当然の逆転劇。

一昨年の10月に被告・イオンが敗れたことにより、(一部の業界では)衝撃が走った「招福巻」商標事件。
当ブログにも書いたとおり、第一審・大阪地裁の結論に対して、自分は大いに疑問を感じていたところである。(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20081011/1224090094参照)


あれから1年と少し。


ちょっと時間はかかったが*1、大阪高裁がようやく商標実務者にとって納得のいくような判決を書いてくれた。

阪高判平成22年1月22日(H20(ネ)2836号)*2

控訴人 (一審被告):イオン株式会社
被控訴人(一審原告):株式会社小鯛雀鮨鮨萬


本件は、

ジャスコ各店舗で節分用に販売した巻き寿司の包装に「十二単招福巻」なる標章(控訴人標章)を付す等した控訴人の行為」

が、「招福巻」の商標権者である被控訴人の商標権を侵害するか、という極めてシンプルな事案である。


形式的には控訴人の行為が被控訴人の商標権を侵害しているように見えるものの、商標そのものの語義や、「節分用の巻きずし」を指す名称として「招福巻」の名称が控訴人以外のスーパー等でも広く使われていた実績の存在などから、被控訴人の商標が「普通名称」に該当する、として、侵害差止請求等を棄却する余地は十分にある事案であった。


しかし、大阪地裁は、

「節分用の巻きずしを指す一般的な名称として「招福巻」を用いていると見る余地のあるものもあることが認められる。」

と述べつつも、結論として普通名称該当性を否定し、その他の被告(控訴人)側の抗弁等も退けて、原告(被控訴人)の差止請求と損害賠償請求(51万4825円)を認めてしまっていたのである*3


その背景には、

「原告が平成19年2月に,被告をはじめ,株式会社サボイ,広越株式会社,株式会社柿の葉すし本舗たなか等,節分用巻きずしに「招福巻」を使用する業者に対して警告を行い,これらの会社から今後「招福巻」を使用した巻きずしを販売しないなどの確約を得ている(甲21ないし22の各1・2)など,本件商標権を守るために一定の対応をしている」

といった事情もあったようだが、訴訟を提起する直前くらいの時期に、急に警告をするようになったからといって、それまで「普通名称」のように使われていた名称が急に「商標」として復活するはずもないのであって、前記原審判決を不服として、イオン(控訴人)側が控訴したのは当然の対応だったといえるだろう。


そして、大阪高裁は、予想どおり、

招福巻」が普通名称(商標法26条1項2号)に該当し、被控訴人の商標権の効力が及ばない」

という控訴人の主張を採用し、以下のように述べて、一審原告(被控訴人)の請求をすべて棄却した。

「「招福」はもともと「福を招く」を名詞化したもので馴染みやすい語であり,これと巻き寿司を意味する「巻」(乙10、11)を結合させた「招福巻」なる語を一般人がみれば,節分の日に恵方を向いて巻き寿司を丸かぶりする風習の普及とも相まって,極めて容易に節分をはじめとする目出度い行事等に供される巻き寿司を意味すると理解し,被控訴人の本件商標が登録されていることを知らないで「招福巻」の文字を目にする需要者は,その商品は特定の業者が提供するものではなく,一般にそのような意味づけを持つ寿司が出回っているものと理解してしまう商品名ということができる。」
「現に,上記 によれば,遅くとも平成17年以降は極めて多くのスーパーマーケット等で「招福巻」の商品名が用いられていることが認められる上,同じ頃頒布されたと思料される阪急百貨店の広告チラシ(乙3の2の1)中では,被控訴人の商品(小鯛雀鮨「すし萬招福巻)と並んで「京都・嵐山「錦味」錦の招福巻」や「「大善」穴子招福巻」が並記されていることからも,スーパーマーケット等のチラシをみて,「招福巻」と表示される巻き寿司が特定のメーカーないし販売業者の商品であると認識する需用者はいなくなるに至っていたことが窺われるというべきであるし,それより早い平成16年の時点で全国に極めて多くの店舗を展開するダイエーのチラシに「招福巻」なる名称の巻き寿司の商品広告が掲載されたことも,それ以前から「招福巻」が節分用巻き寿司の名称として一般化していたことを推認せしめるものといえる。」
「なお,広辞苑に「招福」の語が収録されたのは平成20年発行の第6版(乙44)からであるが,既にみたとおり,「新辞林」や「大辞林」にはそれ以前から収録されていたし,上記広辞苑への収録も,それまでの少なくとも数年間の使用実態を踏まえてのことと考えられるから,その収録の事実は平成16年当時に「招福」の語も普通名称化していたことを裏付けるものといえる。」
「したがって,招福巻」は,巻き寿司の一態様を示す商品名として,遅くとも平成17年には普通名称となっていたというべきである。」
「もっとも,「招福巻」が,本件商標の指定商品に含まれる巻き寿司についての登録商標であることが一般に周知されてきていれば格別であるが,被控訴人が警告をし始めたのはようやく平成19年になってからであり(甲21ないし22の各1・2),本件全証拠によってもその時点までに本件商標が登録商標として周知されていたと認めるに足りず,かえって上記警告の時点までに「招福巻」の語は既に普通名称化していたものというべきである。」
「さらに,控訴人標章中「招福巻」の部分の使用は,前記認定に係るその書体,表示方法,表示場所等に照らし,商品名を普通に用いられる方法で表示するものと認めることができる。」
(以上、12-13頁)

