悲劇の根源はその認識のズレにある?

ネット界では高名な小倉秀夫弁護士のブログから、当ブログの10日付のエントリーへのトラックバックを貼っていただいた*1


自分はいつもユーモアを交じえて明快に筋の通った論理を展開されている小倉弁護士のブログを魅力的なコンテンツだと思っているし、それゆえ、かねてから拝読させていただいているところでもあるのだが、こと今回の件に関しては、「あの聡明な小倉先生までも・・・」と思いたくなるような、法務実務界の現場と(既存の)法曹界との典型的な認識のズレが現れてしまっているように思えてならない。


以下、自分が気になっているくだりを挙げると・・・

「実務の側は法務人材を欲しているから司法試験合格者の大幅増員を求めていたのだ」ということが真っ赤な嘘であることは、新規法曹資格取得者の進路調査で明々白々になっているわけです。

おそらく小倉弁護士は、「新規法曹資格取得者の進路調査」で「企業内弁護士」として採用された人数が絶対的に少ない、という結果が出ていることをもって、「明々白々」といわれているのだろうと思う*2


だが、現在「採用された人数が絶対的に少ない」ということを、「『実務の側は法務人材を欲しているから司法試験合格者の大幅増員を求めていたのだ』ということが真っ赤な嘘である」という結論に結びつけるのは、あまりに短絡的に過ぎるのではないだろうか。


どんな会社でも、毎年新卒採用を行っているし、法務部門の中途採用の募集も定期・不定期に行っているが、新規に法曹資格を取得した人が数十人単位で応募してきたなんて話は、まず聞かない。


今の多くの会社の法務部は、「希望者がたくさんいるのに、それを忌避して門前払いしている」わけでは決してなく、「取りたくても(新規法曹資格取得者を)取れない」というのが現実だ(人事の担当者がどう考えているかはともかく、法務部門の人間の思いとしては↑のとおりだ)。


現在の制度に基づいて“生産”される大多数の新規法曹資格取得者の目が、“普通の法律事務所に勤務弁護士として雇ってもらうこと”に向いていること(それゆえ、綿密な企業研究や採用手続の確認よりも事務所訪問をまず優先する)や、“大きな会社になればなるほど、就職を希望する人がきちんとした採用ルートに乗っかってくれない限りその人を採用することはできない”という人事の現実を踏まえるならば*3、これもやむを得ないことなのだろうが(少なくともあと数年は)、だからといって「実務の側が法務人材を欲していない」なんてことは全くないし、ましてや

「真っ赤な嘘」

などとといわれてしまうのでは、実務サイドとしてはたまったものではない。


そして、何よりも、“認識のズレ”が一番顕著に現れているのは次のくだりだ。

何であれ新司法試験に合格し、司法修習を経て、新規に法曹資格を実際に取得した新人弁護士すら欲してもいない「実務の側」が、新司法試験にすら合格できないような人間を「法務人材」として「喉から手が出るほど」欲しているわけないではないか、としか言いようがありません。(太字強調筆者)

弁護士の業界の中では、資格を持っているかどうか、ということが決定的な意味を持つのだろうが(そもそも資格がないと業界に参入できないのだから当たり前の話だ)、法務の実務の世界で、「弁護士資格を持っているかどうか」とか、「司法試験に受かったかどうか」ということが、会社の中で仕事をするうえで決定的な意味を持つとまではいえない。


もちろん、「2年なり3年なりの時間を費やして大学院で勉強して受験資格を得たにもかかわらず、司法試験に合格しなかった(受験しなかった)」理由は、採用時に聞かれることになるだろうが、その人なりにきちんとした説明ができて、その会社で仕事をしていく上で十分な志望動機や能力、素質を持っていることを示すことができれば、「資格がないこと」自体がマイナスになることはない、と考えて良いのではないかと思う*4


にもかかわらず、無意識のうちに、「資格があった方が絶対的に有利」という思いこみが法曹界全体に蔓延していて、しかもそれが不幸にも法科大学院生に刷り込まれることによって、かえって“合格難”“就職難”問題の解決を難しくしているのではなかろうか。


元々、引用された自分のエントリーは、「新司法試験に合格できなかった人がスムーズに転進できるようにするためにはどのようなシステムが望ましいか」ということに言及していたものに過ぎないし、「新規法曹資格者の就職先をどうするか」といった話は完全に射程外だったので、以上の指摘はあくまで蛇足に過ぎないのだが、今巷で語られている様々な“悲劇”の根源が上記のような“認識のズレ”にあるのは否めないような気がして引っかかったので、一応書き残しておくことにした。

補足

ついでに、本題部分についても少し補足しておくことにしたい。



今、法務部門を有している多くの会社では、かつて法務人材の有力な供給源となっていた、

「法学部で一通り法律をきちんと勉強したけど、司法試験を受けようとまでは考えなかった(あるいは早々と試験勉強に見切りを付けて就職に目を向けた)」人材層

が枯渇している、という重大な問題を共通して抱えているのではないかと思う。


これまで学部新卒として採用され、会社の中で実務者として鍛えられてきた上記のような層の学生が、法学部の定員削減や“真面目に法律を勉強した人はとりあえず法科大学院に行く”的現象によって大幅に減少し、採用エントリーの時点でほとんど拾い上げることができなくなってしまっている(あるいは内定を出しても進学を理由に辞退されてしまう)というのが現実なのだ。


