広島県福山市の鞆の浦の一部埋め立て計画に関し、原告の免許差止請求を認容した（＝埋め立てにストップをかけた）広島地裁の判決が話題になっている。
あの日経新聞ですら、
「景観損ねる公共事業にはノーと言える」
というタイトルで、かなりはしゃいだ感じの社説を掲載しているのだから（日本経済新聞2009年10月2日付朝刊・第2面）、他の一般紙の報道スタンスは推して知るべしだろう。
確かに、“瀬戸内の景勝地として有名”で、かつ“江戸時代の船着き場の風情が残る”観光価値の高い場所に手を加えようというのだから（しかも、２５年以上も前に立てられた計画を強行して・・・）、そうやすやすと認めるべきではない、という発想は当然出てくるだろうし、判決の結論自体がそんなに不合理なものとはいえないのではないか、というのが自分の直感的な印象である*1。
だが、上記日経の社説が、今回の事案との関係で、「東京都国立市で高層マンションの上層階部分の撤去を近隣住民が求めた民事訴訟」を引き合いに出しているのはいかがなものだろう。
確かに、平成18年の最高裁判決（最一小判平成18年3月30日）*2では、
「良好な景観に近接する地域内に居住し，その恵沢を日常的に享受している者は，良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり，これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益（以下「景観利益」という。）は，法律上保護に値するものと解するのが相当である。」
として、「景観利益」の要保護性が認められている*3。
しかし、「国立マンション」の事案が、既存の住民（原告）対マンションの建築主及びそこに新たに入居した住民（被告）という構図の事件で、
「良好な景観に近接する地域内に居住し，その恵沢を日常的に享受している者」
と、“それを脅かす新参者”との対立構図が比較的描きやすかった*4ものであるのに対し、今回問題になった鞆の浦の埋め立ては、埋め立て等の「開発」により利益を受ける者も、良好な景観による恵沢を享受している者も、ともに福山市（ないしその近辺）に居住している住民である、という点に大きな違いがある。
いかにポニョの舞台になり、歴史的にも価値がある“景観”だとしても、その状態を放置することによって、地域の集落が分断されるなど地元住民の生活に著しい不便が生じているのだとしたら、そのような景観に固執することが合理的だとは必ずしもいえない。
美しい景観を守れるならそれにこしたことはないが、それだけで地元がメリットを享受できるわけではない、あるいは、それによってむしろ失うものが多い、ということになれば、“景観を捨てる”という選択をしなければならないこともあろう。
そして、「開発」と「景観保全」のいずれを優先するかは、本来、地域住民の政治的選択に委ねられるべき話だから、仮に「開発」が政治的に正当なプロセスを経て決定されたものであるならば、一部の住民の“景観へのこだわり”によって地元にとって有益な開発が止められる、という事態は避けられなければならない、という意見も当然出てくるわけで*5、「住民対一事業者」という構図の国立マンション事件と、本件のような「公共事業」が問題になっている事件を同列に論じるのは、いかがなものかと思うのだ*6。
おそらく、広島地裁の判決は、上記のような違いも十分認識したうえで、原告側住民が主張する景観利益と、公共事業によって得られる利益を緻密に比較衡量して結論を導いたのだろう。
それゆえ、地裁が導き出した結論自体に今異を唱える必要はないと思うが、この判決を契機に、何でもかんでも
善玉（景観）vs 悪玉（公共事業）
などという二項対立に置き換えてしまうような、偏った見方が世の中に広まっていくようなことがないように、メディアには冷静な議論を望みたいところである。
*1:もちろん、現時点では判決文そのものに接していないので、それを読むまでは何ともいえないところはあるのだが。
*2:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060331091052.pdf
*3:あえて説明するまでもなく、結論としては「建物建築が景観利益を違法に侵害する行為に当たるということはできない」として原告の請求が棄却されているのだが。
*4:それゆえ、双方の利益の比較衡量もしやすかった
*5:もちろん、政治的少数派の利益を守るのが司法の役割である以上、このような訴訟が常にいけない、ということにはならないのだが・・・。
*6:巷で言われているような、「公共事業」＝一部の土建業者のためにある事業、という単純な見方をすれば、同じ構図になるのかもしれないが、実際にそんな単純な話ではないのは、賢明な読者の方には十分にご理解いただけることと思う。
