8月29日付の朝刊*1で、
「「振り付け」著作物と認めず」
という見出しで紹介された判決の全文がアップされた。
当該記事では、専ら“振り付け“の著作物性に関する判断が取り上げられているが、判決文を読んでみると、編集著作物の論点あり、職務著作の論点あり、と、さらに興味深いものになっている*2。
以下、見ていくことにしたい。
東京地判平成21年8月28日(H20(ワ)第4692号)*3
原告:株式会社永岡書店
被告:株式会社宝島社
本件は、被告が出版した書籍「たのしい手あそびうたDVDブック」において、原告発行のDVD付き書籍である「DVDとイラストでよくわかる!手あそびうたブック」に係る編集著作物並びにそれに掲載・収録された歌(曲)の歌詞及び振付けの著作物が複製された、として、原告が著作権法112条1項に基づく被告書籍の印刷、出版行為の差止め及び損害賠償を請求した、というものである。
「手あそび」は、幼稚園、保育園等の保育現場で広く取り入れられている手・指等の身体を動かす歌のあそびであり、原告・被告書籍ともに、手あそびの対象となる「手あそび歌」を取り上げた書籍であった。
そして、原告書籍本体の掲載曲全63曲のうち、被告書籍にも重複して掲載されていたものが35曲存在した等の事実から、複製権侵害等が争われることになったのである。
そこで判決を見るに、まず、裁判所は、原告書籍等について、
「原告書籍本体に掲載された手あそび歌の曲名及び振付けは,原告の編集部所属の従業員が,童歌,童謡から最近の曲まで多種のものがある手あそび歌の中から,幼稚園の教諭に対するアンケートの集計結果を踏まえて,定番の曲を外さず,幼稚園で人気が高く,よく遊ばれているものを選択することを基本としながらも,人気が高くなくても手あそび歌のジャンル(「指あそび」,「手あそび」,「身体あそび」,英語の歌など)の多様性にも配慮したり,定番の曲でもできるだけ他社書籍とは異なるバージョンの歌詞や振付けを選択するなどして,他の書籍との差別化を図る方針とし,また,原告DVDの収録曲については,制作費とDVDの容量の都合から,原告書籍本体の掲載曲のうち,幼稚園の教諭の意見を取り入れて子供たちがより喜ぶ人気曲を選択し,その中でジャンルが偏らないようにバランスを重視するなどの方針とし,上記各方針に基づいて,原告書籍本体の掲載曲(63曲)及び原告DVDの収録曲(29曲)の曲名及び振付けが選択されたことが認められるから,上記曲名及び振付けの選択には,原告の編集部所属の従業員の思想又は感情が創作的に表現されていることは明らかである。」
(28-29頁)
と認定し、
「したがって,原告書籍本体及び原告DVDは,素材である手あそび歌の曲名及び振付けの選択において創作性を有する編集著作物に当たるものと認められる。」(28-29頁)
と原告書籍の(編集)著作物性を肯定した*4。
また、著作権の帰属についても争われていたが、裁判所は、原告書籍等が原告の従業員が職務上作成したものである旨をあっさり認定して、原告に著作権が帰属すると判断している。
しかし、さらに進んで複製権侵害の成否、を判断するに至り、裁判所は下記のとおり、原告に対して厳しい判断をすることになった。
まず、「編集著作物」の観点からは、
「上記曲名及び振付けの選択の創作的表現は,前記(略)認定の編集方針に基づいて選択された結果としての原告書籍本体における掲載曲全曲の曲名及び振付けの選択,原告DVDにおける収録曲全曲の曲名及び振付けの選択において顕れていることを意味するものである。」
「そうすると,原告書籍本体の掲載曲(全63曲)の一部である35曲と同一の曲名の曲が被告書籍本体に掲載され,原告DVDの収録曲(全29曲)の一部である21曲と同一の曲名の曲が被告DVDに収録されているからといって,原告書籍本体及び原告DVDにおける上記曲名の選択の創作的表現が被告書籍本体及び被告DVDに再製されていると直ちに認めることはできない。」(33頁)
と述べた上で、
「手あそび歌の書籍に掲載する曲として定番の曲や人気の高い曲を選択することは普通に思い着く着想であり,そのような着想に基づいて曲を選択すれば,手あそび歌の類書間の掲載曲に定番の曲や人気の高い曲の重複が生じることは避けられない事態であるというべきところ,前記(略)認定のとおり,原告書籍本体では,定番の曲を外さず,幼稚園で人気が高く,よく遊ばれているものを選択することを基本とし,また,原告DVDの収録曲については,原告書籍本体の掲載曲のうち,幼稚園の教諭の意見を取り入れて子供たちがより喜ぶ人気曲を選択する方針とされたことに照らすならば,原告書籍本体及び被告書籍本体の掲載曲の重複曲,原告DVD及び被告DVDの収録曲との重複曲の中にも,定番の曲や人気の高い曲が相当程度含まれているものとうかがわれる。」(33-34頁)
