見方を変えれば結論も変わる。

あちこちで大きな反響を呼んでいる、「ロクラク2事件」の知財高裁判決。


本ブログでも、以前簡単にコメントしたのであるが、新聞報道等がなされてから少し間をおいてアップした記事であったにもかかわらず、多くの方がブックマークを付けてくださっている*1


自分が1月28日付のエントリーをアップした時は、あくまで新聞記事で引用されていた判決の一部のみを参考にしていたので、正直、知財高裁がどのような理屈で地裁と正反対の結論を導いたのか、ということまでは把握していなかったし、どちらかと言えば、この種のロケーションフリーサービスの侵害主体性判断に際して、「いわゆる“カラオケ法理”とは別の理屈を使ったがゆえの」結論だったのかなぁ(そうでなければ、これまで下級審で定着しつつあったこの種のサービスの違法性に関する判断が覆るはずもない)・・・?と、漠然と考えていた。


だが、判決文を読んだ今、そのような認識は改める必要があると感じている。


「規範そのもの」ではなく、「規範に照らした事実評価」のレベルで、従来の裁判例とは結論を異にした今回の知財高裁判決。


だいぶ日が経ってしまったが、以下では、放送事業者とサービス提供者の明暗を分けた要素がどこにあったのか、という点に着目しながら、この「歴史的判決」を分析・検討していくこととしたい。

知財高判平成21年1月27日(H20(ネ)第10055号、第10069号)*2

控訴人(被告):株式会社日本デジタル家電
被控訴人(原告):日本放送協会日本テレビ放送網株式会社ほか東京キー局計5社、株式会社静岡第一テレビほか静岡エリアの地方局計4社


控訴人が提供しているサービスは、「ロクラク2ビデオデッキレンタル」という名称で、

「ハードディスク・レコーダー「ロクラク2」2台1組のうち、日本国内に設置した1台でテレビ放送に係る放送波を受信・録画し、利用者に貸与又は譲渡した他の1台で当該利用者に日本国内で放送されるテレビ番組の視聴を可能にするサービス」

であり、控訴審では、このサービスについて、原判決が、番組・放送に係る「音又は映像の複製行為を行う者」が控訴人(被告)である、と認定したことについて主に争われることになった*3



本判決の特徴は、第1審判決が実質的には「本件サービスの目的」と、「被告が親機ロクラクの設置場所を提供して管理支配していた」という要素だけで「複製行為を実質的に管理支配していた」と認定していたのに対し、

(1)本件サービスの目的
(2)機器の設置・管理
(3)親機ロクラクと子機ロクラクとの間との通信の管理
(4)複製可能なテレビ放送及びテレビ番組の範囲
(5)複製のための環境整備
(6)控訴人が得ている経済的利益

という諸要素を丁寧に分析して結論を導き出した点にある、ということができるだろう。


おそらく、仮処分事件でも、本訴第1審でも、権利者(原告)側は同じような主張をしていたのだろうが、裁判所がこだわっていたせいなのか、一部の要素(特に「親機ロクラクがどこに設置されていたか」という点)に、双方の主張立証や判決中の判断の比重が偏っていたのが実情であった*4


ところが、今回の控訴審判決ではそれが一変し、これまで最大の争いどころになっていた「機器の設置・管理状況」についても、

「当該設置状況については、利用者が親機ロクラクを自己の管理・支配する日本国内の場所(留守宅等)に設置することを選択した場合(以下「利用者が親機ロクラクを自己管理する場合」という。)を除き、すべて控訴人の管理・支配する場所に設置されているものと仮定して検討することとする。」(25頁)

としてしまっているのだから驚かされる。

知財高裁判決の考慮要素について

さて、知財高裁は、上記要素についてどのような認定・判断を行ったのか。


以下、各要素ごとに見ていくことにしたい。


◆「ア 本件サービスの目的について」


第一審判決は、

「本件サービスは,利用者において例外的に異なる利用形態をとる場合があるとしても,日本国外にいる利用者が,日本のテレビ番組を視聴することができるように,当該利用者に,日本のテレビ番組の複製物を取得させることを目的として構築されたものであると解するのが相当であり,一連の操作において,日本のテレビ番組を複製し,複製した番組データを日本国外に送信することが,重要な意味を有するものということができる。」(地裁66-67頁)

