「私的録音・録画補償金」問題、最終局面へ。

数日前に朝日新聞がバルーンを打ち上げていた「私的録音録画補償金」問題で、予想通り、文化庁が見直し案を正式に提示したようである。

文化庁は8日開いた文化審議会著作権分科会の小委員会で、著作権料(補償金)を録音機器などの価格に上乗せする「私的録音録画補償金制度」の見直し案を正式に提示した。急速に普及している「iPod」などのデジタル音楽プレーヤーやハードディスク内蔵ビデオレコーダーに新たに課金する一方、対象機器に一律に課金する制度自体を徐々に縮小する方向を明確に打ち出した。」(日本経済新聞2008年5月8日付夕刊・第1面)

ここ数年の補償金をめぐる議論で、半ば「聖地」化していた「iPod」が前面に出ている記事だけに、多くの人々からの反発が予想されるところだが、個人的にはあの文化庁が自ら「徐々に縮小する方向」を打ち出した、という点を、多少は評価してあげても良いのではないかと思う*1


ついでに言えば、日経紙の予測(?)によると、課金するといっても額は数百円程度にとどまるそうだから、一実務屋的としては、

「たかだか一台数百円のコストを負担すれば著作権者団体が黙ってくれる、っていうんだったら、とっとと支払っちゃえば?」

と言いたくもなるところだ。


もちろん、この問題は、単なる“金額の多寡”の問題を超えた深遠なる“哲学的論争”*2を常に伴って語られるものだけに、そう簡単に片付けてしまうわけにもいかないのであるが・・・*3



なお、記事の中では、補償金不要論の論拠として、「著作権保護技術の進歩でコピー制限をかけやすくなっている」という、技術的側面からの主張が主に取り上げられているのだが、筆者自身は、音楽配信や映像配信の普及に伴う「人々の行動の変化」にも、今後着目していかないといけないのでは? と考えている。


私的録音補償金制度の導入が決まったのは、レンタルCDショップの全盛期。あの時代であれば、「レンタルCDショップで借りたCDを「MD」や「CD-R」に複製して再生する行為が著作権者の利益を奪う」と権利者団体が主張しても、まだ社会的に受け入れられる素地はあっただろう。


だが、手軽に1,2クリックで巷の音楽をまるごと買ってダウンロードできる環境が整えば、わざわざTSUTAYAまで歩いてCDを借りに行き、延滞料金の心配しながらこせこせとダビングする人々は相当程度減ってくるはずで、そうなると、多くのユーザーが「iPod」に音楽を複製する行為も単なる「プレイス・シフト」に他ならない(少なくとも「その行為によって失われる著作権者の利益」なるものはどこにも存在しない)、ということになってくる。


「制度の見直し」を検討するにあたっては、その辺の社会的実態の変化にも、十分に配慮していく必要があるのではないだろうか・・・。


いずれにせよ、建設的な議論を望みたい*4

*1:自分は小委員会で提示されたペーパーを直接見ているわけではないので、“よくよく見たら(縮小は)ポーズだけ”なんてこともあるのかもしれないが。

*2:突き詰めれば、「私的複製」という行為が(利用者側に情報の蓄積と伝播の恩恵をもたらす、という点で)文化の発展に寄与するものなのか、それとも(「著作権者に経済的損失をもたらし創作意欲を低下させる」という観点から)文化の発展を阻害するものなのか、という議論につながってくる。

*3:なお、資料を探していたら、興味深い論戦が展開されている掲示板を見つけたので、ご紹介しておくことにしたい(「iPod Club」掲示板 http://www.ipod.cc/modules/bluesbb/thread.php?thr=2224&sty=1&num=l50

*4:“携帯型CDプレーヤー”の普及が、「一人CD一枚買う時代」の到来をもたらし、爆発的なミリオンヒットの連発につながったように、“携帯型MP3プレーヤー”の普及は、(正規のMP3ファイルを気軽に入手できる環境さえ整えば)爆発的なダウンロード数増加につながる可能性を秘めているのは間違いないと思う。それゆえ、それを殊更に“敵視”する著作権者(著作者隣接権者)団体側の姿勢にはどうにも解せないものがあるといわざるを得ない・・・。