昨日のエントリーでも触れたとおり、これからご紹介する最高裁判決は、特許侵害訴訟におけるいわゆる「ダブル・トラック」(トリプル・トラック)問題を考える上で、極めて大きな意味を持つものとなるように思われる。
発明の名称は「ナイフの加工装置」(特許第2139927号)。
上告した権利者が株式会社レザック、被上告人は有限会社イデオン及び株式会社エル・シー・シー(いずれも機械加工システムメーカーと思われる)という大阪発の特許侵害訴訟。
一つの歴史を作った事件にしては、少々地味な印象もあるが*1、それもまたよし。
まずは、本判決に至るまでの経緯から見ていくことにしたい。
最一小判平成20年4月24日(H18(受)1772号)*2
以下、上告人が本件訴訟を提起して以降の時系列を追ってみる。
平成13年9月10日 訴え提起(第1発明に基づく侵害訴訟)
(平成13年12月7日 第2回口頭弁論期日において被上告人が権利濫用の抗弁主張)
平成15年7月25日 被上告人による無効審判請求
平成16年1月30日 特許無効審決(第1発明につき)
(平成16年2月6日 第18回口頭弁論期日において上告人が第5発明に基づく主張追加)
(平成16年3月15日 第19回口頭弁論期日において被上告人側が権利濫用の抗弁主張)
平成16年10月21日 大阪地裁判決(権利濫用の抗弁認め、原告の請求棄却)
権利者に対抗するために、「特許に無効理由がある」として権利濫用の抗弁を主張するとともに、平行して無効審判も請求する、というのはキルビー判決(最三小判平成12年4月11日)以降良く使われるようになった手である。
そして、地裁判決の時点では、無効審判、侵害訴訟のいずれでも特許に無効事由があるという前提で判断が下されたから、ここまでは被告の望みどおりの展開になっていたといえる。
だが、原告(控訴人・上告人)の側も負けてはいなかった。
平成16年11月2日 上告人控訴
平成17年1月21日 上告人による訂正審判請求(訂正2005-39011号)
(平成17年2月1日 第1回口頭弁論期日において被上告人側が権利濫用の抗弁主張)
平成17年4月1日 平成16年法改正に基づき特許法104条の3の規定適用へ
平成17年4月11日 上告人が訂正2005-39011号を取り下げ再度請求(訂正2005-39061号)
(平成17年5月31日 第3回口頭弁論期日において、上告人が第1発明に基づく主張撤回)
平成17年11月25日 訂正2005-39061号事件について、特許庁が訂正不成立審決
平成17年12月22日 上告人が訂正2005-39061号の請求を取下げ
平成18年1月20日 控訴審口頭弁論終結
平成18年4月18日 上告人が3度目の訂正審判請求(訂正2006-39057号)
平成18年5月31日 大阪高裁判決(特許法104条の3により、原告(控訴人)の請求棄却)
平成18年6月16日 上告及び上告受理申立て
平成18年6月26日 訂正2006-39057号取下げ、同日付で4度目の訂正審判請求(訂正2006-39109号)
平成18年7月7日 訂正2006-39109号取下げ、同日付で5度目の訂正審判請求(訂正2006-39113号)
平成18年8月29日 特許庁が訂正認容審決、確定(請求項5の範囲の減縮)
控訴審の口頭弁論が終結してから3度の訂正審判請求を行い、3度目(通算5度目)で認容審決を勝ち取る、という上告人側の執念はなかなかのものである。
そして、この「3度目の正直」が、
「本件の上告受理申立て理由書の提出期間内に本件訂正審決が確定し、請求項5に係る特許請求の範囲が減縮されたという本件の事実関係の下では、原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして、民訴法338条1項8号に規定する再審事由があるといえるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある(民訴法325条2項)」(4-5頁)
という主張につながったのである。
元々、侵害訴訟と無効審判・訂正審判の関係をめぐっては、
1)侵害訴訟における請求認容判決後、特許無効審決が確定した場合に再審事由になるか。
2)侵害訴訟における請求棄却判決後、特許無効審判不成立審決が確定した場合に再審事由になるか。
という2点が議論されており、1)については「判決の基礎となった行政処分の変更にあたる」から再審事由となる。2)については侵害訴訟の判決の効力には影響を与えない、というのが伝統的な理解であったのであるが、キルビー判決ないし特許法104条の3により、特許無効に基づく権利濫用の抗弁が侵害訴訟においても主張できるようになったことで、民訴法338条1項但書が類推適用され(あるいは訴訟上の信義則により)、1)についても再審が制限されるべき、という議論が近年有力になりつつあるところであった*3。
近年の有力説の背景には、被告側が特許の有効性を争う材料を小出しにすることで紛争の終局的解決を“引き延ばす”ことへの嫌悪感情が少なからずあるように思われる。
そのことの是非はおくとして、「判決の基礎となった行政処分(特許査定)が変更されたことが、直ちに再審事由になるわけではない」という流れがでてきている中で、1)の亜流とも言える、「訂正審決」による「行政処分の変更」が侵害訴訟の判決にどのような影響を与えるかが争われた本件は、重要な意義を持つことになったのである*4。
最高裁の多数意見
それでは、最高裁の多数意見*5はどのような判断を示したのか。
多数意見は冒頭で、以下のように述べて、訂正審決の確定が民訴法338条1項8号の再審事由にあたることを示唆する。
原審は,本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて,第5発明に係る特許には特許法29条2項違反の無効理由が存在する旨の判断をして,被上告人らの同法104条の3第1項の規定に基づく主張を認め,上告人の請求を棄却したものであり,原判決においては,本件訂正後の特許請求の範囲を前提とする本件特許に係る無効理由の存否について具体的な検討がされているわけではない。そして,本件訂正審決が確定したことにより,本件特許は,当初から本件訂正後の特許請求の範囲により特許査定がされたものとみなされるところ(特許法128条),前記のとおり本件訂正は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから,これにより上記無効理由が解消されている可能性がないとはいえず,上記無効理由が解消されるとともに,本件訂正後の特許請求の範囲を前提として本件製品がその技術的範囲に属すると認められるときは,上告人の請求を容れることができるものと考えられる。そうすると,本件については,民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地があるというべきである。」
