4月は後半に入っても、注目を集める判決が多かったように思う。
細かい検討はさておくとして、とりあえず簡単にご紹介することとしたい。
最一小判平成21年4月23日(H20(オ)1298)、所有権移転登記手続等請求事件*1
本件に関して最高裁が判断を下したのは、建物の区分所有等に関する法律(「区分所有法」)70条が憲法29条に違反するかどうか、という一点について、であった。
区分所有法70条は、
「団地内の各建物ごとに,区分所有者及び議決権の各3分の2以上の賛成があれば,団地内区分所有者で構成される団地内の土地,建物等の管理を行う団体又は団地管理組合法人の集会において,団地内区分所有者及び議決権の各5分の4以上の多数で団地内全建物の一括建替えをする旨の建替え決議をすることができる」
旨を定めるものであるが、これに対して上告人が「区分所有法70条によれば,団地内全建物一括建替えにおいては,各建物について,当該建物の区分所有者ではない他の建物の区分所有者の意思が反映されて当該建物の建替え決議がされることになり,建替えに参加しない少数者の権利が侵害され,更にその保護のための措置も採られていない」と憲法29条違反を主張したため、上告審で審理されることになったのである。
結論:上告棄却
「区分所有建物について,老朽化等によって建替えの必要が生じたような場合に,大多数の区分所有者が建替えの意思を有していても一部の区分所有者が反対すれば建替えができないということになると,良好かつ安全な住環境の確保や敷地の有効活用の支障となるばかりか,一部の区分所有者の区分所有権の行使によって,大多数の区分所有者の区分所有権の合理的な行使が妨げられることになるから,1棟建替えの場合に区分所有者及び議決権の各5分の4以上の多数で建替え決議ができる旨定めた区分所有法62条1項は,区分所有権の上記性質にかんがみて,十分な合理性を有するものというべきである。そして,同法70条1項は,団地内の各建物の区分所有者及び議決権の各3分の2以上の賛成があれば,団地内区分所有者及び議決権の各5分の4以上の多数の賛成で団地内全建物一括建替えの決議ができるものとしているが,団地内全建物一括建替えは,団地全体として計画的に良好かつ安全な住環境を確保し,その敷地全体の効率的かつ一体的な利用を図ろうとするものであるところ,区分所有権の上記性質にかんがみると,団地全体では同法62条1項の議決要件と同一の議決要件を定め,各建物単位では区分所有者の数及び議決権数の過半数を相当超える議決要件を定めているのであり,同法70条1項の定めは,なお合理性を失うものではないというべきである。また,団地内全建物一括建替えの場合,1棟建替えの場合と同じく,上記のとおり,建替えに参加しない区分所有者は,売渡請求権の行使を受けることにより,区分所有権及び敷地利用権を時価で売り渡すこととされているのであり(同法70条4項,63条4項),その経済的損失については相応の手当がされているというべきである。」
「そうすると,規制の目的,必要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性質及び制限の程度等を比較考量して判断すれば,区分所有法70条は,憲法29条に違反するものではない。」
区分所有法に関しては、いまだに一部で批判的な意見もあるようだが、「他の区分所有権の行使との調整が不可欠」という区分所有権の“内在的制約”の存在を前提に合憲判断を下した上記判決の論旨は、概ね穏当なものと思われる(なお、判決においては最大判平成14年2月13日(民集56巻2号331頁)*2が引用された)。
最一小判平成21年4月23日(H19(受)2069)、弁護士報酬請求事件*3
本件は、宇治市の住民である上告人らが,地方自治法(平成14年改正前)242条の2第1項4号に基づき被上告人に代位して提起した住民訴訟(以下「別件訴訟」という。)において一部勝訴したことから,同条7項(現・12項)に基づき,被上告人に対し,別件訴訟において訴訟委任をした弁護士に支払うべき報酬額の範囲内で相当と認められる額として1500万円の支払を請求した事案である。
結論:破棄自判
別件訴訟では、平成18年1月31日に業者側の控訴が棄却されて総額1億3358万8991円の請求認容判決が確定しており、本件訴訟の第1審口頭弁論終結時点で、すでに9436万6347円が回収済みとなっていたのであるが、本件訴訟の原審では、旧4号住民訴訟の目的が「住民全体の利益のために普通地方公共団体の財務会計上の行為を正すことにあって,訴えを提起した者又は普通地方公共団体の個人的な権利利益の保護救済を図るためにあるのではない」ことから、弁護士報酬算定の基礎となる経済的利益を「算定不能」とし、判決の認容額,回収額を「従たる要素」として「加味」しても基準報酬額は「300万円」の範囲でしか認められない、という判断がなされていた。
