昨年の末に第一審判決が出ていた「日めくりカレンダー」をめぐる著作者人格権侵害事件。
半年ちょっとで控訴審も決着した。
著作権をめぐる論点にはほとんど言及せず、当事者のやりとりの事実認定→同意の有無に関する判断のみで原告の主張を退けた地裁判決に比べると、知財高裁は著作権(著作者人格権)に関する争点に真正面から答えようとしているのが目を惹くところだ。
知財高判平成20年6月23日(H20(ネ)第10008号)*1
控訴人:X
被控訴人:富士通株式会社
事案の概要については、第一審判決に関するエントリーをご参照いただければ、と思うのだが*2、要は、「1日1枚配信する予定だった(と控訴人が主張している)」花の写真365枚を、「週に1枚ずつしか配信しなかった」行為が、
「編集著作物の同一性保持権侵害にあたる」
といえるか否か、がここでの最大の争点だったといえる。
前回のエントリーにも記したように、本件では、原告(控訴人)側が訴訟を提起した背景事情として、「花の写真以外の写真(風景写真)を買い取ってもらえなかった恨みつらみ」があるように思われ、筆者が見る限り、あまり筋の良い事案とはいえない*3。
それゆえ、東京地裁は、「編集著作物の著作物性」や「編集著作物に関する同一性保持権侵害の判断基準」という微妙な争点には触れることなく結論を出したのだろうが、さすがにそれでは控訴人側を納得させるには足りない、と思ったのか、知財高裁はこれらの争点にも踏み込んだ上で、同様の結論を導いた。
まず、「編集著作物性の有無」について、裁判所は以下のように述べる。
「著作権法12条は,編集著作物につき「編集物…でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは,著作物として保護する」と規定しているところ,前記2認定のとおり,控訴人が撮影した花の写真を365枚集めた画像データである本件写真集は,1枚1枚の写真がそれぞれに著作物であると同時に,その全体も1から365の番号が付されていて,自然写真家としての豊富な経験を有する控訴人が季節・年中行事・花言葉等に照らして選択・配列したものであることが認められるから,素材の選択及び配列において著作権法12条にいう創作性を有すると認めるのが相当であり,編集著作物性を肯定すべきである。」(36頁)
被控訴人(被告)側は、
「単なる花の写真の画像データの集合でしかないから編集著作物には当たらない」
と主張していたのであるが、さすがにここは、「1年365日と花の写真を組み合わせて、花言葉まで添えた」控訴人側に(文字通り)花を持たせる形になった。
もっとも、続く「同一性保持権侵害の有無」については、裁判所は以下のような厳しい判断を示している。
「著作権法20条は同一性保持権について規定し,第1項で「著作者は,その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し,その意に反してこれらの変更,切除その他の改変を受けないものとする」と定めているところ,前記2認定のとおり,平成15年5月27日ころまでに控訴人から本件写真集の個々の写真の著作物及び全体についての編集著作権の譲渡を受けた被控訴人が,別紙4記載の各配信開始日に,概ね7枚に1枚の割合で,控訴人指定の応当日前後に(ただし,正確に対応しているわけではない)配信しているものであって,いわば編集著作物たる本件写真集につき公衆送信の方法によりその一部を使用しているものであり,その際に,控訴人から提供を受けた写真の内容に変更を加えたことはないものである。そうすると,著作権法20条1項が「変更,切除その他の改変」と定めている以上,その文理的意味からして,被控訴人の上記配信行為が本件写真集に対する控訴人の同一性保持権を侵害したと認めることはできない(毎日別の写真を日めくりで配信すべきか否かは,基本的には控訴人と被控訴人間の契約関係において処理すべき問題であり,前記2認定の事実関係からすると,そのような合意がなされたとまで認めることもできない)。」
(37頁)
通常の著作物に対する判断であればともかく、編集著作物について、「個々の素材を変更、切除しなければ同一性保持権侵害にあたらない」という判断をすることが妥当なのかどうか、は、議論の余地もあるところだろうが、原審が回避した争点に対し一応の判断をしたことは、評価しても良いのではないかと思う*4。
そして、アプローチを変えても同じ結論に至る、ということが示されたことで、とんだ災難に巻き込まれた富士通の側も、辛うじて面目を保つことができることとなった。
なお、余談だが、被控訴人(被告)側の「注文書」の備考欄には、以下のような記載があったことが認定されている。
備考:
(1)画像に関する権利は富士通パレックスを通し,富士通株式会社へ譲渡するものとします。
(2)納入物件は富士通株式会社が使用するにあたり何ら支障の無いよう,第三者の著作権その他何らかの権利が含まれていないことを保証するものであること。
(3)富士通パレックス株式会社,富士通株式会社は,当該著作権等の紛争から逃れるものとします。
残念ながら紛争そのものから逃れることはできなかった(苦笑)が、画像に関する著作権そのものの譲渡を受けたことによって紛争を最小限に抑えることができたのも事実で、この種の取引を行う上では、一つの参考となる取扱いではないだろうか。
*1:第2部・中野哲弘裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080624101127.pdf
*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20071220/1198282926
*3:控訴審判決でも、「期待権侵害」という控訴人側の追加主張に応答する形で、控訴人・被控訴人間のやり取りを詳細に認定しているが、筆者が受ける印象は原審判決を読んだ時のそれと変わらない。
*4:その結果、原審が判断した「明示又は黙示の同意の有無」について「判断するまでもなく・・・」ということになったのは、皮肉ではあるが。