「シダモ」商標をめぐる微妙なさじ加減。

エチオピア連邦民主共和国が、「コーヒー、コーヒー豆」(第30類)の区分で出願し、登録を受けていた「SIDAMO」、「シダモ」、「YIRGACHEFFE」、「イルガッチェフェ」の各商標について、特許庁の無効審決が一部取り消された。


特許庁が前記商標について、無効審決を下した理由は、「シダモ」にしても、「イルガッチェフェ」にしても、

「登録査定時において、エチオピア国のコーヒー豆の産地ないし同国シダモ地方で生産されたコーヒー豆の名称を表すものとして、取引業者においてはいうに及ばず、コーヒーを日常的に愛飲する広範な一般需要者の間においても、広く知られていた」

ものであり、これらを

「指定商品中「エチオピア国○○○地方で生産されたコーヒー豆,エチオピア国○○○地方で生産されたコーヒー豆を原材料としたコーヒー」について使用しても、単に商品の産地又は品質を表示するものと認められる」

から、というものであり(商標法3条1項3号)、それ以外のコーヒー豆、コーヒーに使用した場合には、

「商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものといわなければならない」

からであった(商標法4条1項16号)。


3条1項各号と4条1項16号のコンボにはじき返される、という経験は、商標実務に携わる人間なら一度ならず経験したことがあると思うし、“産地名そのままずばり”という本件のような商標は、3条2項の適用でも受けない限りは登録が難しい、というのが一般的な理解だったように思う。


だが、原告と原告代理人の弁護士達の執念が実ったのか、本件では知財高裁で結論がひっくり返ることになった。


知財高裁がいかなる論理で、無効審決の一部取り消しを認めたのか、以下で簡単に追ってみることにしたい。

知財高判平成22年3月29日(H21(行ケ)10227号)*1

原告:エチオピア連邦民主共和国
被告:社団法人全日本コーヒー協会


原告側が取消訴訟において主張したのは、概ね以下の点であった。

(1)本件商標が「産地」「品質」表示であるとする審決の認定判断の誤り
→本件商標が取引者・需要者の間において広く知られていたとしても,取引に際し必要適切な産地又は品質を表示
するものであるから,特定人による独占使用を認めるのは公益上適当でない、とする審決の判断は、およそ産地表示又は品質表示たりうる要素をわずかでも具有していれば,一切登録を許さないとする極端な見解であって,極めて不当。
エチオピアのコーヒー豆に付されている本件商標は,高品質のコーヒー豆についてその差別化,特化(スペシャライズ)のために付されている銘柄名(ブランド名)である。日本においては,産地名として「エチオピア」,銘柄名(ブランド名)として「シダモ」と理解するのが合理的かつ自然であって,本件商標に係る「シダモ」の語が商標法3条1項3号の「産地」に該当するのではない。
→本件商標は,以下のとおり,我が国においては地名としては無名に近い存在であり,取引者・需要者が指定商品であるコーヒー豆との関連においての地理的名称と理解することは考えにくく,銘柄(ブランド)として取引者・需要者に受け取られるものというべきである。

(2)商標法3条2項についての認定判断の誤り
→原告は,本件商標を付したコーヒー豆を我が国に輸出している以外基本的には格別の宣伝広告活動をしていないが、本件商標は,国際的な局面において,広く使用された結果,取引者・需要者が,何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるという事情があり、しかも,多数の書籍,新聞,週刊誌などに本件商標の付されたコーヒー豆のことが取り上げられたことによって,日本においても,本件商標が,エチオピア産の高品質のコーヒー豆ないしコーヒー豆を象徴するものとして,取引者・需要者に間で広く知られるようになったものである。

