“リーディングケース”の落ち着きどころ

会社組織再編法制と労働法のルールが交錯する興味深い分野における“リーディングケース”として注目を集めていたIBM転籍訴訟において、ついに最高裁の判決が出された。

「会社分割で新会社に転籍することになった日本IBMの従業員が、同社に転籍の無効の確認などを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第二小法廷(千葉勝美裁判長)は12日、「会社が分割に関して従業員との協議や説明をまったく行わなかった場合には、転籍は無効となる」との初判断を示した」(日本経済新聞2010年7月12日付夕刊・第18面)

結論こそ労働者側の請求棄却、ということで一貫しているものの、その理由づけは地裁から高裁で大きく変わっているこの事件。


前記記事の説明だけでは良く分からないところが多い事件だけに、もう少し見てみることにしたい。

最二小判平成22年7月12日(H20(受)1704号・地位確認請求事件)*1

本件は、

「被上告人(注:日本IBM)が,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき,新設分割の方法により,その事業部門の一部につき会社の分割をしたところ,これによって被上告人との間の労働契約が上記分割により設立された会社に承継されるとされた上告人らが,上記労働契約は,その承継手続に瑕疵があるので上記会社に承継されず,上記分割は上告人らに対する不法行為に当たるなどと主張して,被上告人に対し,労働契約上の地位確認及び損害賠償を求め」た

という事案であった。


会社分割に伴う労働契約の取扱いは、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(労働契約承継法)に定められているのだが、そこで規定されている労働者のうち、

第2条1項
1号 当該会社が雇用する労働者であって、承継会社等に承継される事業に主として従事するものとして厚生労働省令で定めるもの

については、会社分割契約で労働契約の承継が定められれば、そのまま契約が承継会社に引き継がれるものとされており(3条)、労働者としては「分割契約で承継が定められなかった場合」に異議申し立てができる(4条1項)のみであって、「労働契約が引き継がれることへの異議」を申し立てる機会は法文上は用意されていない。


一方、労働契約承継法は、2条1項2号で定義される、

「当該会社が雇用する労働者(前号に掲げる労働者を除く。)であって、当該分割契約等にその者が当該会社との間で締結している労働契約を承継会社等が承継する旨の定めがあるもの」

については、労働契約が承継されることについて異議を申し立てることができる(5条1項)こととしている。


本件はそのような状況で、2条1項1号に該当する、とされた労働者たちが、被上告人から承継会社への労働契約承継の効果を争った事件だったのである。


これにつき、最高裁が下した判断はどのようなものだったのか。


最高裁は、3条に基づき契約が自動承継される労働者が承継の効力を争うことができる可能性について、以下の通り判示した。

「法は,・・・・5条協議として,会社の分割に伴う労働契約の承継に関し,分割計画書等を本店に備え置くべき日までに労働者と協議をすることを分割会社に求めている(商法等改正法附則5条1項)。これは,上記労働契約の承継のいかんが労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから,分割会社が分割計画書を作成して個々の労働者の労働契約の承継について決定するに先立ち,承継される営業に従事する個々の労働者との間で協議を行わせ,当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって,労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものと解される。」
「ところで,承継法3条所定の場合には労働者はその労働契約の承継に係る分割会社の決定に対して異議を申し出ることができない立場にあるが,上記のような5条協議の趣旨からすると,承継法3条は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としているものと解される。この点に照らすと,上記立場にある特定の労働者との関係において5条協議が全く行われなかったときには,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。」
「また,5条協議が行われた場合であっても,その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には,分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。」
(5頁)

そしてその上で、本件で行われた5条協議については、

「被上告人は,従業員代表者への上記説明に用いた資料等を使って,ライン専門職に各ライン従業員への説明や承継に納得しない従業員に対しての最低3回の協議を行わせ,多くの従業員が承継に同意する意向を示したのであり,また,被上告人は,上告人らに対する関係では,これを代理する支部との間で7回にわたり協議を持つとともに書面のやり取りも行うなどし,C社の概要や上告人らの労働契約が承継されるとの判別結果を伝え,在籍出向等の要求には応じられないと回答したというのである。」
「そこでは,前記2(3)のとおり,分割後に勤務するC社の概要や上告人らが承継対象営業に主として従事する者に該当することが説明されているが,これは5条協議における説明事項を前記のとおり定めた指針の趣旨にかなうものというべきであり,他に被上告人の説明が不十分であったがために上告人らが適切に意向等を述べることができなかったような事情もうかがわれない。なお,被上告人は,C社の経営見通しなどにつき上告人らが求めた形での回答には応じず,上告人らを在籍出向等にしてほしいという要求にも応じていないが,被上告人が上記回答に応じなかったのはC社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり,また,在籍出向等の要求に応じなかったことについては,本件会社分割の目的が合弁事業実施の一環として新設分割を行うことにあり,分割計画がこれを前提に従業員の労働契約をC社に承継させるというものであったことや,前記の本件会社分割に係るその他の諸事情にも照らすと,相応の理由があったというべきである。そうすると,本件におけ5条協議に際しての被上告人からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかであるとはいえない。」
(7-8頁)