という点を指摘し、原告書籍・DVDにおける曲名の選択の創作的表現が再製されていると認めることはできない、とした。
原告書籍自体も、他社の書籍と共通する曲が多く含まれている、というのは既に被告に指摘されているとおりだし、それでも裁判所は原告書籍に“独自の”創作性を認めていることを考えれば、逆の立場でも同じ結論になることは容易に予想できるところだろう。
「キラキラぼし」のような“お遊戯定番曲”が共通するのは当然といえるし、にもかかわらず、原告書籍掲載曲のうち半分は被告書籍に含まれていない、ということになれば、この点に関して複製権侵害を主張するのは、少しキツかったのではなかろうか。
一方、収録曲の「個々の歌詞及び振付け」が類似している、という主張に対し、裁判所は、歌詞について、
「原告が創作性があると主張する上記部分は,表現する対象を自由に替えて遊ぶことが想定されている箇所であるといえるから,このような歌詞の一部の表現を著作物として保護するのは相当ではないものと解される。」
とし、振り付けについては、
「いずれも誰もが思いつく,ありふれたものであると認められる」
とし、いずれについても創作性を否定したうえで、原告の主張をすべて退けた。
歌詞はともかく、振り付けについては、個別に見ていくと「ありふれた」と言えるかどうか疑問のあるところもある*5。
「おすもうさんおすもうさん」の歌詞に合わせて左右の手のひら(パー)を交互に突き出すというものであり,上記歌詞に合わせて左右のパーを組み合わせて「相撲取り」を表現しようとする場合に,上記のように相撲取りが突っ張りをする動作で表現することは,ありふれたものであると認められる。」
と言われても、どこまで納得できるだろうか*6。
もちろん、結論的には、大げさに、著作権侵害の主張を認容するような方向には、持っていかないにこしたことはないのだが、これが「創作性」の問題で処理されるべき問題だったのかどうか、という点については、一考の余地もあったのかな、とは思う*7。
結局、裁判所は、一般不法行為についても、「法的保護に値する利益」の被告による侵害を否定したため、原告の請求は全面的に棄却される形になった。
エピローグ的なもの
さて、この判決を調べている過程で気づいたのだが、今回原告として敗訴の憂き目を見た「永岡書店」という会社は、過去にもいくつかの著作権判例の中に登場してきている会社である。
特に「はたらくじどうしゃ」事件として知られる東京地判平成13年7月25日*8や、「究極の選択」事件として知られる東京地判平成2年2月28日*9などは、結構有名なものだ。
これらの事件では、いずれも、永岡書店は被告(債務者)として訴えられているが、結論としては侵害を否定される形で判決が出されている。
これまで、著作権法(知財諸法)の“慎重さ”ゆえに救われていた感のあった同社が、攻守を入れ替えた今回、一敗地にまみれる形になった、というのは少々皮肉な気もするが、これも著作権法が単純なものではない、ということを示す一つのエピソードといえるのではなかろうか。
今回、判決を読みながら、そんなことを考えていた。
*2:実は一番興味深いのは、本件の「当事者」なのだが、それは最後に。
*3:第46部・大鷹一郎裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090907130807.pdf
*4:被告は原告書籍に掲載された曲のうち44曲が前に発行されたポプラ社の書籍の掲載曲と重複している、と主張して、原告書籍の「創作性」を争ったが、裁判所は「原告に差別化の意図」があったこと等を根拠に被告の主張を退けている。
*5:他社書籍の振り付けにも類似している、と指摘された「キラキラぼし」あたりになれば、「ありふれた」と言っても文句は言われないだろうが。
*6:別に「相撲取り」=「突っ張り」という決まりはあるまい(笑)。
*7:「創作性」のレベルで処理するにしても、他の同種振り付けの存在等、「ありふれた」と言えるだけの証拠がもう少し挙がっていてもよかったのかな、とは思うところだ。
*8:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/871EE57DACFACBA149256AD300226110.pdf
*9:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/DCF35D5E7D2453A149256A7600272B15.pdf、これは不競法違反の仮処分事件である。