これに対し、最高裁は、
「法242条の2の定める住民訴訟は,住民が,自己の個人的な権利利益の保護救済を求めて提起するものではなく,地方財務行政の適正な運営を確保することを目的として,自己を含む住民全体の利益のために,いわば公益の代表者として提起するものであり,これに勝訴すると,結果として普通地方公共団体の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が防止され又は是正されることになる」
という点と、
「この訴訟において住民が勝訴したときは,そこで求められた是正等の措置が本来普通地方公共団体の自ら行うべき事務であったことが明らかとなり,かつ,これにより普通地方公共団体が現実に経済的利益を受けることになるのであるから,住民がそのために費やした費用をすべて負担しなければならないとすることは,衡平の理念に照らし適当とはいい難い。」
という点を強調した上で、
「法242条の2第7項の以上のような立法趣旨に照らすと,同項にいう「相当と認められる額」とは,旧4号住民訴訟において住民から訴訟委任を受けた弁護士が当該訴訟のために行った活動の対価として必要かつ十分な程度として社会通念上適正妥当と認められる額をいい,その具体的な額は,当該訴訟における事案の難易,弁護士が要した労力の程度及び時間,認容された額,判決の結果普通地方公共団体が回収した額,住民訴訟の性格その他諸般の事情を総合的に勘案して定められるべきものと解するのが相当である。」
「前記事実関係によれば,別件訴訟の判決認容額は1億3000万円を超え,判決の結果被上告人は約9500万円を既に回収しているというのであるから,被上告人は現実にこれだけの経済的利益を受けているのであり,別件訴訟に関する「相当と認められる額」を定めるに当たっては,これら認容額及び回収額は重要な考慮要素となる。住民訴訟の目的,性質を考慮したとしても,上記の考慮要素をもって,原審のように,一般的に,従たる要素として他の要素に加味する程度にとどめるのが相当であるということはできない。一方,原審は,別件訴訟の事案が特に易しいものであったとか,別件受任弁護士らが訴訟追行に当たり要した労力の程度及び時間がかなり小さなものであったなど,「相当と認められる額」を大きく減ずべき事情については何ら認定説示しておらず,むしろ,別件受任弁護士らは訴訟追行に当たり相当の労力を要したことが推認されるなどと説示しているのである。そうすると,原審は,一つの重要な考慮要素と認められる前記認容額及び回収額についてほとんど考慮することなく別件訴訟に関する「相当と認められる額」を認定したものであり,他に原審の認定した額を「相当と認められる額」とすべき合理的根拠を示していないから,その判断は,法242条の2第7項の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。」
と述べ、本件第一審判決の認定に従って、「900万円」の範囲で上告人(原告)の請求を認めた。
そして、原審でも住民訴訟の特殊性を示す最高裁判例として引用された最一小判昭和53年3月30日*4との関係については、宮川光治判事が補足意見の中でフォローしている。
個人的には、あくまで住民訴訟における弁護士報酬額を「非経済的な利益の内容や程度に対応するもの」としてとらえる涌井紀夫判事の「意見」にも傾聴に値するところはあると思うのであるが*5、ここは問題点の指摘のみにとどめておくことにしたい。
最二小判平成21年4月24日(H20(受)224)、損害賠償請求事件*6
「仮処分命令における被保全権利が,本案訴訟の判決において,当該仮処分命令の発令時から存在しなかったものと判断され,このことが事情の変更に当たるとして当該仮処分命令を取り消す旨の決定が確定した場合」に,当該仮処分命令を受けた債務者が,その保全執行としてされた間接強制決定に基づき取り立てられた金銭について,債権者に対する不当利得返還請求をすることができるかどうか、というのが争点になった事件(細かい事案の概要については不明であるが・・・)。
結論:上告棄却
「間接強制は,債務の履行をしない債務者に対し,一定の額の金銭(以下「間接強制金」という。)を支払うよう命ずることにより,債務の履行を確保しようとするものであって,債務名義に表示された債務の履行を確保するための手段である。そうすると,保全執行の債務名義となった仮処分命令における保全すべき権利が,本案訴訟の判決において当該仮処分命令の発令時から存在しなかったものと判断され,これが事情の変更に当たるとして当該仮処分命令を取り消す旨の決定が確定した場合には,当該仮処分命令に基づく間接強制決定は,履行を確保すべき債務が存しないのに発せられたものであったことが明らかであるから,債権者に交付された間接強制金は法律上の原因を欠いた不当利得に当たるものというべきである。」
