったという事実自体は,再審の審判手続における免訴判決があったからといって,覆しようのないことであるが,このことは仮に再審の審判手続において弁護人の主張するような無罪判決があったとしても同様である。再審制度は,有罪の確定判決の誤りを正し,これによって様々な不利益を受けた被告人を救済するものであるが,それは,有罪の確定判決の効力を失わせることによって実現されるにとどまるといわなければならない。」(6-7頁)

という回答を残した。


いわれて見ればもちろんその通りなわけで、「再審」が行われるのは本件のような特殊な事案ばかりではないし*2、被告人の救済が「法律上の」ものでしかないのは、免訴だろうが無罪判決だろうが変わりはない。


もちろん、「活動」の観点からすれば、「免訴を勝ち取った!」というより、「無罪が証明された!」という方がすっきりするのだろうが、裁判所がそこまで配慮しなければいけないのか?といえば疑問もあるところだから、結論としてはこれでよかったのだろうと思う。


今井判事は、上記の説示に続いて刑事補償の観点からも、無罪判決と免訴判決に違いがないことを説明している。

「刑事補償法25条において,免訴の裁判を受けた者は,もし免訴の裁判をすべき事由がなかったならば無罪の判決を受けるべきものと認められる充分な事由があるときは,無罪判決を受けた者と同様の刑事補償を請求することができるものとするとともに,補償決定の公示の規定も定め,免訴判決を受けた被告人に対する刑事補償や名誉の回復について一定の配慮をしているところ,再審の審判手続において免訴判決があった場合にも同条が適用される(本件の場合にも同条が適用されるものと解されることは,古田裁判官の補足意見のとおりである。)ことからすれば,明文の規定がないにもかかわらず,他の再審事由による再審と取扱いを異にして免訴の規定の適用を排除すべき理由に乏しいものといわざるを得ない。」(7頁)


このような考え方に対して、被告人側からの反論も当然予想されるところではあるが、少なくとも本判決に対する「補足」としては、十分な説明になっているといえるのではないか、というのが筆者の感想である。


なお、本エントリーでは割愛するが、上記「刑事補償の可否」の論点については、刑事補償法附則(新法施行に伴う経過措置)の解釈について、古田佑紀裁判官の更なる補足意見が付されており、こちらも参考になるだろう。


裁判に何を求めるか、は人それぞれであるが、本判決は、「無この被告人の救済」のために、司法府にできることとその限界を示した、という点で興味深いものであるように思われる。

*1:第三小法廷・今井功裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080317084856.pdf

*2:長期間収監されている死刑囚に対して再審開始決定がなされたような場合であれば、免訴でもいいから早く解放してやれ、という要望は当然出てくることだろう。