知財高裁の変節?

今週月曜日の日経法務面に、「知財高裁5年」というタイトルの記事が掲載されている。
そして、そこで書かれていることの多くは、最近の知財高裁の特許の進歩性判断の“変化”に関するものだ。

「今年4月に発足から満5年を迎えた知的財産高等裁判所。当初は特許権者に厳しい判決が多かったが、この1〜2年は逆に権利者寄りの判断が増えてきた。知財高裁がひょう変した背景には、閉塞(へいそく)感が強まる日本市場での企業活動を、知財保護の面から何とか後押ししたいという意図があるようだ。」(日本経済新聞2010年5月17日付朝刊・第16面)

「ひょう変」という表現が適切かどうかはともかく、前記リード文で指摘されたような状況が生じてきているのは間違いないところだろう。


査定系、審判系事件では、特許庁の拒絶審決(拒絶査定不服審判不成立審決)や無効審決を知財高裁がひっくり返すパターンが以前に比べて増えている*1ように見受けられるのは確かだし、侵害訴訟でも以前に比べると特許無効の抗弁(法改正後の特許法104条の3第1項)によってあっさりと請求が棄却されるケースが減ってきている(むしろ構成要件該当性が緻密に検討されるようになってきている)ように思われる*2


日経紙の今回のコラムでは特に言及されていないが、L&T第38号(2008.1月号)の巻頭言(「知的財産高等裁判所3年の回顧と展望」)に塚原所長の意味深なコメントが掲載された頃から、知財高裁が方針を変えてきそうな気配はあった。


だが、こんなに短期間で、一般紙のコラムに取り上げられるほどの“変化”が生じたのだとすると、それはそれで驚きだ。



実際には、記事に書かれているような単純な話(「日本のプロパテント政策」云々といった話)だけで、知財高裁の判断傾向が変わっているわけではなく、審理の対象となっている特許の質の問題や当事者の争い方の問題*3なども当然影響しているものと思われる。


また、そもそも、知財高裁の各部の過去の判断傾向自体が、必ずしも統一されていたとは言えなかったわけで*4、そのあたりを知財高裁内部で調整した結果が“揺り戻し”のように見える、という実態もあるのではないだろうか*5


もちろん、「特許自体の有効性が認められやすくなる」ということと、「強力な特許として権利行使が認められやすくなる」ということとは全く別の話である、ということにも留意しなければならない*6


ゆえに、コラムで取り上げられているような判断の「変化」が、実務にどのような影響を与えるのかはよくよく吟味する必要がある、と思うのであるが、果たしてどうなのか*7


個人的にはもう少し動向を見守って行きたいと考えているところである*8



ちなみに、記事の中で紹介されている「最近の知財高裁の進歩性についての判断基準が明確に表れている判決」(知財高裁第3部(飯村敏明裁判長)の判決)*9を拾ってきて、対応する判旨をそのまま引用すると、

特許法29条2項が定める要件の充足性,すなわち,当業者が,先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたか否かは,先行技術から出発して,出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断される。」
「ところで,出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。そして,容易想到性の判断の過程においては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。」
「さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。」(強調筆者)

ということだそうだ。


確かにこれも一つの考え方だと思うのだが、よくよく振り返ってみると、これって、少し前までは、少々お年を召された弁理士の先生(でも自分の書いた明細書には頑固なまでのこだわりをお持ちの先生)が、意見書や弁駁書で力説して、あっさり蹴飛ばされた見解に限りなく近いように思えるわけで、さすがにここまで来るとどうなんだろうなぁ・・・というのが、率直な思いだったりもする*10

*1:逆に無効審判不成立審決がひっくり返されるケースは減少している

*2:もっとも、ここ1〜2年、自分もそんなに緻密に知財高裁の判決を分析しているわけではないので、あくまで感覚的なものに過ぎないのかもしれないけれど・・・。

*3:審理の対象が、特許に対する関心が今に比べて薄かった時代に登録を受けた“一瞬で秒殺されそうな特許”から、より巧みに作られた特許に変わってきている、あるいは、特許権者側の代理人の審決に対する裁判所での争い方が上手になってきている、といった事情があるのかもしれない。

*4:容易想到性をあっさり認めて、無効不成立審決をかなりの確率でひっくり返していた部もあれば、比較的慎重に特許庁の判断を是認していた部もあったように思う。

*5:特許庁としては、どの部に事件が回されるかわからない以上、必然的に“一番進歩性判断が厳しい部”の基準に合わせて、進歩性判断を厳格化させざるを得なかったわけで(行政機関は究極的には司法機関に逆らえないから(笑)、取消判決を免れようとすれば、裁判所が意図した以上に判断が厳しくなることも当然に予想されることである)、その結果、今の振れ幅が実態以上に大きく見えてしまう可能性はある。

*6:特許権侵害訴訟において、「無効とされるべき特許である」としてあっさりと請求が棄却されるパターンは減っているかもしれないが、「権利範囲に属しない」として請求が棄却されるパターンは、そんなに減ってはいないように思われる。

*7:“適当に進歩性要件で無効事由立てておけば何とかなるだろう”的な安直な発想はさすがにいかんだろうが(これは知財高裁の判断の変化云々以前の問題だ・・・)、かといって侵害警告が来ただけで絶望的になる必要もないだろうと思う。

*8:審査基準の方で具体的な動きが出てくるかどうか等も含め。

*9:記事が直接紹介しているのは、無効審決取消請求事件において特許の進歩性が争われた知財高判平成21年3月25日(H20(行ケ)10153号)だが、拒絶不服審判不成立審決取消請求事件において進歩性が争われた知財高判平成21年1月28日(H20(行ケ)10096号)の中に同じ判旨が登場している。

*10:今考えると、かの弁理士の先生は、「昔の審査基準が抜けきっていなかった」というわけでは決してなく、やがて世に知らしめられる最先端の発想を持って特許庁に挑んでおられた、ということになるのかもしれないが・・・。

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