最三小判平成21年4月28日(H20(受)981)、損害賠償請求事件*7
悪ふざけをした公立小学校2年生の児童に対して、それまで面識のなかった同校の教員が「胸元の洋服を右手でつかんで壁に押し当て,大声で「もう,すんなよ。」と叱った」ところ、本件行為が学校教育法11条但し書きで全面的に禁止される「体罰」にあたるものとして違法となり、児童側の国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求が認められるのではないか、という点が問題となった事例である。
結論:破棄自判
「前記事実関係によれば,被上告人は,休み時間に,だだをこねる他の児童をなだめていたAの背中に覆いかぶさるようにしてその肩をもむなどしていたが,通り掛かった女子数人を他の男子と共に蹴るという悪ふざけをした上,これを注意して職員室に向かおうとしたAのでん部付近を2回にわたって蹴って逃げ出した。そこで,Aは,被上告人を追い掛けて捕まえ,その胸元を右手でつかんで壁に押し当て,大声で「もう,すんなよ。」と叱った(本件行為)というのである。そうすると,Aの本件行為は,児童の身体に対する有形力の行使ではあるが,他人を蹴るという被上告人の一連の悪ふざけについて,これからはそのような悪ふざけをしないように被上告人を指導するために行われたものであり,悪ふざけの罰として被上告人に肉体的苦痛を与えるために行われたものではないことが明らかである。Aは,自分自身も被上告人による悪ふざけの対象となったことに立腹して本件行為を行っており,本件行為にやや穏当を欠くところがなかったとはいえないとしても,本件行為は,その目的,態様,継続時間等から判断して,教員が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するものではなく,学校教育法11条ただし書にいう体罰に該当するものではないというべきである。したがって,Aのした本件行為に違法性は認められない。」
新聞等でも話題になっていた事件であるが、少なくとも本判決に記載された認定事実をもとにする限り、これを「違法」として損害賠償請求を認めるのはあまりにナンセンスというべきだろう*8。
実際には、もっと激しい何らかの有形力の行使があったのかもしれないし、その意味で、単に事実審での原告側の主張立証よりも被告側の主張立証の方が巧みだった、というだけなのかもしれないが、少なくともここに出てきている認定事実を見る限り、原告側に共感し得る余地はないように思う。
なお、「体罰に該当しない」=「国家賠償法上の違法性なし」という構成になっているように読める本判決の論理立てについては、議論の余地があるのかもしれない。
最三小判平成21年4月28日(H20(行ヒ)97)、損害賠償代位等請求事件*9
尼崎市発注のごみ焼却施設をめぐる談合により、市が損害を被ったにもかかわらず,尼崎市長が被上告人らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を違法に怠っていると主張して,住民が平成14年改正前地方自治法242条の2第1項4号に基づき,市に代位して,怠る事実に係る相手方である被上告人らに対し,損害賠償を求めた事案。
第一審では住民側の請求が一部認容されたが、原審(控訴審)では、被上告人らによる公取委の審決取消訴訟(別件訴訟)が係属中であったことから、「市長において,別件審決の確定を待って,独禁法25条に基づく損害賠償請求権ないし不法行為に基づく損害賠償請求権を行使することを選択し,原審口頭弁論終結時まで,被上告人らに対し,不法行為に基づく損害賠償請求権を行使しなかったとしても,それは客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したりするものではなく,その判断には合理性があるというべきであるから,当該債権の不行使を違法な怠る事実と認めることはできない。」として、原告の請求が棄却されていた。
結論:破棄差戻
「独禁法違反の行為によって自己の法的利益を害された者は,当該行為が民法上の不法行為に該当する限り,公取委による審決の有無にかかわらず,不法行為に基づく損害賠償請求権を行使することを妨げられないのであり(最高裁昭和60年(オ)第933号,第1162号平成元年12月8日第二小法廷判決・民集43巻11号1259頁参照)*10,審決が確定するまで同請求権を行使しないこととすると,地方公共団体が被った損害の回復が遅れることとなる上,同請求権につき民法724条所定の消滅時効が完成するなどのおそれもあるから,仮に,独禁法違反の事実を認める審決がされ,将来的にその審決が確定した場合には独禁法25条に基づく損害賠償請求権を行使することが可能になる(そして,同請求権を行使する場合,不法行為に基づく損害賠償請求権を行使する場合と比べ,主張,立証の負担が軽減される)としても,そのことだけでは,当然に不法行為に基づく損害賠償請求権を行使しないことを正当化する理由となるものではないというべきである。」