と評価し、結論としては、「被上告人の5条協議が不十分であるとはいえず,上告人らのC社への労働契約承継の効力が生じないということはできない。また,5条協議等の不十分を理由とする不法行為が成立するともいえない。」とした。


また、労働者側が協議義務違反を争っていた承継法7条に基づく協議については、

「分割会社は,7条措置として,会社の分割に当たり,その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされているが(承継法7条),これは分割会社に対して努力義務を課したものと解され,これに違反したこと自体は労働契約承継の効力を左右する事由になるものではない。7条措置において十分な情報提供等がされなかったがために5条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に,5条協議義務違反の有無を判断する一事情として7条措置のいかんが問題になるにとどまるものというべきである。」

と、7条措置違反を直接の理由として契約承継の効果を争うことについて消極的な姿勢を示し、そのうえで「7条措置が不十分であったとはいえない」として、結局、労働者側の訴えを退けた。

最高裁判決に至るまでの紆余曲折

さて、最高裁は上記のように、5条協議義務違反を理由として2条1項1号労働者の労働契約承継の効果を争う余地を認めつつ、結論として本件における労働契約承継の効果を肯定したのであるが、このような判断に至るまでには下級審段階での紆余曲折があった。


第一審である横浜地裁(横浜地判平成19年5月29日)は、

「会社分割の無効事由が認められない限り,会社分割の効果である労働契約の包括承継自体の無効を争う方法はないといわざるを得ない」

という前提に立ち、

「5条協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合には会社分割の無効の原因となり得る」

としたのであるが、労働契約承継を巡る協議云々の問題だけで、会社分割無効の訴えのルートによることなく、「会社分割全体の効果」まで否定するのはさすがに重いと裁判所は考えたのだろう。


控訴審(東京高判平成20年6月26日)では、

分割会社が5条協議義務に違反したときは,分割手続の瑕疵となり,特に分割会社が5条協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合には,分割の無効原因となり得るものと解されるが,その義務違反が一部の労働者との間で生じたにすぎない場合等に,これを分割無効の原因とするのは相当でなく,将来の労働契約上の債権を有するにすぎない労働者には分割無効の訴えの提起権が認められていないと解されることからしても,5条協議義務違反があった場合には,一定の要件の下に,労働契約の承継に異議のある労働者について,分割会社との間で労働契約の承継の効力を争うことができるようにして個別の解決が図られるべきものである。」

として、会社分割無効の問題と労働契約承継の効力の問題を切り分けた。


そして、具体的に承継の効力を争いうる場面については、

「会社分割においては,承継営業に主として従事する労働者等の労働契約を含め分割計画書に記載されたすべての権利義務が包括的に新設会社に承継される仕組みが取られており,会社分割制度においては,その制度目的から,会社分割により労働契約が承継される新設会社が分割会社より規模,資本力等において劣ることになるといった,会社分割により通常生じると想定される事態がもたらす可能性のある不利益は当該労働者において甘受すべきものとされているものと考えられること,分割手続に瑕疵がありこれが分割無効原因になるときは分割無効の訴えによらなければこれを主張できないとされており,個々の労働者に労働契約の承継の効果を争わせることは,この分割無効の訴えの制度の例外を認めるものであり,会社分割によって形成された法律関係の安定を阻害するものであることを考慮すれば,労働者が5条協議義務違反を主張して労働契約の承継の効果を争うことができるのは,このような会社分割による権利義務の承継関係の早期確定と安定の要請を考慮してもなお労働者の利益保護を優先させる必要があると考えられる場合に限定されるというベきである。この見地に立ってみれば,会社分割による労働契約の承継に異議のある労働者は,分割会社が,5条協議を全く行わなかった場合若しくは実質的にこれと同視し得る場合,または,5条協議の態様,内容がこれを義務づけた上記規定の趣旨を没却するものであり,そのため,当該労働者が会社分割により通常生じると想定される事態がもたらす可能性のある不利益を超える著しい不利益を被ることとなる場合に限って,当該労働者に係る労働契約を承継対象として分割計画書に記載する要件が欠けていることを主張して,分割会社との関係で,労働契約の承継の効果を争うことができるものと解するのが相当であるというべきである。」