(5頁)
だが、多数意見は、「しかしながら、」に続けて、以下のように述べ、上告人側の請求を棄却した。
「仮に再審事由が存するとしても,以下に述べるとおり,本件において上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは,上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものであり,特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。」(5頁)
多数意見は、特許法104条の3の規定について、
「特許法104条の3第1項の規定が,特許権の侵害に係る訴訟(以下「特許権侵害訴訟」という。)において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め,当該特許の無効をいう主張(以下「無効主張」という。)をするのに特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものとしているのは,特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で解決すること,しかも迅速に解決することを図ったものと解される。そして,同条2項の規定が,同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは,裁判所はこれを却下することができるとしているのは,無効主張について審理,判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。このような同条2項の規定の趣旨に照らすと,無効主張のみならず,無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も,審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば,却下されることになるというべきである。」(6頁)
と説明している*6。
そして、これに続けて、上述した5度の訂正審判請求の経緯に言及し、
「上告人は,第1審においても,被上告人らの無効主張に対して対抗主張を提出することができたのであり,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らすと,少なくとも第1審判決によって上記無効主張が採用された後の原審の審理においては,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とするものを含めて早期に対抗主張を提出すべきであったと解される。そして,本件訂正審決の内容や上告人が1年以上に及ぶ原審の審理期間中に2度にわたって訂正審判請求とその取下げを繰り返したことにかんがみると,上告人が本件訂正審判請求に係る対抗主張を原審の口頭弁論終結前に提出しなかったことを正当化する理由は何ら見いだすことができない。したがって,上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは,原審の審理中にそれも早期に提出すべきであった対抗主張を原判決言渡し後に提出するに等しく,上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得ず,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らしてこれを許すことはできない。」(7-8頁)
としているのである。
小括
これまで華やかな議論が展開されていた分野において、訂正審決確定による原処分の変更が侵害訴訟の判決に影響を与えない場合があることを明らかにし、かつ、「特許法104条の3の趣旨」を前面に押し出すことで、不当な訴訟引き延ばし的訂正審判を封じることを可能にした、という意味で、上記最高裁判決の意義は大きいと思われる。
もっとも、「場外」で訂正審判請求を行いながら、それを侵害訴訟の場面で全く援用しなかった、という上告人の訴訟戦術は、少なくとも今の東京地裁や知財高裁の実務上は取り得ない*7と思われる(本件訴訟が、キルビー判決から間もない時期に提起されたものであることからして、本件はあくまで、過渡期的な特殊事象として理解すべきだろう)。
また、訂正審判請求とその取下げを幾度にもわたり繰り返す、という戦術も(しかも控訴審の口頭弁論終結後に3度も!)、少し極端だという印象を受ける。
ゆえに、判決の射程を考えたとき、上記多数意見にはどうしてもモヤモヤとしたところが残ってしまうのは否めない(最高裁の判決にはよくあることだが)。
そこで、多数意見に続く泉徳治判事の補足意見と見比べながら、もう少し今回の判決について分析を深めていくことにしたい。
(後編へ続く)
*1:頻出のキルビー事件などは、事件そのものもそれなりに派手なものだっただけに・・・。
*2:第一小法廷・才口千晴裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080424152947.pdf
*3:以上、三村量一・前知財高裁判事によるAIPPIの講演録10-12頁参照。http://www.aippi.or.jp/japan/Germany/Mimura_speech.pdf
*4:高林龍教授がRCLIP研究会発表に際して行っておられる「場合分け」が分かりやすい。http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/etc/takabayashi20060601.html
*5:才口千晴、横尾和子、甲斐中辰夫、涌井紀夫の4判事の意見。
*6:これは恐らく同条に関して最高裁が示したはじめての解釈論というべきものであろう。
*7:被告側から特許法104条の3に基づく抗弁が提出された時点で、再抗弁の提出要否を原告は裁判所から求められることになるだろう。