と認定していたのであるが、この点については、控訴審判決も、

「本件サービスが,主として,海外に居住する者を対象として,日本国内で放送されるテレビ番組を受信・複製・送信して,海外での視聴を可能にするためのもの(日本国内で作成された複製情報を海外に移動させるもの)であることは明らかというべきである。」(25頁)

と一応肯定している。


もっとも、控訴審判決は、これに続けて、

「しかしながら,海外にいる利用者が親機ロクラクを自己管理する場合(この場合に,控訴人が本件複製を行っていないことは明らかである。)であっても,その目的は,日本国内で利用者自身が管理する親機ロクラクで国内で放送されたテレビ番組を受信・複製・送信し,これを海外で視聴可能にすることにあるのであるから,上記認定の本件サービスの目的と何ら変わりはないのである。
本件複製の決定及び実施過程への関与の態様・度合い等の複製主体の帰属を決定する上でより重要な考慮要素の検討を抜きにして上記の点のみをもって控訴人が本件複製を行っているものと認めるべき根拠足り得る事情とみることはできない。」
(26頁)

として、サービスの目的を直ちに複製主体性の議論に結び付けようとする考え方をけん制している。


そして、ここで出てくる「利用者が自己管理する場合」との比較の視点こそが、この先も繰り返し登場する、本判決のもっとも重要な“キモ”になっているのである。


◆「イ 機器の設置・管理について」


既にふれたとおり、この点は、第一審判決でもっとも重要な争点、の如く扱われていたところであり、この点について、

「本件サービスに供されている被告所有の親機ロクラクは,原則として,被告の実質的な支配下にあり,被告は,これらの親機ロクラクを,本件サービスを利用するための環境の提供を含め,実質的に管理しているものと解すべきこととなる。」(地裁75頁)

と判断されたことが、侵害主体性を肯定する第一審判決の結論に大きな影響を与えたのは間違いない。


だが、知財高裁は、先述したとおり、親機ロクラクを控訴人(一審被告)が管理していることを前提にしつつも、

「本件サービスの利用者は,親機ロクラクの貸与を受けるなどすることにより,海外を含む遠隔地において,日本国内で放送されるテレビ番組の複製情報を視聴することができるところ,そのためには,親機ロクラクが,地上波アナログ放送を正しく受信し,デジタル録画機能やインターネット機能を正しく発揮することが必要不可欠の技術的前提条件となるが,この技術的前提条件の具備を必要とする点は,親機ロクラクを利用者自身が自己管理する場合も全く同様である。そして,この技術的前提条件の具備の問題は,受信・録画・送信を可能ならしめるための当然の技術的前提に止まるものであり,この技術的前提を基に,受信・録画・送信を実現する行為それ自体とは異なる次元の問題であり,かかる技術的前提を整備し提供したからといって直ちにその者において受信・録画・送信を行ったものということはできない。」(26-27頁)

といった説示に象徴されるように、「複製行為の技術的前提」の問題と、「複製行為そのもの」とを区別し、その上で、

「控訴人が親機ロクラクとその付属機器類を一体として設置・管理することは,結局,控訴人が,本件サービスにより利用者に提供すべき親機ロクラクの機能を滞りなく発揮させるための技術的前提となる環境,条件等を,主として技術的・経済的理由により,利用者自身に代わって整備するものにすぎず,そのことをもって,控訴人が本件複製を実質的に管理・支配しているものとみることはできない。」(27-28頁)

として、ここでの議論も侵害主体性判断に直結するものではない、というスタンスを明確に示した。


◆「ウ 親機ロクラクと子機ロクラクとの間の通信の管理について」


この点について、被控訴人(一審原告)側は、

(1)当該通信がhttpにより控訴人のサーバ等を経由して行われること
(2)当該サーバが録画予約及び番組データの送信のために控訴人が用意した専用サーバであること
(3)控訴人のサーバ等を経由するたびに,控訴人がID等による認証を行っていること
(4)当該通信を実行するロクラク2及びそのファームウェアがすべて控訴人の開発・製造に係るものであり,控訴人の規定する方式(子機ロクラクの引渡後に変更が生じた場合の当該変更後の方式を含む。)によって当該通信が実行されること
(5)利用者が控訴人の規定する目的及び方法によるほかは当該通信機能を利用することができないこと

