せっかくの特集なのに・・・

今日の日経法務面は、「司法試験通っても就職難」というとってもタイムリーな(苦笑)見出しの特集である*1

「苦労して合格しても就職先探しが難しい。エリート街道を目指す若者のあこがれだった司法試験を巡る環境が様変わりしている。」

というリードで始まるこの記事。内心期待しながら読み始めたのだが、さすがにページ半分で語るにはテーマが大きすぎたか。個々のエピソードのまとめ方も、それぞれのエピソードのつなぎ方も、どこかなんかおかしい(笑)。

その1


まず、最初に登場するのが、「法律事務所フロンティア・ロー」。


記事によれば、久保利英明弁護士が大宮法科大学院を修了した弁護士を採用するために、「1億円近い私費を投じて」完成させた事務所(11月下旬開設予定)ということだそうである。


ご自身の事務所であえて雇わずに事務所を一つ作ってしまうあたりは、奥ゆかしいことこの上ないし、

「これからは大学付属病院と同じく、大学付属の法律事務所があってもいい」

というコメントも確かにその通りだと思うのだが、その理由が、記者が指摘するような理由(「修了後の面倒見の良さを、他の法科大学院との学生争奪戦に勝ち残るためのセールスポイントにする」という発想)なのだとしたら、ちょっと寂しい。

その2

続いて、登場するのは

「司法試験の受験者や合格者に一般企業などへの就職を支援するモアセレクションズ(東京・渋谷)」

の上原正義社長。


「法曹資格はもうプラチナチケットではない。その自覚が必要です。」という冒頭のセリフはもちろんその通りだろうと思う。


ただ、同社が主催するセミナーの売りが、「会社員として働くために組織や社会とどう折り合っていくかを伝授すること」というのは・・・(絶句)。


そんなもん、人から教わるようなことではないだろうに*2


「社会」とか「会社」の敷居を必要以上に高く見せて求職者を煽り、収益につなげるというのはリクルート以来(?)*3我が国に根付いたビジネスの常道というべきものなのだが、法科大学院修了者までその悪弊に染まってしまうのかと思うと、正直哀しくなる。

その3

続いて記事は、「企業(内)法務」という進路の紹介へと進んでいく。


これまでの“ネタ的エピソード”*4とは違って、これからの有資格者にとっては極めて重要なジャンルの話だけに、楽しみにしていたのだが・・・・・


どこか変だ。


「ジュリナビ」の運営事務局代表の鈴木修一弁護士は、

「欧米では法曹資格者の多くが企業や官公庁で働いている。日本でも法曹以外の選択肢があると学生が気付き始めた」

と語り、「07年からソフトバンクの法務部で働く倉又綾子さん」は、

「資格を取ったからといって必ず弁護士や裁判官、検事にならないといけないわけではない。」

と語る(以上、強調筆者)。


おいおい待て待て。


事務所の中で働いていようが、会社の中で働いていようが、試験に受かって修習終わって弁護士会に登録すれば「弁護士」だし「法曹」だろう*5


おそらく、ご本人の発言を、記者がバイアスのかかった頭で編集してしまい、本来の文脈とは異なるところで使ってしまった*6結果、わけのわからないことになってしまったのだと思うが、

「事務所で働くのが弁護士で、会社の中で働くのはそれ以外の法曹ではない何か。」

みたいな固定観念が依然として業界に根強くはびこっている現状を鑑みると*7、安易にこういう記事の書き方をして欲しくはなかった。



そして、一番酷いのは「人材ミスマッチも」という小見出しが付いた最後の章である。

「将来的には人材のミスマッチが生じる」
「企業側は実際には純粋な新人よりも法律事務所で数年働いた経験がある人材を好む傾向がある。思惑のズレがいずれ顕在化するのではないか」

というコメントが、経営法友会の松木和道代表幹事のものとして紹介されているのだが・・・



この手の特集の締め方として、最後に問題提起を持ってこないと収まりが悪い、というのは理解できなくもないが、これはやっぱりひどい。


外資系や金融機関等、一部の企業の中に「採用予定の弁護士に実務経験を要求する」傾向があるのは確かだとしても、弁護士を採用している国内企業の半数以上が、採用に際して「実務経験」に固執していない、というデータは2006年の「企業内弁護士採用に関するアンケート」で既に出ているし、法務部の組織化が進み、社内に定着する弁護士も増加しつつある今、その傾向はより強まっている、というべきだろう*8


記者の恣意的な編集の問題なのか、それとも発言者ご自身の印象なのかは分からないが、部分的な傾向をあたかも業界全体の傾向であるかのように取り上げるのは、どうにもいただけない。


これから企業の中の法務部門に身を置こうとする新人有資格者の多くは“未知の領域“に足を踏み入れることになるわけで(出戻り組は除く(笑))、それゆえ不安に駆られている人も決して少なくないことだろう。そして、受け入れる側としても、“入ってきた者”のニーズを探りながら、少しでも自分の会社に馴染んでもらえるように努力を重ねていかなければならない大事な時期である。


そんなときに、“未知の領域“の開拓者を疑心暗鬼に陥らせるようなミスリードな記事を載せられてしまうのでは、現場はたまったものではないと思う*9


おまけ

他紙に比べれば、法務関係記事が充実していてクオリティもそれなりに高い日経紙でさえこうなのだから、あとは推して知るべし*10


他業種の企業や官公庁に、法曹資格者を“誘導”する前に、いっそのこと、新聞社の方で率先して司法記者として採用してみるのがいいんじゃなかろうか。


そうすれば、この手の特集にしても、三面記事に載るような事件の解説にしても、より奥深いものになる・・・ような気がする。

*1:日本経済新聞2009年11月2日付朝刊・第14面

*2:半分は学生のうちに身に付けておくべきことだし、残りの半分は組織の中で揉まれながら自分で身に付けていくものだと思う。

*3:自分が知らないだけで、その前から就職ビジネスは存在したのかもしれないが。

*4:記事が何となく滑稽に映ってしまうのは、記者のせいだけではなく、取材対象そのもののせいでもあるのだろう。

*5:実際、記事で紹介されている倉又氏だって、第二東京弁護士会所属の立派な弁護士だ。

*6:おそらく、両氏のコメントは、司法試験に受からなかった人の身の振り方を念頭に置いて、出てきたものなのではないかと思う。もちろんそれも重要な問題ではあるが、「司法試験通っても・・・」というこの特集の本旨からは外れる話だ。

*7:こういう発想を打破して、業界にはびこる悪弊を打ち砕かないことには何も変わらない。

*8:「社会人としての経験」ならまだしも、「法律事務所で数年働いた経験」が会社の中で仕事をしていく上でさして特別な意味を持たない(もちろん年数、経験の積み方・活かし方は人それぞれだから、必ずしもそうは言えない場合もあるのだが)ことは、実務に携わったことのある者であれば、皆分かっているはずだ。

*9:実際、会社に入ってすぐに辞めてしまう新人弁護士は多いし、内定をとっても、事務所への就職を優先して入社に二の足を踏む人も多いのが現状。いかに就職が厳しいといっても、この状況が今日明日に変わるとは思えない。それだけに・・・。

*10:どことは言わないが、かなりの頻度でピント外れな社説、論説を載せているところも多い。

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