「そうすると,控訴人標章中「招福巻」の部分は,法26条1項2号の普通名称を普通に用いられる方法で表示する商標に該当するものとして,本件商標の商標権の効力が及ばないというべきである。」(13頁)


控訴人は、決して控訴審に入ってから大それた新主張を展開したわけではない。


少なくとも判決文から読み取る限り、

1)控訴人標章は本件商標に類似しない*4
2)被控訴人商標は、普通名称ないし慣用商標に該当する。
3)被控訴人商標は、記述的商標に該当する。

という控訴人の基本的な主張(抗弁)は、原審でも控訴審でも変わっていないように見受けられるし、新たに提出されたと思われる証拠も、広辞苑第6版の「招福」に関する記述部分くらい*5しか見受けられない。


それにもかかわらず、結論が原審と控訴審とで正反対のものになってしまった、というあたりに、「普通名称」該当性をめぐる判断の難しさ*6と怖さ*7を感じさせられる。

本件判決から得られるもの。

本件は、本来、原審が認定した事実(特にスーパーのチラシ等での「招福巻」という名称の使用実態)だけで「普通名称」該当性を肯定するに十分だった事案といえ、妥当な結論が導かれるまでの間に、余分な回り道をした感がなきにしもあらず*8、である。


とはいえ、結果だけ見ればオーライ。


いろいろと話題性のある事件だっただけに*9、本件が「権利の上に眠る商標権者」の権利主張を退けた一事例として、単なる事例判決を超えた意味を持つことを、自分としては期待しているところである*10

*1:しかも判決が出てから最高裁HPにアップされるまでにもちょっと時間がかかったようだが。

*2:第8民事部・塩月秀平裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100129095430.pdf

*3:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081003115544.pdf参照。

*4:「控訴人標章は「十二単」の部分と「招福巻」の部分を組み合わせた結合標章というべきものであり、被控訴人商標との比較も控訴人標章全体(「十二単招福巻」)との間でなされるべきである」との主張。控訴人が「12種類の具材が入った巻きずし」の一種の宣伝文句として「十二単の」というフレーズを用いていることを考えると、さすがにちょっと無理がある主張と言わざるを得ず、控訴審においてもこの主張は退けられている。

*5:号証番号(乙44)からの推測。

*6:特許庁における審査、審判にしても、裁判所における判断にしても、最終的には評価者の主観的判断に依存する部分が大きい。

*7:通名称だと思って当たり前のように商品・サービス名を使っていたら、ある日突然「商標権侵害だ!」というクレームを受けて慌てふためいたことのある法務・知財担当者は決して少なくないことだろう。

*8:このタイミングで判決が出ても、今年の節分商戦にはおそらく間に合わないだろうから、地裁判決は実質的に、平成21年、平成22年と、2年分の節分商戦における「招福巻」名称の使用機会を奪ったことになる。

*9:日経紙でも高裁判決の翌日には記事が掲載されていたと記憶している。

*10:もちろん「いったん権利を取っても、その後的確な商標管理を怠れば権利を失う」という、商標権者にとっての教訓的事例としての意義も大きい。