「被上告人らによる不法行為の成立を認定するに足りる証拠資料の有無等につき本件訴訟に提出された証拠の内容,別件審決の存在・内容等を具体的に検討することなく,かつ,前記のような理由のほかに不法行為に基づく損害賠償請求権の不行使を正当とするような事情が存在することについて首肯すべき説示をすることなく,同請求権の不行使が違法な怠る事実に当たらないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」
これって特許法でいうところの“ダブル・トラック”現象と同じだよなぁ・・・というのが率直な印象である。しかも特許法と違って、審決に対する判断と、不法行為に基づく別訴での判断を同じ裁判所で統一して行う仕組みになっていないから、なおさら悩ましい。
独禁法上の損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権が両立するのは事実だとしても、審決の妥当性について争われているさなかに、別の裁判所で平行して同じ共同行為の違法性について判断する、というのは、個人的にはかなりリスキーなことなのではないか、と思うのであるが、最高裁はそのあたりをどのように考えたのだろう?
今の最高裁なら、「(被上告人らが)談合で市に損害を与えたのはわかりきっているんだから、住民側に余計な手間をかけさせるな」的な政策的配慮で判決を書いても不思議ではないのだが、自分としては、原審の謙抑的な姿勢の方が良いのではないか、と思ったりもしている。
最三小判平成21年4月28日(H20(受)804)、損害賠償請求事件*11
殺人事件被害者遺族による、不法行為から20年経過後の損害賠償請求が認められるかどうか、が問題となった事例である。
結論:上告棄却
意見:田原睦夫判事
→ 追ってコメント予定。
*1:甲斐中辰夫裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090423151822.pdf、原審・大阪高判平成20年5月19日・H19(ネ)3386
*2:旧証取法164条1項の違憲性が争われた事件。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/78DB9B722EC07EC849256DC700268041.pdf
*3:金築誠志裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090423153236.pdf、原審・大阪高判平成19年9月28日・H19(ネ)1438
*4:住民訴訟の一律訴額の妥当性が争われた事件。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/D12529091CD2DEC649256A8500312064.pdf
*5:なお、涌井判事も、本件で原審が認定した報酬額はあまりに過小にすぎる、として本判決の結論自体は支持している。
*6:竹崎博允裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090424132048.pdf、原審・福岡高判平成19年10月31日・H18(ネ)887
*7:近藤崇晴裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090501112210.pdf、原審・福岡高判平成20年2月26日、H19(ネ)547
*8:この事実認定の下で計21万もの賠償請求を認めた高裁のセンスがよく分からない・・・。
*9:田原睦夫裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090428114532.pdf、原審・大阪高判平成19年11月30日・H18(行コ)134
*10:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/67B5128FD3639B8C49256AEE00059320.pdf
*11:那須弘平裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090428130810.pdf、原審・東京高判平成20年1月31日・H18(ネ)5133