商標法4条1項7号をめぐる問題提起

商標法4条1項7号といえば、

「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」

を「商標登録を受けることができない」とするシンプルな条文であるが、だいぶ前に「赤毛のアン」事件(知財高判平成18年9月20日)に関連してご紹介したように*1、最近では“何だか煩わしい商標”の登録を阻むための、ある種の“ワイルドカード”として用いられることが多かったように思う。


ところが、そんな4条1項7号の「濫用」を戒める判決が登場した。


そんなチャレンジングな判決を書くのは、当然・・・・


そう、知財高裁第3部(飯村コート)である。

知財高判平成20年6月26日(H19(行ケ)第10391号、第10392号)*2

原告 有限会社トイズマッコイプロダクト
被告 アイディアル・ファスナー・コーポレーション


商標無効審決取消請求事件。


「トイズマッコイ」という原告の会社名、どこかで聞いたことがあると思ったら、本ブログで依然紹介したフライトジャケット復刻品の事件で「訴外・・・」として登場してきた会社だった*3


で、このフライトジャケット業界、知財的にはなかなかホットな業界のようで、本件も無効審判の対象となっている商標は、米軍用フライトジャケット復刻品のスライドファスナー部分に使われていたものである*4


被告は、米国のコンマー・プロダクト・インク(以下「コンマー社」)から、「CONMAR」という有名なジャケットのスライドファスナー製造事業及びそれにかかる米国商標権を承継した会社で、原告は復刻品を日本国内で販売する会社なのだが、原告が被告に無断でこのジャケットのスライドファスナーに刻すべき文字の商標権を出願し、登録を受けたことで、被告による無効審判請求に発展することになったのである。


2件請求された審判のうち、1件(無効2006‐89181号→H19(行ケ)第10392号)は、「コンマー/CONMAR」の二段書き商標(第4774951号)*5、もう1件(無効2006‐89180号→H19(行ケ)第10391号)に至っては、「コンマー/CONMER」の二段書き(第4750115号)*6、という明らかにバッタ系な商標についての無効審判であり、特許庁も空気を読んだか、

原告は「CONMAR」との文字からなる米国商標が被告の商標であることを知りながら「CONMAR」との文字からなる商標が日本において商標登録されていないことを奇貨として,被告に無断で剽窃的に,スライドファスナーを含む「ボタン類」を指定商品として本件商標を出願し,登録を受け,ひいては被告の日本国内への参入を阻止しているものであり,そうすると,本件商標の登録を認めることは,公正な取引秩序を乱し,社会一般の道徳観念ないしは国際信義に反し,公の秩序を害するものであるから,本件商標は商標法(以下,商標法は,単に「法」ということがある)4条1項7号に該当すると判断した。」(2頁)

と、商標登録を無効とする審決を下した。


元々フライトジャケットを製造していたコンマー社自体は、昭和40年に廃業しており、被告はその事業承継人に過ぎないとはいえ、原告の商標権取得行為の露骨さを鑑みれば、審決の結論は概ね支持しうるものだったといえるだろう。


そして、そのような結論を裏付けるための手っ取り早い適用条文として、特許庁が4条1項7号を選択したのも、最近の傾向を鑑みれば、決して不思議なことではない。


だが、知財高裁飯村コートは、そのような安易な論理構成を許容しなかった。


結論から言えば、

「当裁判所は,審決が認定した事実の下において,少なくとも法4条1項7号に該当するとした点には誤りがあり,審決は取り消すべきものと判断する。」(13頁)