(3)商標法4条1項16号についての判断の誤り
→本件商標は,地理的名称ではなく,銘柄名(ブランド名)であるから,「単に商品の産地又は品質を表示するもの」ではなく,商品の品質について誤認を生じさせるおそれが生じる余地はない。
→本件商標は,「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるもの」という商標法3条2項の要件を満たしているので,この点においても,商品の品質について誤認を生じさせるおそれが生じる余地はない。
→(仮に品質誤認が生じるとしても)指定商品中「シダモ地方で産出されたコーヒー豆,このコーヒー豆を原材料としたコーヒー」のみが商標法4条1項16号に該当しないとされた場合,シダモ地方とは隔たった地域から産出するコーヒー豆,コーヒーについて本件商標又はこれに類似した商標を使用する者があらわれるおそれがある。指定商品を狭くしすぎると,指定商品に類似する商品の範囲も狭くなり,みなし侵害を規定する商標法37条による保護を受けられないことがありうる。したがって、指定商品中,「エチオピア国で産出されたコーヒー豆,このコーヒー豆を原材料としたコーヒー」に使用した場合には商標法4条1項16号に該当しない。

結論からいえば、裁判所は上記原告の主張のうち、(1)を結論において肯定したものの、(3)については完全に否定する((2)については判断せず)、という“間を取った”判断を下している*2


(1)について、知財高裁は、

「商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは,このような商標は,商品の産地,販売地その他の特性を表示記述する標章であって,取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに,一般的に使用される標章であって,多くの場合自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないものであることによるものと解すべきである」(69頁)

という最高裁判決(最三小判昭和54年4月10日)を引用しつつも、原告が提出したであろう膨大な証拠を元に、

(1)我が国においては,「SIDAMO」又は「シダモ」は,これが「コーヒー,コーヒー豆」に用いられる場合,コーヒー又はコーヒー豆の銘柄又は種類を指すものとして用いられることが多いこと
(2)我が国において,「シダモ」が,エチオピアにおけるコーヒー豆の産地として用いられる場合があるが,その場合でも,上記銘柄又は種類としての「SIDAMO」又は「シダモ」の産地として用いられていることが多いこと
(3)上記銘柄又は種類としての「SIDAMO」又は「シダモ」は,エチオピア産の高品質のコーヒー豆又はそれによって製造されたコーヒーについて用いられていること
(4)一般に我が国においては,エチオピアの「シダモ」(「SIDAMO」)という地名の認知度は低いこと
(69〜70頁)

を認定し、本件商標が自他識別力を有するものであることを認めて、「本件商標登録が商標法3条1項3号が規定する「商品の産地又は品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当するということはできない」という結論を導いた。


判決が認定根拠として列挙している事実は多岐にわたっており、どれが審決の判断を覆す決定的な要素になったのかは明らかではない。


審決が、

「EIPO(エチオピア国知的財産局)と日本の企業31社との間で締結した商標ライセンス契約の締結日は、いずれも本件商標の登録査定時以降であること及び当該契約は、いわゆる一般的な通常使用権契約にあるような、ライセンサーがライセンシーに対し、商標使用許諾の対価として使用料を求めるという目的で締結されたものではない。しかも、すべてのバイヤーにライセンスを付与するというものである。商標ライセンス契約をした日本の企業にとってみれば、「SIDAMO」の標章が無料で、しかも、エチオピア国の農民の救済等といった大義名分のもとに使用することができるのであるから、「SIDAMO」がコーヒー豆の産地・品質表示、あるいはブランド名であるか否かについて深く考慮することなく、契約を締結したものと窺うことができる」

と切って捨てたライセンス契約の存在も、判決の中では認定根拠として挙げられているし*3、同じく特許庁が、

「日本において出願及び登録された商標は、あくまでも、日本の商標法及び日本におけるコーヒー分野の取引の実情に照らして判断されるものであり、商標の自他商品の識別力、使用による自他商品の識別力の獲得の有無についても、日本における商標の使用状況等を勘案して判断されるべきものであるから、本件商標と同一の構成よりなる商標が既に他の国において登録が認められているとしても、その事実をもって、日本においても自他商品の識別力を有しているとはいえない。」

と突っぱねた「アメリカ合衆国,欧州共同体(EU),オーストラリア,カナダで既に商標登録がされているという実績も、本判決では認定根拠の中に上がっている*4


ゆえに、本判決から“例外的登録”を勝ち取るための示唆を見出すのは容易ではないのだが*5、逆にいえば、「「シダモ」商標が“ブランド名”として使われているという事実を推認させる圧倒的な分量の間接事実の集積」が、個々の事実の強弱を捨象してこの結果につながったともいえるわけで、このような、原告側の“執念”には、倣うべきところが多いように思う。


