挑んだ者が勝つ。だから美しい。

フィギュアスケート男子シングル・フリー。


職場での“こっそりワンセグ視聴率”を合わせると、相当多数の人々が最終グループの滑走を目撃していた(あるいは目撃しようと試みていた)のではないかと思うが、とにもかくにもライサチェック選手が勝った。


ショートプログラムが終わった段階で最高潮に達していた「4回転論争」に関して言えば、見かけ上は、「飛ばなかったライサチェック」が勝ち、「飛んだプルシェンコ」が負けた、ということになるのだろうが、演技の映像を見返してみるとそんなに単純なものではない、ということが良く分かる。


ライサチェック選手は、確かに4回転ジャンプこそプログラムに盛り込まなかったものの、予定したジャンプはコンビネーションジャンプも含めて、全て難易度を落とすことなく果敢に攻めていたように見えた。


最終グループの第1滑走者だった、という事情があったとはいえ、難易度の高いコンビネーションジャンプをプログラムにいくつか盛り込み、前半をほぼノーミスで乗り切った後も、後半の3連続ジャンプを予定通り敢行して*1、最終的には全選手中トップの技術点(84.57点)。


一方のプルシェンコ選手は、冒頭の4回転トゥーループこそ飛んだものの、それにくっつけるジャンプが3回転トゥーループのみ、と当初の予定に比べればグレードダウン*2。さらに4回転ジャンプは最初の一回のみで、後は目立つコンビネーションジャンプがあるわけでもなく、単発のジャンプを繰り返すだけ。


プルシェンコ選手の発言が大会前からいろいろと物議を醸していただけに、(競技を見ていない人&プルシェンコが4回転を決めたことをニュースでしか聞いていた人を除けば)判定に対する疑問の声が上がる可能性もあるが、この日の演技に関してはライサチェック選手の方が数段上だった、というのが率直な印象である*3


むしろ、日本人としては、お世辞にも演技が曲にあっているとは言えず*4、丁寧なステップを踏んでいるともいえないプルシェンコ選手に、「82.80点」というあまりに高い演技構成点が与えられたことに文句を言うべきではなかろうか*5


ちなみに、フリーの技術点(Elements)上位のランキングは、

技術点
ライサチェック   84.57点
プルシェンコ    82.71点
織田信成      79.69点
ウィアー      79.67点
パトリック・チャン 79.30点
ランビエール    78.49点
小塚崇彦      78.40点
高橋大輔      73.48点

という並びになっていて、上位5人の中で4回転に挑んだのはプルシェンコ選手だけ*6、しかもプルシェンコ選手のスコアが4回転を飛ばなかったライサチェック選手よりも劣っている、という事実が記録上は確かに存在する*7


だが、消極的に回避した選手は、その分、全体的な印象を下げることになるし*8、そもそもプルシェンコ選手が予定通りのプログラムをきちんと飛んでいれば、ライサチェック選手の上に行くことは十分可能だったわけだから、いくら「皇帝」とはいえ、当日の出来の悪さ*9を棚に上げて、採点基準をあれこれ言うのはフェアではないと思う。


・・・で、注目された日本勢の中では、やはり高橋大輔選手が一番光っていた。


演技構成点(Program Components)84.50点は全選手中の堂々1位。


4回転トゥーループが回転不足でダウングレードになった上に豪快に転倒、と実質的には最初のジャンプがノーカウントになってしまう状態*10からスタートしたものの、その後の演技にそれがほとんど響かなかった(ように見えた)ところに、この4年間の成長が感じられた。


中盤のコンビネーションジャンプでダウングレードを食らった上に、終盤のストレートラインステップでもまさかのレベル3。そしてラストのスピンに至ってはレベル2、と技術的要素では相当減点される箇所があったようなのだが、そういうほころびを芸術性のオブラートで包みこんで、観衆を(&一部のジャッジも)自分の世界に引き込んでいく・・・。


旧採点方式時代から、「芸術性」というマジックワードに苦しめられてきた日本勢が*11、逆にこの要素を最大限活用して、初めてのメダルをつかみ取った、というのは何とも感慨深いことである。


散々「これが最後」と煽っていた浅はかなメディアに肩透かしを食らわせるように、五輪後の現役続行を示唆したのも痛快だった。


そしてもう一人、小塚崇彦選手のこの日の演技にも特筆すべきものがあるだろう。


4回転に挑んで着氷を決めたこともさることならが、トリプルアクセルの豪快な転倒の後に大崩れすることなく、最後のスピンまで観衆を惹きつけたのはまったくもって見事の一言*12


実績がない分、演技構成点で上位陣と差を付けられてしまったものの、それさえなければもう1つ、2つ順位を上げても全然不思議ではなかった。


高橋選手にしても、小塚選手にしても、挑む姿勢*13が演技の前面に出ていたのが結果につながった、と思うわけで、その意味では、日本勢の今後に向けても非常に意義のある内容だったのではないだろうか*14


次は女子。


ここでも、挑んだ者が美しく勝つ、そんな展開になることを願っている。

*1:若干ジャッジに減点はされているが。

*2:本当は、4回転トゥーループの後に、3回転トゥーループと2回転ループが付くはずであった。

*3:解説の本田武史氏も指摘していたように、この日のプルシェンコ選手のジャンプの中には軸がぶれて強引に着氷したようなものが多く、ジャッジもその辺は見逃さずに素直に減点している。ゆえにこの結果。

*4:どう見たってタンゴの振り付けじゃないだろう、あれは・・・。

*5:とはいえ、プルシェンコ2番、高橋3番という並び自体は順当なものだと思うが。

*6:ウィアー選手は4回転トゥーループを予定していたが、実際に飛んだのは3回転フリップ。

*7:逆にいえば、4回転を飛んだかどうか、が技術点のランクにダイレクトに反映されていない。

*8:織田選手しかり、ウィアー選手しかり。

*9:というよりも復帰後のジャンプの質の低さ

*10:基礎点4.00からGOE-3.00、さらに転倒で1点減点されて差し引き0点。

*11:本田武史選手にしても、技術点評価だけなら世界の頂点に立つチャンスは十分にあったと思う。

*12:この日やった3種類のスピンは、全てレベル4。

*13:4回転にチャレンジしたかどうか、という点にとどまらず。

*14:それは、織田選手がメダルを取れなかったのは、靴ひものせいだけではなかった、ということでもある。

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