を根拠として、親機ロクラクと子機ロクラクとの間の通信が控訴人の管理・支配の下に行われている旨を主張していたのだが、知財高裁は、(1)、(3)については技術常識に照らして控訴人の管理・支配を認める根拠にはなりえない、とした上で、ここでも、

「いずれも,利用者が親機ロクラクを自己管理する場合(すなわち,控訴人が本件複製を行っているものとみることができない場合)であっても生じる事態である」(29頁)

という視点を挙げて、被控訴人側の主張を退けている。


◆「エ 複製可能な放送及びテレビ番組の範囲について」


被控訴人は、この点について、

(1)本件サービスにおいて録画可能な放送が,控訴人が親機ロクラクを管理する場所(静岡県又は東京都)において受信される地上波アナログ放送に限定されていること
(2)本件サービスにおいて録画可能なテレビ番組が,控訴人のサーバから控訴人により提供される番組表に記載されたものに限定されていること

を挙げて、控訴人が本件複製を管理・支配していると主張したようであるが、知財高裁は、

「本件サービスにおいて録画可能な放送が,親機ロクラクにより受信することができるものに限定されるのは当然のことである(テレビ放送の受信がなければ,その録画はあり得ない。)ところ,テレビチューナーを備えた機器において,当該機器により受信することのできるテレビ放送が当該機器の設置場所により制限されるのは,親機ロクラクに限らず,すべての機器に当てはまることであるから,上記(1)をもって,本件サービスにおいて録画可能な放送の範囲の限定が控訴人により行われているものとみることはできない。また,上記(2)については,利用者が親機ロクラクを自己管理する場合(すなわち,控訴人が本件複製を行っているものとみることができない場合)であっても同様に生じる事態を指摘するものにすぎない。」(29-30頁)

として、被控訴人側の主張をほぼ秒殺した。


◆「オ 複製のための環境整備について」


この点についての被控訴人の主張は、

(1)本件サービスにおいては,子機ロクラクを用い,これが示す手順に従わなければ,親機ロクラクにアクセスしてテレビ番組の録画や録画されたデータのダウンロードを行うことができない。
(2)控訴人は,親子機能を実現するための特別のファームウェアを開発して,これを親子ロクラクに組み込み,かつ,控訴人のサーバ等を経由することのみによって録画予約等が可能となるように設定している。
(3)親子ロクラクは,本件サービス又はこれと同種のサービスのための専用品とみることができる。

というものであったが、この点についても、知財高裁は、

「利用者が親機ロクラクを自己管理する場合(控訴人が本件複製を行っているものとみることができない場合)であっても同様に生じる事態を指摘するものにすぎないから,これらの事情をもって,控訴人が本件複製を実質的に管理・支配しているものとみることはできない」(30頁)