として、2件とも審決を取り消したのである。

飯村コートの主張

では、本件において4条1項7号の適用を否定した飯村コートの論理とはいかなるものか。


長文になるが、以下そのまま引用する。

「商標法は「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」について商標登録を受けることができず,また,無効理由に該当する旨定めている(法4条1項7号,46条1項1号。法4条1項7号は,本来,商標を構成する「文字,図形,記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合(標章)それ自体が公の秩序又は善良な風俗に反する」ような場合に,そのような商標について,登録商標による権利を付与しないことを目的として設けられた規定である(商標の構成に着目した公序良俗違反)。
ところで,法4条1項7号は,上記のような場合ばかりではなく,商標登録を受けるべきでない者からされた登録出願についても,商標保護を目的とする商標法の精神にもとり,商品流通社会の秩序を害し,公の秩序又は善良な風俗に反することになるからそのような者から出願された商標について登録による権利を付与しないことを目的として適用される例がなくはない(主体に着目した公序良俗違反)。
確かに,例えば,外国等で周知著名となった商標等について,その商標の付された商品の主体とはおよそ関係のない第三者が,日本において,無断で商標登録をしたような場合,又は,誰でも自由に使用できる公有ともいうべき状態になっており,特定の者に独占させることが好ましくない商標等について,特定の者が商標登録したような場合に,その出願経緯等の事情いかんによっては,社会通念に照らして著しく妥当性を欠き,国家・社会の利益,すなわち公益を害すると評価し得る場合が全く存在しないとはいえない。
しかし,商標法は,出願人からされた商標登録出願について,当該商標について特定の権利利益を有する者との関係ごとに,類型を分けて,商標登録を受けることができない要件を,法4条各号で個別的具体的に定めているから,このことに照らすならば,当該出願が商標登録を受けるべきでない者からされたか否かについては,特段の事情がない限り,当該各号の該当性の有無によって判断されるべきであるといえる。すなわち,商標法は,商標登録を受けることができない商標について,同項8号で「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)と規定し、同項10号で「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標・・・」と規定し,同項15号で「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標・・・」と規定し,同項19号で「他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって,不正の目的・・・をもって使用をするもの・・・」と規定している。商標法のこのような構造を前提とするならば,少なくとも,これらの条項(上記の法4条1項8号,10号,15号,19号)の該当性の有無と密接不可分とされる事情については,専ら,当該条項の該当性の有無によって判断すべきであるといえる。
また,当該出願人が本来商標登録を受けるべき者であるか否かを判断するに際して,先願主義を採用している日本の商標法の制度趣旨や,国際調和や不正目的に基づく商標出願を排除する目的で設けられた法4条1項19号の趣旨に照らすならば,それらの趣旨から離れて,法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれ」を私的領域にまで拡大解釈することによって商標登録出願を排除することは,商標登録の適格性に関する予測可能性及び法的安定性を著しく損なうことになるので,特段の事情のある例外的な場合を除くほか,許されないというべきである。
そして,特段の事情があるか否かの判断に当たっても,出願人と,本来商標登録を受けるべきと主張する者(例えば,出願された商標と同一の商標を既に外国で使用している外国法人など)との関係を検討して,例えば,本来商標登録を受けるべきであると主張する者が,自らすみやかに出願することが可能であったにもかかわらず,出願を怠っていたような場合や,契約等によって他者からの登録出願について適切な措置を採ることができたにもかかわらず,適切な措置を怠っていたような場合(例えば,外国法人が,あらかじめ日本のライセンシーとの契約において,ライセンシーが自ら商標登録出願をしないことや,ライセンシーが商標登録出願して登録を得た場合にその登録された商標の商標権の譲渡を受けることを約するなどの措置を採ることができたにもかかわらず,そのような措置を怠っていたような場合)は,出願人と本来商標登録を受けるべきと主張する者との間の商標権の帰属等をめぐる問題は,あくまでも,当事者同士の私的な問題として解決すべきであるから,そのような場合にまで「公の秩序や善良な風俗を害する」特段の事情がある例外的な場合と解するのは妥当でない。」(13-16頁)

実に4頁にわたる長い説示であるが、簡単にまとめると、

法4条1項7号は、本質的には「商標の構成に着目した公序良俗違反」の商標に適用されるべき規定であって、出願経緯等に着目してこれを適用するのは例外的な場合(「特段の事情」がある場合)にとどめられるべきであり、仮に出願主体に着目するとしても、「公の秩序」を私的領域にまで拡張して適用することは避けるべきである。

ということになろうか。


結局、裁判所は、上記の規範に則り、「リアルマッコイズ社(注:原告の前身とされる法人)は、「CONMAR」との米国商標が被告に帰属したとの事実を認識していたと推認される事情があった」ということを認めつつ、

