大手通信会社(インターネット接続業者)を相手取った発信者情報開示請求事件につき、最高裁判決が相次いで出された。
「本件発信者と当該特定電気通信設備を管理運営するコンテンツプロバイダとの間の1対1の通信を媒介する,いわゆる経由プロバイダ」が、プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)4条1項の「開示関係役務提供者」に該当するか、という議論に、(ほぼ)確定的な決着を付けることになった今回の判決。
今となっては、実務に与えるインパクトも、さほど大きなものではないのかもしれないが、参考までに取り上げておくことにしたい。
最一小判平成22年4月8日(H21(受)1049号)*1
東京高裁(東京高判平成21年3月12日)が、一審判決を覆し、NTTドコモに対する発信者情報開示請求を認めたため、ドコモ側が上告した事案であったが、最高裁はこれまでの多数の下級審判例を追認する形で、下記のような判断を示し、通信会社側の反論を退けた。
「法2条は,「特定電気通信役務提供者」とは,特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し,その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者をいい(3号),「特定電気通信設備」とは,特定電気通信の用に供される電気通信設備をいい(2号),「特定電気通信」とは,不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信をいう(1号)旨規定する。上記の各規定の文理に照らすならば,最終的に不特定の者によって受信されることを目的とする情報の流通過程の一部を構成する電気通信を電気通信設備を用いて媒介する者は,同条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に含まれると解するのが自然である。」(2頁)
「法4条の趣旨は,特定電気通信(法2条1号)による情報の流通には,これにより他人の権利の侵害が容易に行われ,その高度の伝ぱ性ゆえに被害が際限なく拡大し,匿名で情報の発信がされた場合には加害者の特定すらできず被害回復も困難になるという,他の情報流通手段とは異なる特徴があることを踏まえ,特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害を受けた者が,情報の発信者のプライバシー,表現の自由,通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で,当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより,加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにあると解される。本件のようなインターネットを通じた情報の発信は,経由プロバイダを利用して行われるのが通常であること,経由プロバイダは,課金の都合上,発信者の住所,氏名等を把握していることが多いこと,反面,経由プロバイダ以外はこれを把握していないことが少なくないことは,いずれも公知であるところ,このような事情にかんがみると,電子掲示板への書き込みのように,最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するためにする発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する経由プロバイダが法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当せず,したがって法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に該当しないとすると,法4条の趣旨が没却されることになるというべきである。そして,上記のような経由プロバイダが法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当するとの解釈が,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限について定めた法3条や通信の検閲の禁止を定めた電気通信事業法3条等の規定の趣旨に反するものでないことは明らかである。」(2-3頁、太字筆者、以下同じ。)
「最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するためにする発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する経由プロバイダは,法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当すると解するのが相当である。」(3頁)
文理解釈と実質的解釈の双方を踏まえて、経由プロバイダの「開示関係役務提供者」該当性を認めたこの判決。
随分あっさりしているように思えるが、今日、一般人の目に触れるところにある下級審裁判例の多くが経由プロバイダの「開示関係役務提供者」該当性を肯定しており、(実質論の観点からも)あまり議論の余地がなさそうな状況*2では、こういうシンプルな判決になったことも驚くには値しない。
もっとも、この種の事案のリーディングケースである、東京地判平成15年4月24日(So-net事件、金商1168号8頁)では、「経由プロバイダが開示関係役務提供者に当たるか」という争点について、文理解釈、実質的解釈ともに、以下のような全く正反対の判断が示されていたことを考えると、やっぱり、もう少し深く掘り下げて判決を書いてくれても良かったのかなぁ・・・という思いは少しは残る。
特に、So-net事件における、原告の実質論的観点からの主張(無料の電子掲示板やレンタルサーバサービス等を提供する業者が発信者の氏名及び住所を必ずしも十分に把握していない実態ゆえに、被害者が当該業者から開示されるIPアドレスやタイムスタンプ等を手掛かりとして更に経由プロバイダに対し発信者の氏名及び住所の開示を求めることが必要である旨の主張)に対しては、裁判所が
「原告が主張するとおり、開示関係役務提供者に経由プロバイダが含まれないとした場合、電子掲示板やレンタルサーバサービス等を提供する業者が必ずしも発信者の氏名及び住所を十分に把握しているとは限らない現状においては(略)、被害者において発信者を特定することが著しく困難ないし不可能となる場合のあることは否定できない。」
と実態を認めつつも、
「しかし、発信者情報の開示は、特定電気通信役務提供者(開示関係役務提供者)の通信の秘密に係る守秘義務を解除するものであって、しかも、その情報は発信者のプライバシーや現の自由とも密接な関わりを有するものであるから、基本的に、どの範囲の者に、いかなる情報の開示を義務付けるかは上記の憲法上の諸権利を踏まえた立法政策の問題というべきである。そして、これら憲法上の権利に係る守秘義務の解除については明確な規定を要し、安易な拡張解釈は許されないと解されるところ、前記のとおり、法の解釈として経由プロバイダが開示関係役務提供者に該当すると解することには、少なくとも重大な疑義が存するといわざるを得ないのであって、原告主張の上記のような事情があるからといって、その結論が左右されるものとは解されない。」