と判断している(これも秒殺)。


◆「カ 控訴人が得ている経済的利益について」


事案によっては、複製・侵害主体性を肯定する要素として使われやすいこの点についても、知財高裁は以下のように述べて、被控訴人側の主張を退けた。

「本件サービスは,機器(親子ロクラク又は親機ロクラク)自体の賃貸借及び親機ロクラクの保守・管理等を伴うものであるから当然これに見合う相当額の対価の支払が必要となるところ,上記(略)によれば,上記(1)(注:初期登録料)及び(2)(注:毎月のロクラク2のレンタル料)の各金員は,録画の有無や回数及び時間等によって何ら影響を受けない一定額と定められているものと認められるから,当該各金員が,当該機器自体の賃料等の対価の趣旨を超え,本件複製ないしそれにより作成された複製情報の対価の趣旨をも有するものとまで認めることはできず(なお,被控訴人NHKの番組を視聴する場合には,上記の料金とは別に受信契約の締結が必要となる旨控訴人サイトに記載されている。),その他,当該各金員が本件複製ないしそれにより作成された複製情報の対価の趣旨をも有するとまで認めるに足りる証拠はない。」
「仮に,控訴人が上記(3)(注:ロクラク親機設置箇所の賃料)の金員を受領しているとしても,それが,「ロクラクアパート」の賃料の趣旨を超え,本件複製ないしそれにより作成された複製情報の対価の趣旨をも有するとまで認めるに足りる証拠はない。」
「以上からすると,控訴人が上記?ないし?の各金員を受領しているとの事実をもって,控訴人が本件複製ないしそれにより作成された複製情報の対価を得ているものということはできない。」
(31頁)

これまで、「サービス事業者がお金をもらっている」→「利益帰属あり」という判断が、さしたる問題意識も感じられないまま行われてきたことを考えると、「単なる保守・管理の対価」と「複製の対価」を区別して、事業者が受け取っている対価が後者であることを権利者側が立証しない限りは複製主体性を認定する材料にはしない、という本判決のスタンスは、非常に新鮮なものに映る。

本判決の結論とこれから。

知財高裁は、上記の各要素に関する判断を踏まえたうえで、

「利用者が親子ロクラクを設置・管理し,これを利用して我が国内のテレビ放送を受信・録画し,これを海外に送信してその放送を個人として視聴する行為が適法な私的利用行為であることは異論の余地のないところであり,かかる適法行為を基本的な視点としながら,被控訴人らの前記主張を検討してきた結果,前記認定判断のとおり,本件サービスにおける録画行為の実施主体は,利用者自身が親機ロクラクを自己管理する場合と何ら異ならず,控訴人が提供する本件サービスは,利用者の自由な意思に基づいて行われる適法な複製行為の実施を容易ならしめるための環境,条件等を提供しているにすぎないものというべきである。」(32頁)
「本件サービスにおいて,著作権法上の規律の観点から,利用者による本件複製をもって,これを控訴人による複製と同視することはできず,その他,控訴人が本件複製を行っているものと認めるに足りる事実の立証はない。」(32-33頁)

と結論づけた。


既に述べたとおり、本判決では、「利用者自身が親機ロクラクを管理する」場合のサービスの内容や機器管理の状況と、被控訴人側が問題にしているサービス・機器管理状況、システム構成を比較する、という視点が多用されている。


前者が著作権法30条1項(102条1項で著作隣接権にも準用)で適法とされる行為である、という前提に立つなら、それと何ら変わらない行為(すなわち、サービス事業者が「複製」行為そのものについて何らプラスアルファの貢献としていない行為)が著作権侵害(複製権侵害)行為にあたらない、というのもいわば当たり前の話。


本件に限らず、これまでの裁判例では、サービス事業者のユーザーへの“貢献”がどこに向けられているのか、をあまり吟味しないまま、“単に関与して利益を得ているから侵害主体になる”と判断する傾向が強かったように思われるから、単なる「前提(環境整備)」に向けられた行為や対価と、「複製」に向けられる行為や対価をしっかり切り分けて事実を評価し、判断を下した本判決が、画期的なものとして語られるのもいわば当然のこと、ということができるだろう。


もちろん、権利者側から見れば、本当に「単なる環境・前提条件整備への関与」と「複製への関与」を切り分けることができるのか、という点については、文句を言いたくなる面もあるのかもしれない*5


だが、本判決の中で裁判所は、それをあくまで「事業者側で主張・立証すべきこと」と明確に位置付けているから、その意味で、権利者にとっての立証のハードルは一段上がるように思われるわけで、これまでのような

「ユーザーの複製行為を手助けしている」→「それに加えて対価まで得ている」→「けしからん、やっつけてしまえ」

的なやり方では、今後権利者側が勝訴判決を得るのは厳しくなるのではあるまいか。



負けっぱなしだったこの種のサービス事業者が権利者に“勝利”した、という結論自体もさることながら、“カラオケ法理”の下で、ミソクソごちゃまぜにして強引に事業者の侵害主体性を肯定しようとする傾向に歯止めがかかる期待をもたせてくれる、という点においても、本判決には大きな意義が認められるように思われる。

