Winnyの高裁判決や東芝の補償金未払問題で盛り上がっていた10月9日の日経紙朝刊紙面。
その片隅にひっそりと、こんな記事が載っていた。
「日本雑誌協会(東京・千代田)は8日、ネットサービスのエニグモ(東京・渋谷)がオンラインで一般の雑誌を購入・閲覧できる新サービスを始めたことに対し、「出版社の許諾なしに雑誌誌面をスキャンして複製することで成立しており、明らかな著作権侵害行為だ」とし同社にサービスの即時中止を求めた。」
(日本経済新聞2009年10月9日付・第13面)
中止を求められたエニグモ側のこの時点でのコメントは、
「購入者が雑誌を私的利用の範囲で閲覧する形なので、著作権上の問題はない」
というもの。
これに対し、日本雑誌協会は、
「消費者の依頼を受けて複製するのでなく、あらかじめ複製しているので、私的利用とはいえない」
「著作物をどのような形態で読者に対しサービスしていくのかを決められるのは権利者の出版社だけ」
と反論していた。
ネットワーク上の新しいサービスがいろいろと物議を醸すことが多い昨今のこと、この先どんな話になっていくのか、と興味深々だったのであるが・・・。
僅か2日後の紙面に掲載された記事が、↓である。
「インターネットサービスのエニグモ(東京・渋谷)は、ネットで雑誌を購入した消費者がサイト上で雑誌の内容を閲覧できるサービス「コルシカ」について、日本雑誌協会からの中止要請を受け、同協会に加盟する出版社の出版物の販売・閲覧を中止した。」
(日本経済新聞2009年10月11日付・第7面)
9日付で出されている同社のプレスリリース(http://www.enigmo.co.jp/images/press/pdf/20091009073850271.pdf)でも、日本雑誌協会との合意に基づき、
・雑誌の販売要請がある出版社もあるため、コルシカはサービスとしては継続すること。
・法律的な解釈の相違はあるものの、当要請と見解を真摯に受け止め、日本雑誌協会会員出版社の出版物の販売を一旦、中止すること。
・今後、会員出版社と個別協議し、販売許諾を得られた出版物に関して販売すること。
・日本雑誌協会の要請に基づき、共にデジタル分野での新しい雑誌の可能性を追求し、雑誌デジタルコンテンツ化推進への協力を模索すること。
といった対応を行うことが発表されており、ここはほぼ全面的に(雑誌協会に対しては)白旗を掲げる形での決着になっている。
エニグモ社の会社概要(http://www.enigmo.co.jp/company/info.html)を見ると、法律顧問として「TMI総合法律事務所」の名前が掲げられており、株主、取引先等にも一流どころを揃えた“エリート・ベンチャー企業”のようだから、早々に“大人の対応”をした理由も何となく想像が付くのだが、それにしてもあっけない(笑)。
「Corseka」の利用ガイドのページを見ればわかるように(http://www.corseka.jp/guide/)、同社のサービスのキモは、「購入と同時に」&「現物と共に」雑誌のデータを利用者に提供する、というところにある。
正直、デジタル化された「データ」を配信してもらえるのであれば、現物の雑誌なんてわざわざ付けてくれなくてもいい*1というユーザーがほとんどだろうが、データだけを勝手にスキャニングして配信するのでは、明らかに著作権法違反になってしまうので、あえて「現物とセット」に、しかも「購入した人だけに」配信する、という迂遠な形態をとることにしたのであろう。
既に随所で指摘されているように、エニグモ社が雑誌をデジタル化する行為自体は、形式的には権利制限規定が適用される行為態様の範疇を超えるもので*2、著作権侵害行為とされる蓋然性が高いものであることは間違いない。
だが、同社のシステム上、実物の雑誌もセットで、しかも定価で販売されることになるわけだから、エニグモ社の行為によって、雑誌社側に何らかの現実的な損害が発生しているか、と言われれば疑問だし、エニグモ社が不当に利得を得ているか、と言われればそれも疑問、ということになるから*3、権利を主張する側としては、訴訟において一工夫必要になってくる*4。
しかも、近年、雑誌の売上不振で、深刻な影響を受けている雑誌社側としては、どんな方法であっても雑誌が売れるならそれでいい、と思いはどこかにあるはずで、現に、日本雑誌協会自身が「雑誌デジタル配信」の実証実験に取り組んでいる最中でもある今(https://jmpa.modd.com/)、「雑誌社自身がコストをかけずに記事をデジタル配信してもらえる有難いサービス」の登場を“渡りに船”と思う気持ちが関係者の中にあっても全く不思議ではない*5。
それゆえ狙いとしては面白いところだな、と思っていたところではあったのだが・・・。
生まれたてのこのサービスが、このままひっそりとしぼんでしまうのか、それとも、新たな“共闘”により、新しい時代の一ページを開くのか現時点で予測することは困難であるが、既存の雑誌メディア(とその担い手の方々)に多大なる愛着を持っている筆者としては、読者層を拡大していけるような前向きな解決になることを、ただただ願うのみである。
*2:ダビング屋が違法になるのと同じ論理。
*3:もちろん、同社が強調しているサービス上の優位性ゆえに、他の書店やネット書店より競争上有利な地位に立てる、という無形の“利得”が発生することは間違いないのだが・・・。
*4:仮に訴訟では難なく差止請求が認められるとしても、新サービスに対してメリットを感じるユーザーに対して権利者側の正当性を説明するのはもっと骨の折れる話になる・・・。
*5:元々、雑誌を構成している記事の多くが、当の雑誌社以外に著作権が帰属する代物である(しかも肖像権等々の厄介な権利も絡んでくる)ことからすれば、今回の日本雑誌協会の強硬な姿勢には、いろいろな“大人の事情”が絡んでいるように思えてならない。ま、これは雑誌に限った話ではないのだが・・・。