本来であれば、従来の学部生よりもさらに一歩進んだ法学教育を受けた法科大学院修了者を採用したいところだが*5、先日のエントリーで言及したように、現行の新司法試験制度が、

「いったん全課程を修了して「既卒」にならなければ新司法試験を受けられないシステム」

になっている限り、よほど割り切りの良い人でなければ、「新卒者」として通常のルートに乗った上で、会社の採用選考を受けよう、なんて気にはならないだろう*6


「職歴がない既卒者」の就職が難しい、ということは、あらためて説明するまでもあるまい。


ましてや、「春先にリクルート活動を終えて、翌年4月から正式に採用する」というやり方が圧倒的主流となっている新卒採用の世界においては、「9月の結果」を見てから直ちに就職活動を始めても手遅れ、というパターンになってしまうことは容易に想像できるわけで、結局、今、企業の法務部で採用できる法科大学院出身者というのは、元々法務経験ないし社会人としての就業経験がある人*7と、ごくわずかな“勇気ある決断をした”人しかいなくなってしまっているのが現実なのだ。



このような状況は、学生にとっても、法務人材を欲する企業の側にとっても、決して良いことではないと思うし、そのような問題意識の下、

法科大学院在学中(3年次)に新司法試験を受けられるシステム」

にした方が良いのではないか、と問うてみたのが前回の自分のエントリーの趣旨であった。


もちろん、小倉弁護士が述べられているような、

「学部の3〜4年生でも司法試験を受験できるようなシステム」

に戻す方が、採用する側にとってはよりいい話だと思う(従来の育成システムと同じ前提が戻ってくる上に、さらに有資格者も含めた多様なバリエーションのある採用・育成が可能になるのだから)。


ただ、現に「法科大学院」というシステムが存在して、既に在籍(修了)している院生も相当数いる状況で、現在の「法科大学院生」の試験に関するステータスを完全にはく奪するようなドラスティックな改革を提言するような勇気は残念ながら自分にはない。


それに実務家的な感覚で考えるなら、思考の順番としては、現在与えられているスキームを生かしつつ、ちょっとでも改善できる道を模索していく方がベターなんじゃなかろうか、とも思うのである*8


以上、とりあえず、明日も早いので今宵はこの辺で。

*1:『la_causette』の9月11日付エントリー。http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2009/09/post-a220.html

*2:この不況下においても、法曹資格を取った人間が新たに企業に採用される、というケースは決して減ってはいない(それは『自由と正義』の巻末の新規登録先をちゃんと見ていれば分かる話である。)と思われるから、あと何年もたてば、「採用人数の絶対数が少ない」という前提自体が成り立たなくなるような気もするのだが、この点については一応捨象しておく。

*3:いかに「法曹資格」が希少価値のある資格だったとしても、会社全体としてみれば、それが「法務」という瑣末な一部門でしか活用できない(しかも資格が直ちに実務能力には結びつかない)と思われている「資格」に過ぎない以上、「新規法曹資格者」だけにターゲットを絞った採用活動を行うことは難しいと言わざるを得ない。後述するとおり、法務実務の現場で「法曹資格の有無」は会社で採用するかどうかを判断する上での決定的な材料にはなりえないのだ。

*4:当然ながら、「資格を持っていること」それ自体がマイナスになることもないし、「試験に受かった人」と「落ちた人」が同じ採用選考を受けた時には、能力を証明する一資料として「受かった人」に対して加点されることは考えられるだろう。だが、現実には、その他の事情(志望の強さ・明確さや、就業・賃金条件面での折り合い等)が総合判断されて、「受かった人」<「落ちた人」という結果になることも稀ではない。

*5:世の中には、「院卒は就職に不利」なる神話があるが、それは単にこれまでの文系の修士課程の教育が実務ニーズにマッチしていなかったからに過ぎず、一応は実学教育を行っている法科大学院生についてまで、同じように当てはめて考える必要はないだろう。実際、工学系学科のように、真面目に勉強した学生のほとんどが大学院に進学する分野では、大手企業の新卒採用も専ら院卒にターゲットをあてて行われるようになってきている。

*6:同じクラスの大半が試験を目指して日々勉強している中で、一般学生と同じような就職活動をして、かつ試験を受けられなくてもやむを得ないという環境に身を置く選択をする、というのは非常に勇気のいることだと思う。

*7:この場合、中途採用枠が使えるので取る側としても融通が利く。

*8:法科大学院創設当初の「脱予備校化」的な発想がいまだ関係者に根強く残っていることを鑑みれば、試験の時期を1年繰り上げることすら容易に実現するとは思えないが、多くの学校では試験科目を2年次までに一通り履修するカリキュラムになっているはずだし、「受験勉強ばかりして受講態度がおざなりになる」等々の問題に対しては2年次までの単位認定の厳格化で対処するなり、いくらでもやり方はあるだろうから、「理念」に照らして全く実現不可能、というものでもないだろう、と思う。

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