という一見してかなり高いハードルを示したのである。


また、地裁判決では、

「仮に7条措置の不履行が分割の無効原因となり得るとしても,分割会社が,この努力を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合に限られるというべきである。」

と、5条協議義務と同格であるかのような書き方がなされていた7条措置の問題についても、

「労働契約承継法7条の規定は,その文言から明らかなとおり,分割会社に対し,承継営業に主として従事する労働者の労働契約の承継を含む会社分割について,分割会社の全労働者を対象として,その理解と協力が得られるよう努力する義務を課したものであり,したがって,仮に7条措置が十分に行われなかったとしても,そのことから,当然に会社分割の効力に影響を及ぼすものということはできず,仮に影響を及ぼすことがあったとしても,せいぜい5条協議が不十分であることを事実上推定させるに止まるものというべきである。」

と今回の最高裁判決につながる判断を示している。

まとめ

以上みてくると、今回の最高裁判決は、「会社分割全体における労働契約承継問題の位置づけ」や、「5条協議義務違反」、「7条措置違反」といった事由と契約承継の効果との関係、といった点に関し、高裁判決の路線を概ね踏襲しているということが分かる。


だが、その一方で、いかなる場合に承継の効果を5条協議義務違反と評価するか、といった点については、言い回しがこれまでの判決とはちょっと異なっており、そこにどのような意味があるのか、というのは結構気になるところ。


最高裁判決を正確に理解するためには、高裁判決と比較して読み比べることが必須だと自分は思っているのだが、この点については、見比べてもなお、最高裁判決の正確な射程を把握できるのかどうか、悩ましいところだな、というのが自分の率直な印象である*2


なお、最高裁での判断は示されなかったが、地裁・高裁と維持されてきた以下のくだりも、会社分割とそれに伴う労働契約承継との関係を考える上で重要だと思うので、最後に引用しておくことにしたい。

憲法22条1項の職業選択の自由には,個人が自ら営業主として又は他の営業主のもとで従業員として職業に従事することを妨げられない自由をいい,これには,従業員の使用者選択の自由も含まれると解することができる。しかしながら,旧商法及び労働契約承継法における会社分割は,労働契約を含む営業がそのまま設立会社等に包括承継されるものであり,当該労働契約は,分割の効力が生じたときに当然に当該設立会社に承継されるのであるから,承継営業に主として従事していた労働者の担当業務や労働条件には変化がないこと,そのため,労働契約承継法においては労働者の同意を移籍の要件としていないことなどからすれば,分割会社の労働者は,会社分割の際に設立会社等への労働契約の承継を拒否する自由としては,退社の自由が認められるにとどまり,分割会社への残留が認められる意味での承継拒否権があると解することはできない。これは,旧商法及び労働契約承継法における会社分割が部分的包括承継であり,このような立法は,企業の経済活動のボーダレス化が進展して国際的な競争が激化しグローバル化が急速に進行する社会経済情勢の下で,企業がその経営の効率化や企業統治の実効性を高めることによって国際的な競争力を向上させるために行う組織の再編に不可欠の制度として整備されたものであってその目的において正当であり,また,労働者保護の観点から,労働者・労働組合への通知(労働契約承継法2条),労働契約承継についての異議申立手続(同法4条,5条),7条措置,5条協議を定めていることからすれば,上記立法は合理性を有するものである。したがって,旧商法の会社分割の規定及び労働契約承継法中に承継の対象となる労働者について承継を拒否できる旨の規定がないことをもって,違憲・違法となるものではない。また,EUの企業譲渡における労働者保護指令中の雇用関係の自動移転条項の解釈として,移転を望まない労働者が譲受会社での就労を強制されないとして就労拒否の自由があることは認められるものの,当然に,譲渡会社との雇用関係が維持されるものではないと解されているのであって,原告らの主張を根拠付けるものではない。なお,承継される営業に主として従事する労働者として分割計画書に記載された労働者の一部について5条協議が全く行われなかったか実質的にこれと同視し得る場合にあっては,当該労働者については,承継の効果は否定されると解することができるとしても,前記認定判断のとおり,原告らに関する5条協議がこのような場合に当たると認めることはできないから,原告らの上記主張はいずれも理由がない。」

*1:第二小法廷・千葉勝美裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100712111131.pdf

*2:「分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合」という言い回しを、高裁判決と同レベルの高いハードルを課したものと読むべきなのか、それともそれとは異なる独自の基準を示したものと読むべきなのか・・・。

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