3年前の事故発生以来、シンドラー社のエレベーターをめぐる問題をところどころで取り上げてきたが、責任の有無をめぐる議論がかみ合わないまま、とうとう来るところまで来てしまった、という感がある。
「東京都港区で2006年、都立高校2年の市川大輔さん(当時16)が自宅マンションのエレベーターに挟まれて死亡した事故で、東京地検は16日、製造元のシンドラーエレベータ(江東区)の元部長ら2人と、事故当時に保守点検を請け負っていたエス・イー・シーエレベーター(台東区)の社長ら3人の計5人を業務上過失致死罪で在宅起訴した。」
(日本経済新聞2009年7月17日付朝刊・第39面)
この件に関する過去のエントリーは、ざっと↓のようなところ*1。
事故直後のプレスリリースについて
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060610/1149871842
遺族による民事訴訟提起について
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20081212/1229139235
民事訴訟の方がどのような経緯をたどっているのか、まではフォローできていないのだが、少なくともこれまでのシンドラー社の姿勢は一貫して「当社に責任はない」というものだったし、それは、今年4月に同社担当者が書類送検された際のプレスリリースにおいても変わっていない。
http://www.schindler.jp/jpn_news?news=130655
そして、今回の起訴を受けて紙面に掲載されている同社のコメントも、
「起訴は法律的理由に基づかない政策的なものだ。製品や故障について必要な情報はすべて所有者に伝えている。事故は当社の従業員の見落としや、情報を伝達しなかったことが原因ではなく、エス・イー・シーエレベーターが保守の基本を励行しなかったことで発生した」
と、至って強気なものになっている。
法的な責任の有無にかかわらず、
「メディアに叩かれたらとにかく頭を下げる」
というのがデフォルトになってしまっている最近の日本企業の危機管理対応を見ていると、こういう“腹の据わった”対応がかえって新鮮に映るし、社会的・道義的責任と法的責任を混同したかのような強引な捜査指揮、起訴が目立つ最近の検察・警察の動きに対するアンチテーゼとして、このような“真っ向勝負”の姿勢をとる会社が出てくるのは決して悪いことではない。
検察側が主張しているような
「04年に事故機で故障が発生した際、ブレーキパッドの摩耗を発見したのに応急措置だけで原因を調査せずに放置した。」(実際にはその時点で、事故発生を予見できるような重大な異常が存在した)
↓
「05年3月末で同機の保守点検業務を他社に引き継いだ際、マンション管理者の港区住宅公社に事故発生の危険性を伝えるのを怠った」
といった事実がすべて認められるのであれば、事故当時の保守点検を請け負っていた会社だけでなく、シンドラー社も過失責任を免れないだろうから、これまでの方針が裏目に出る可能性は大いにあるが*2、シンドラー側が主張するように、
「04年11月の時点でブレーキに異常は何ら存在しなかった」
↓
「製品情報、メンテナンス記録については、必要に応じて保守点検業者やエレベーターの所有者に提供している」*3
という実態があるのなら、今回の事故の一義的な責任は、保守点検業者にあることになり、シンドラー担当者を起訴した、という判断は全くのお門違い、ということになりかねない。
事故直後に出ていたような、「シンドラー社製エレベーターに本質的な欠陥がある」とか、「シンドラー社製のエレベーターの事故確率が異常に高い」といったような情報は、その多くが虚報ないし不正確なものであったことがはっきりしつつある*4。
それゆえに、個人的には微妙な事案のように思えてならない。
遺族も「被害者参加制度」を利用して訴訟手続きに加わる見込みとなっている本件訴訟において、中立的な立場で報道し続けることを各メディアに求めるのは難しいところもあるのかもしれないが、ここは遺族感情に乗っかりすぎることなく、冷静に事件を見つめる眼をもって、当事者の主張を伝えていただけるようお願いしたいところである。
公においても私においても、「過失犯」の世界では、誰もが“加害者”となりうる可能性があるのだから・・・
*1:他にも関連、派生エントリーはあるのだが、ここでは割愛。
*2:これまでの捜査でこのような事実はすべて明らかになっているのに、日本法人側から本国の本社に、必要な情報が伝えられていないがゆえに、今回のような強気な“大本営発表”になってしまっている、という可能性も完全に否定することはできない。(プレスリリースの不自然な日本語を見ても分かるように、この会社は完全に本国にコントロールされているタイプの会社だと思われるので・・・http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060611/1149955586も参照)。
*3:引き継ぎの時点でブレーキに異常がなかった、ということになれば、そもそも事故発生の予見可能性がなかったわけだから、ここに挙げられているような情報さえきちんと伝えておけば問題ない、ということになる。
*4:確かに低コストで製造しているがゆえの故障確率の高さや、保守点検の不十分さ等はあるものの、それらは“安さ“と引き換えに所有者・ユーザーが甘受すべきリスクの範囲を出ていないように思われるし(少なくとも死亡事故に結び付くような事故はエレベーターに関しては本件しか発生していないことに留意する必要がある)、エレベーター製造市場と保守点検市場を分けて考える今の前提の下では(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060610/1149871969参照)、保守点検に関する責任をメーカーに過度に負わせる発想にも疑問がある。