一方、(3)について、裁判所は、

「本件商標は,これをその指定商品中「エチオピア国シダモ(SIDAMO)地方で生産されたコーヒー豆,エチオピア国シダモ(SIDAMO)地方で生産されたコーヒー豆を原材料としたコーヒー」以外の「コーヒー豆,コーヒー」について使用するときは,商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるから,商標法4条1項16号が規定する「商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標」に該当するとの審決の判断に誤りがあるということはできない。」(74頁)

「原告は,本件商標は,「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるもの」という商標法3条2項(特別顕著性)の要件を満たしているとも主張するが,商標法3条2項は,商標法3条1項3号〜5号に該当するとしても商標登録を受けることができる要件であって,品質誤認が生ずることを左右するものではない。」
「原告は,コーヒー豆,コーヒー及びこれに類似する商品を指定商品とする,日本国外の地名からなる登録商標で,指定商品中に記載されている産地が国家とされている登録例が存すること,及び地域団体商標において,県単位で産地の指定商品としているものがあることを主張するが,これらは,本件とは異なる商標についての登録例であり,上記判断を左右するものではない。」
「原告は,指定商品を狭くしすぎると,みなし侵害を規定する商標法37条による保護を受けられないことがありうるのであり,さらに,そもそも,本件は競業者不存在の事案であるとも主張するが,そのような点は,上記商標法4条1項16号該当性の判断を左右するものではない」(75頁)

と判示し、TRIPs協定も援用しつつ、原告の主張をことごとく退けた*6


「商品の産地又は品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」にはあたらない、としつつ、本件商標が「商品の産地名」の意を含んでいること自体は否定せず、4条1項16号で審決の判断を一部維持した、知財高裁のこの微妙なさじ加減。


もしかすると、理論的には突っ込みどころがある判決ということになるのかもしれないが、結論的には妥当な落とし所だったのではなかろうか*7



(追記)


なお、原告代理人を務めた西村あさひのHPには、一連の訴訟での戦果のPRとともに、

「本事件は、当事務所が、Arnold & Porter LLP法律事務所との共助のもと、エチオピア国の商標取得を通じてエチオピアの有する知的財産権を確保し、それを通じて何百万人もの数に昇るエチオピアのコーヒーの生産業者ないし関連従事者の貧困を救済することを目的とする国際的プロボノ活動の一環として処理してきた案件です」

という一文が添えられている*8


「完全勝利」とは行かなかったまでも、“国家的戦略商標”が東洋の島国で無効とされる事態を防いだ・・・


そのことに胸を張りたくなる気持ちは分かるし、それだけ胸を張ってもいい事案だっただろう、と思う。

*1:中野哲弘裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100331103431.pdf。なお、本件は「シダモ」の無効審決取消事件で、他の3件については、H21(行ケ)10226、10228、10229号として審理され、同日判決が出されている。

*2:他に、原告は無効審判請求人(本件被告)が“UCCのダミー”であるとして、被告の無効審判請求人適格も争ったが、裁判所は「商標法46条に基づき商標登録無効審判請求をする資格を有するのは,同条の解釈としても,審判の結果について法律上の利害関係を有する者に限られると解するのが相当である」(55頁)と述べつつも、被告に利害関係あり、として原告の主張を認めなかった。

*3:原告がライセンス契約相手として強調するスターバックスにしても、HPでは「シダモ」にマルアールを付けて使っているわけではない(http://www.starbucks.co.jp/beans/africa_arabia/sid.html)ことを考えると、審決の認定もあながち外れではないだろうと個人的には思うところ。

*4:この点についても審決の方が正論だろう。裁判所自身、過去にはこの手の認定判断をしていたようにも思うのだが・・・。

*5:原告が国策でコーヒー豆の品質管理を行っている国家であり、独占使用を認めても公益を害しない、と判断されたことも、ここでは大きかった。

*6:せめて「エチオピア産の・・・」の範囲で、という原告の予備的な主張についても退けている。

*7:原告は懸念しているが、少なくともコーヒー豆の名称として「シダモ」が使われることになれば本件商標の禁止権が及ぶ、という点に争いはないように思う。

*8:http://www.jurists.co.jp/ja/case/article_8555.html#header-area

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