「walker」はみんなのもの?

自分が学生の頃には、「Tokyo walker」を読まねば人にあらず、といった雰囲気があった。


まだバブルの残滓は残っていたから、“学生は遊んでナンボ”って傾向が強かったし、かといって、インターネットが普及するちょっと前のこと、世の中の動きから隔絶されたキャンパスの学生どもがてっとり早く情報を入手する手立てがそうそうあるわけでもなかったから、手軽な情報媒体に目が向くのは必然なわけで・・・。


自分はもっぱら立ち読みか、教室やサークル部屋の片隅に転がっている“誰かが読んだ後”のおこぼれに預かる方が多かったような気がするが、それでも毎号特集はチェックしていた記憶がある。


今回紹介する「walker」をめぐる商標紛争事例を見ると、そんな時代をちょっと思い出す。


知財高判平成21年4月8日(H20(行ケ)10362ほか)*1

原告:株式会社角川メディアマネジメント(旧株式会社角川マーケティング
被告:株式会社ブランディング(旧株式会社ゼイヴェル)


本件は、被告が保有する「ranking walker」商標に対し、原告が請求した無効審判請求が不成立となったことを受けて行われた審決取消訴訟である*2


被告商標は役務区分を中心に相当幅広く権利確保されているものなのだが、原告が無効を主張したのは、「第16類・印刷物」に関する部分のみ。ゆえに、「Tokyo walker」世代の筆者から見ると、あっさりと認められても不思議ではないように思えるのであるが、特許庁は商標法4条1項15号該当性を認めなかった。


「東京」のみならず、関西、東海、と原告を主体とする「walker」シリーズは全国ブランドの情報誌として展開しているし、最近では他にも「○○walker」という派生商品も出てきている。


それゆえ、本件訴訟での原告の主張は、(要約しても)25ページ、とかなりのボリュームにわたっており、審決取消に向けての執念が十分に感じられるものであった。



だが、結論から言うと、裁判所は特許庁の結論を覆すには至っていない。

「原告は,原告が,雑誌「東京ウォーカー/Tokyo Walker」を旗艦誌とし,「情報を示す語」と「ウォーカー/Walker」を含む構成からなる商標を中心に使用することによって事業を展開しており,この原告の使用実績から,取引者及び需要者間において,原告の「○○ウォーカー/Walker」から構成される商標は,雑誌の内容・テーマ・対象によって,「○○」が異なるということが十分に認識され,そのような商標を原告が使用してシリーズ化した商品展開やそれに関連するサービス展開を行っていることは,広く認識されている,したがって,取引者及び需要者が,「(都市名又は地域名以外の)情報を示す語+ウォーカー/walker」との雑誌等に接すれば,原告関連の商品と認識する,と主張する。」
「しかしながら,このような「情報を示す語」との名詞等は無限といってよいほどに存在するものであるところ,原告が発行した「(都市名又は地域名以外の)情報を示す語+ウォーカー/walker」との雑誌等については,上記のとおり,そのそれぞれの発行の時期,対象地域,対象読者層,情報の内容が異なり,発行も単発的なものも少なくなかったこと,その発行時期も本件商標出願後のものが少なくないこと,後記3のとおり,現在に至るまで,原告とは無関係の第三者が,指定商品に出版物や電子出版物を含む多数の「情報を示す語+ウォーカー/walker」との商標を出願登録していることや,原告とは無関係の第三者が出版する「情報を示す語+ウォーカー/walker」の書籍等が流通していることなどからすると,本件商標の出願時である平成13年3月及び登録査定時である平成14年3月の時点において,そのような無限といってよいほどの「情報を示す語+ウォーカー/walker」との商標について,原告と関連するものであると取引者及び需要者が認識することがあったと認めることはできない。」(53-54頁)

「前記のとおり,(1)「東京ウォーカー/TokyoWalker」等の「都市名又は地域名+ウォーカー/Walker」は,イベント,レジャー,映画,音楽等の対象地域における情報を掲載する,原告又はその関連会社が発行する都市又は地域情報誌に付されるものであるのに対し,被告も,携帯電話向け等のサイトにおいて,ファッション,流行,芸能等の情報を提供し,同サイトと関連して,メールマガジンを配信し,ファッション関係のウェブマガジンを発行するなどしており,その顧客である需要者に共通する部分があること,(2)本件商標は,その指定商品中に「印刷物」を有することが認められるが,一方,(3)原告又はその関連会社が発行する雑誌の名称として取引者及び需要者に周知性を有する「東京ウォーカー/TokyoWalker」を始めとする「都市名又は地域名+ウォーカー/Walker」と本件商標とは,外観,称呼及び観念に類似していないこと,(4)被告が運営する「ガールズウォーカー/girlswalker.com」,「ファッションウォーカー/fashionwalker.com」等のサイトについては,多数の閲覧が行われているが,その取引者及び需要者において,原告又はその関連会社が関係しているとの誤解が生じているとの事実は認められず,本件登録商標を「印刷物」に使用するとき,その取引者及び需要者において,この商品が原告と緊密な関係にある営業主の業務に係る商品と広義の混同を生ずるおそれがあるということはできない。」
「そして,このことは,上記のとおり,被告が,別紙「被告出願商標」等のとおり多数の「○○+ウォーカー/walker」との商標出願を,時には集中するなどして行っているとの事情をもってしても,否定されるものではない。したがって,本件商標は,商標法4条1項15号に違反して登録されたものとは認められない。」(59-60頁)


裁判所は「Tokyo walker」等の雑誌が相当程度の売上を誇っていることを認めつつも、被告を含む第三者が「○○+ウォーカー」という商標登録やその使用を多数行っていることを根拠に、原告の請求を認めなかった*3


そして、原告が誤認混同のおそれあり、とする根拠として提出したアンケート結果(書店へのアンケート、インターネット上でのアンケート)についても、調査・質問形式等に照らして原告の主張を裏付けるものではない、とあっさり退けている。


確かに冷静に考えると、「walker」自体はありふれた言葉に過ぎないから、厳格な商標法的発想(それも“審査レベル”での発想)でいえば、4条1項15号該当性を主張するのは難しかった、ということになるのかもしれない。


だが、仮に本屋の店頭に、「○○walker」と銘打った雑誌が置かれていれば、“東京ウォーカーの親戚かな?”と思っても不思議ではないわけで、同じ問題が侵害成否の問題や不競法上の問題として登場してきた時には、別の結論になることも十分に考えられるのではないか、と思うところである*4

おまけ

判決の末尾に「別紙」として付された「東京ウォーカー等平均販売部数」を見ると、平成6、7年をピークに「東京ウォーカー」の発行部数が大幅に減少しているのが一目瞭然である。


「東京一週間」等の競合雑誌が世の中に多数出てきた、とか、グルメとか映画・演劇等の情報なら、わざわざ雑誌買わなくてもインターネットで簡単に情報を入手できるようになった、とか、いろいろと理由は考えられるのだけれど、“東京ウォーカー世代”としてはちょっと寂しくもなるわけで・・・


自分が過ごしたあの時代が何だったのか、ということは、また別の機会に考えてみることにしたい。

*1:第1部・塚原朋一裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090413103003.pdf(10362号「ranking walker」事件)、他に10013号、10014号、10361号、10363号もほぼ同一の事案となっている。

*2:他に争われている商標は、「Music walker」、「Shopping walker」、「girls walker」、「ボーイズウォーカー」。

*3:「別紙」として添付されているファイルを参照のこと(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090413103116-1.xls)。

*4:なお、原告側は、被告商標出願後に、「walker」部分のみの商標を角川マーケティング名義で出願し登録を得ている。

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