(1)原告と被告との間の紛争は,本来,当事者間における契約や交渉等によって解決,調整が図られるべき事項であって,一般国民に影響を与える公益とは,関係のない事項であること
(2)本件のような私人間の紛争については,正に法4条1項19号が規定する「他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって,不正の目的・・・をもって使用をするもの・・・」との要件への該当性の有無によって判断されるべきであること
(3)被告が米国において有している商標権は,あくまでも私権であり,被告がそのような権利を有したからといって,原告が,日本において,同商標と類似又は同一の商標に係る出願行為をすることが,当然に「公の秩序又は善良な風俗を害する」という公益に反する事情に該当するものとは解されないこと
(4)被告は,スコービル社から承継した「CONMAR」との文字からなる米国商標(第324689号)に係る商標権については平成8年3月、更新せずに消滅させており、また、ファスナーについて「CONMAR」との文字からなる米国商標の登録を平成13年12月に受けた者から,同米国商標に係る商標権の譲渡を受けているなどの事情があり,その子細は必ずしも明らかでないこと
(5)審決において,原告が本件商標の登録を受けたことは認定されているが,それを超えて原告が被告の日本国内への参入を阻止していることを基礎づける具体的な事実は何ら認定されていないこと
(6)原告の本件商標の出願は、後記認定のとおり法4条1項19号に該当するのみならず同項10号、15号にも該当する事由が存在するといえること

といった事情を挙げ、これらを「総合」して、「本件について、原告の出願に係る本件商標が「公の秩序又は善良な風俗を害する」とした審決の判断には,誤りがあるというべきである。」(18-19頁)と結論付けた。


個々の考慮要素については議論の余地もあろうが、4条1項各号の「守備範囲」を明確に意識して、何でもかんでも7号で処理しようとする傾向に歯止めをかけようとする飯村コートの姿勢は、少なくとも本判決の中では一貫しているように思われる。


ちなみに本判決では、例の如く、「本件紛争のすみやかな解決に資するため」(笑)、

「2 付加的判断」

として、被告が審判請求の際に理由として挙げていた他の登録阻却事由(4条1項10号、15号、19号)への該当性を20ページにわたって丹念に検討している(結論としては、全て該当性を肯定している)。


学問的には大きな前進の契機となり得るこの判決だが、特許庁の“安直な実務”と、それに乗っかっている商標制度ユーザー*7にとっては、また一つ厄介ごとが増えた・・・ということになるのかもしれない。


(追記)
なお、私益保護目的で4条1項7号を適用することに疑問を呈する見解として、以前北大COE誌に掲載された「赤毛のアン」事件評釈がある。7号関係の関連審決・裁判例等の紹介が充実していることもあり、ここでご紹介しておくことにしたい*8

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060928/1159487967http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060929/1159534459参照

*2:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080626153626.pdf(第10391号)、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080626154359.pdf(10392号)。

*3:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080113/1200204243参照。

*4:ミリタリー系商品の紹介サイト(http://www.mash-japan.co.jp/fastener-repairparts/clo-zip_conmar.html)によれば、20世紀前半の米軍用ファスナーは市場は3大ブランドの寡占状態だったようであるが、そのうち2件(「CROWN」と「CONMAR」)の商標をめぐって既に訴訟の存在が明るみに出ているのだから、随分と華やかなものだ。

*5:平成16年5月28日登録、第26類「ボタン類」。

*6:平成16年2月20日登録、第26類「ボタン類」

*7:筆者含む。もちろん無効審判請求等を行う場合には、“できる限りたくさんの”無効事由を挙げて攻撃するのだが、最近では、4条1項7号で何とかなるだろう・・・という思いから、他の各号の主張立証が甘くなっていた傾向があることは否定しない。

*8:松原洋平「著作物の題号と同一構成の商標が公序良俗に反し無効とされた事例― Anne of Green Gables 事件―」知的財産法政策学研究第15号(2007年)。http://www.juris.hokudai.ac.jp/coe/pressinfo/journal/vol_15/15_9.pdf