先週、書こうとして尻切れトンボ*1になったネタを一つ。
最近、本屋でふと気になって手に取った本が↓だ。
長沼事件 平賀書簡―35年目の証言 自衛隊違憲判決と司法の危機
- 作者: 福島重雄,水島朝穂,大出良知
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2009/04/01
- メディア: 単行本
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元々、1960年代末から70年代初めにかけての、ある種この国のターニングポイントになった時代から何かを学ぶ、というのが、学生時代からの自分のライフワークだし、この本のメインテーマになっている平賀書簡事件とその前後の司法界のコペルニクス的転回、という話題も、以前ちょっとかじったことがあったから、懐かしくなって入手したのだが・・・
読んでみたら、思いのほか面白かった。
特に、福島重雄氏が自ら「長沼事件地裁判決ができるまで」を回想していく章などを読むと、「裁判所」という一見閉鎖的な空間においても、普通の社会と変わらない仕事上の悩みや先輩後輩の人間模様があるんだなぁ・・・というのが伝わってきて興味深い。
長沼事件をめぐって、憲法判断に踏み込むことを避けようとする陪席裁判官たちを、
「それにしても陪席諸君はいくじがない。もっと勇気を持たなければこれからの裁判所を背負って行けないのではないかと思われる。やや失望したというところだった。」
「両陪席は誰か一人位『よし裁判長やりましょう』と云ってくれればこちらも心強い。が両陪席とも『俺は知らないよ』といった具合である。難航予想か。」
(本書35頁、福島重雄氏の日記の一節)
と評するあたりには、熱意のある中堅社員が、不甲斐ない(と感じた)若手に対して抱く、どこにでもありそうな感情があふれているし、問題となった平賀所長との関係にしても、
「僕は所長が登庁する日に、休暇を取り、所長が休暇を取った日に登庁して仕事をし、なるべく所長と顔を合わせないようにしました。そしたらああいう手紙(平賀書簡)が来てしまった。」
「ソファに座った僕の真横に平賀さんが座って、僕の左肩を彼が自分の肩でグッ、グッと押しながら、「ねえねえ、君、慎重にね」と言うのです。もう気持ち悪くてね(笑)。」
(本書44-45頁)
と、これまた上司・部下の間にありがちなエピソードから始まっている。
これは、後半に入っても同じで、座談会の中の元裁判官同士のやり取りにも、司会の大出良知教授の思想色の強い論調とは異なる微妙な温度差があることを見てとることができるのだ。
おそらく、本書のコンセプトは、編者の大出良知教授が声高に論じておられるような「司法への政治介入」→「司法の危機」の歴史的意義や、もう一人の編者である水島朝穂教授が論じておられるような、自衛隊に対する違憲判断の歴史的意義、といったものを関係者の証言を踏まえて検証する、というものだったのだろう。
だが、実際に本書から読み取れるのは、そのような“最初から仕組まれた政治介入”に対する問題意識や“画期的な違憲判決の重さ”ではなく、むしろ、「裁判所という職場でのちょっとした意思疎通のズレ、という些細な事柄が政治の舞台に引きずり出されたことによる悲劇」だったり、「真面目な裁判官が目の前に示された課題に真っ向から答えようとしたがゆえの悲劇」だったりする。
そのギャップが、本書に何とも言えない味わい深さを与えているように思う*2。
なお、巻末には資料として、長沼事件の第一審判決文(抄)が掲載されているのだが、結論の是非はともかく、結論に至るまでの事実認定のボリュームや、明快な筋立ては実に素晴らしく格調高いものになっていると思う。
「訴えの利益」の判断に際して「平和的生存権」を持ち出したあたりなどはちょっと蛇足感も残るが、それを差し引いても、これだけ風格のある判決には、今日なかなかお目にかかれない*3。
憲法的観点のみならず、行政法的観点、そして、より俗世的な観点から本書を眺めることで、得られることはいろいろとあるような気がしてならない。
ちなみに、蛇足だが、次に読みたいと思っているのが、↓の二分冊。
- 作者: 小熊英二
- 出版社/メーカー: 新曜社
- 発売日: 2009/07/01
- メディア: 単行本
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- 作者: 小熊英二
- 出版社/メーカー: 新曜社
- 発売日: 2009/07/01
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そもそも高価だし、分厚い資料だけに、果たして手に取る日が来るのかどうかはわからないけれど、まぁいつかは・・・(苦笑)。