と「安易な拡張解釈」に警鐘を鳴らしていたことも忘れてはならないように思う*3。
最三小判平成22年4月13日(H21(受)609号)*4
東京高裁が、通信会社(KDDI)に対する発信者情報開示請求を認めるとともに、開示請求に応じなかったことに重過失あり、として15万円の損害賠償を認めたため(東京高判平成20年12月10日)、上告審で争われることになったのがこの事件である。
もっとも、こちらの方は、上告審では「発信者情報の開示請求の当否」そのものについてはもはや争われておらず*5、争点は、「開示を拒んだ通信会社が、故意又は重過失あるものとして開示請求者に対する損害賠償責任を負うか(プロバイダ責任制限法4条4項)」という1点にあった。
最高裁は、法4条の一連の規定について、
「以上のような法の定めの趣旨とするところは,発信者情報が,発信者のプライバシー,表現の自由,通信の秘密にかかわる情報であり,正当な理由がない限り第三者に開示されるべきものではなく,また,これがいったん開示されると開示前の状態への回復は不可能となることから,発信者情報の開示請求につき,侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなどの厳格な要件を定めた上で(4条1項),開示請求を受けた開示関係役務提供者に対し,上記のような発信者の利益の保護のために,発信者からの意見聴取を義務付け(同条2項),開示関係役務提供者において,発信者の意見も踏まえてその利益が不当に侵害されることがないように十分に意を用い,当該開示請求が同条1項各号の要件を満たすか否かを判断させることとしたものである。そして,開示関係役務提供者がこうした法の定めに従い,発信者情報の開示につき慎重な判断をした結果開示請求に応じなかったため,当該開示請求者に損害が生じた場合に,不法行為に関する一般原則に従って開示関係役務提供者に損害賠償責任を負わせるのは適切ではないと考えられることから,同条4項は,その損害賠償責任を制限したのである。」
「そうすると,開示関係役務提供者は,侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなど当該開示請求が同条1項各号所定の要件のいずれにも該当することを認識し,又は上記要件のいずれにも該当することが一見明白であり,その旨認識することができなかったことにつき重大な過失がある場合にのみ,損害賠償責任を負うものと解するのが相当である。」(以上、3-4頁)
という解釈を示した。
そして、本件の事実関係の下で、以下のように説示し、被告の損害賠償責任を否定したのである(破棄自判)。
「本件書き込みは,その文言からすると,本件スレッドにおける議論はまともなものであって,異常な行動をしているのはどのように判断しても被上告人であるとの意見ないし感想を,異常な行動をする者を「気違い」という表現を用いて表し,記述したものと解される。このような記述は,「気違い」といった侮辱的な表現を含むとはいえ,被上告人の人格的価値に関し,具体的事実を摘示してその社会的評価を低下させるものではなく,被上告人の名誉感情を侵害するにとどまるものであって,これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に初めて被上告人の人格的利益の侵害が認められ得るにすぎない。そして,本件書き込み中,被上告人を侮辱する文言は上記の「気違い」という表現の一語のみであり,特段の根拠を示すこともなく,本件書き込みをした者の意見ないし感想としてこれが述べられていることも考慮すれば,本件書き込みの文言それ自体から,これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることが一見明白であるということはできず,本件スレッドの他の書き込みの内容,本件書き込みがされた経緯等を考慮しなければ,被上告人の権利侵害の明白性の有無を判断することはできないものというべきである。そのような判断は,裁判外において本件発信者情報の開示請求を受けた上告人にとって,必ずしも容易なものではないといわなければならない。」
「そうすると,上告人が,本件書き込みによって被上告人の権利が侵害されたことが明らかであるとは認められないとして,裁判外における被上告人からの本件発信者情報の開示請求に応じなかったことについては,上告人に重大な過失があったということはできないというべきである。」(4-5頁)
本件で“侮辱書き込み”とされている、
「なにこのまともなスレ気違いはどうみてもA学長」
というワンフレーズと、
「「本件書き込みのきちがいという表現は,激しい人格攻撃の文言であり,侮辱に当たることが明らかである」
という理由が付されただけの開示請求で、直ちに発信者情報開示に踏み切れるプロバイダは決して多くはないだろう。
そして、媒介者に過ぎず、自ら掲示板等を管理していたわけでもない「経由プロバイダ」となれば、なおさら、ということになるのは間違いない。
so-net事件で、被告側が主張していた
「権利侵害の事実は一方当事者(原告)からの主張に基づくものでしかなく、その事実認定は著しく困難であり、また、他方で、発信者情報は一度それが開示されるとその性質上原状回復が不可能である。したがって、法については慎重かつ厳格な解釈、適用がなされるべきである。」
という考え方は、こと「プロバイダ責任制限法上の発信者開示請求の当否」という論点においては、最高裁に受け入れられることはなかったが、「プロバイダの開示拒否に伴う損害賠償責任の有無」という論点においては、形を変えて受け入れられた(そして、それにより最高裁としてはバランスを取った)。
上記2件の判決は、そんなふうにも理解できるのではないかと思う。
*1:第一小法廷・金築誠志、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100408143936.pdf
*2:インターネット上の匿名掲示板等での名誉棄損が問題とされる機会は、プロ責法制定以降も決して大幅には減少しておらず、このご時世に、被害者保護よりも発信者側の利益保護を重く見るような解釈は受け入れられにくいのではないかと思う。
*3:同判決はこれに続けて、立法過程において「経由プロバイダが特定電気通信役務提供者に該当するかのような説明は全くない」ことも指摘している。
*4:第三小法廷・田原睦夫裁判長。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100413142909.pdf
*5:判決の末尾に、「発信者情報の開示請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除された」という記載があるが、そもそもドコモ事件のような「特定電気通信役務提供者」該当性が争われていたのかどうかも、ここからは分からない。