付言

なお、知財高裁某部ではないが(笑)、本判決の重要性にかんがみて、以下、付言すると・・・


まず、判決の終わりの方に出てくる、

「本件サービスについてこれまで認定説示してきたところに照らすならば、上記判例(注:クラブキャッツアイ事件最高裁判決)は本件と事案を異にすることは明らかである」(33頁)

という説示の読み方だが、

「事案が異なるから最高裁判決の規範(カラオケ法理)を適用しなかった」

という意味ではなく、

「クラブキャッツアイ判決とは事案が異なるから、カラオケ法理によっても侵害主体性を肯定できない」

という意味として理解するのが妥当だと思う。


一部では、本判決が“カラオケ法理を否定したもの”と理解するむきもあるようだが、知財高裁が挙げた各要素は、カラオケ法理の下での考慮要素を踏まえたもの、と理解するのが素直であろう。


また、そう考えると、本件で権利者側が上告(受理申し立て)をしても、法律審である最高裁で結論を覆すのはかなり難しいだろう、という予測にもつながってくる。


あと、随所で話題になっている、以下のくだり・・・

「かつて,デジタル技術は今日のように発達しておらず,インターネットが普及していない環境下においては,テレビ放送をビデオ等の媒体に録画した後,これを海外にいる利用者が入手して初めて我が国で放送されたテレビ番組の視聴が可能になったものであるが,当然のことながら上記方法に由来する時間的遅延や媒体の授受に伴う相当額の経済的出費が避けられないものであった。しかしながら,我が国と海外との交流が飛躍的に拡大し,国内で放送されたテレビ番組の視聴に対する需要が急増する中,デジタル技術の飛躍的進展とインターネット環境の急速な整備により従来技術の上記のような制約を克服して,海外にいながら我が国で放送されるテレビ番組の視聴が時間的にも経済的にも著しく容易になったものである。そして,技術の飛躍的進展に伴い,新たな商品開発やサービスが創生され,より利便性の高い製品が需用者の間に普及し,家電製品としての地位を確立していく過程を辿ることは技術革新の歴史を振り返れば明らかなところである。本件サービスにおいても,利用者における適法な私的利用のための環境条件等の提供を図るものであるから,かかるサービスを利用する者が増大・累積したからといって本来適法な行為が違法に転化する余地はなく,もとよりこれにより被控訴人らの正当な利益が侵害されるものでもない。」(32頁)

確かに格調の高い一節であり、この説示に感銘を受けた人が多い、というのもうなづける話なのだが、個人的には、余事記載かな・・・(苦笑)と思わなくもない。


本判決の、「複製」につながる行為とそうでない行為を分ける、というスタンスに立てば、淡々と事実をあてはめていくだけで侵害否定の結論は導けるのであって、あえてここで“技術開発者(&ユーザー)側へのシンパシー”を感じさせるような説示をいれこまなくても、十分に説得力のある判決になったはずだ。


一定の思想に裏打ちされた説示が、「AだからBである」的な淡々とした論理的説示より、時に説得力を持つのは事実だが、それはあくまで同じ思想に共鳴できる人々に対しての効果にすぎず、相反する思想をもつ人々にとっては、それは攻撃材料にしかならないのではないか、と筆者は思っている。


個人的には非常に良い判決だと思っているだけに、今後、変なところで揚げ足取りがされないことを切に望みたい。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20090128/1233165123

*2:第4部・田中信義裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090128154308.pdf

*3:原判決が、被告の損害賠償責任を認めつつも、著作権法114条の5の規定により損害額として僅かな額しか認定しなかったため、被控訴人側も附帯控訴を行っている。

*4:地裁の第一審判決などは、何の事件の事実認定をしているのかわからないようなものになってしまっている。

*5:特に、よほどの機械・システム通でなければ、ユーザー自身が設置・管理することが極めて困難で、実質的には事業者が関与しないとシステムを稼働させることができない、というような場合は、事業者の行為を単なる「環境整備」として片付けるのは難しいように思われる。

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