大学における研究活動と職務著作(上)

最近、知財高裁で控訴審判決が出るタイミングがかなり早くなっているような気がする。


東京地裁で充実した審理を行うだけの余裕ができたこともあって、控訴しても新たに主張立証できるようなことはほとんどない、といった事情があるのかもしれないが、第一審判決が出てから半年も経たずに控訴審判決が出る、という状況では、事件を追いかける方も大変だ(笑)。


今回取り上げる事件もそんな事案で、今年の2月18日に第一審判決が出た後、8月4日には控訴審判決が出されている。


本件で争点になっている、大学との共同研究の成果が、大学に所属する研究者との関係で職務著作に当たるか、という問題は、実務に携わる人々の間ではかねてから話題になっていたところで、筆者個人の関心も強かったところ。


結論としては、第一審で研究者個人への権利帰属が否定される形となり、前記のとおり控訴審もあっさりと第一審の結論を是認する形となったが、その過程で裁判所がどのような判断を行ったのか、追ってみていくことにしたい。

東京地判平成22年2月18日(H20(ワ)第7142号)*1

原告:A
被告:国立大学法人北見工業大学


原告は被告の准教授で、環境分析化学,環境水質工学及び無機化学を専攻していた者であり、平成5年4月15日以降、被告が北見市との間で行っていた共同研究*2に研究代表者として参加していた。


ところが、原告は、平成17年3月17日付で停職4ヶ月の処分を受け*3、平成16年度、17年度の上記共同研究に参加できなくなった。


そして、原告が参加できなくなった平成16年度・17年度において、別の被告教員が共同研究に参加して作成し、「国立大学法人北見工業大学」の名義で印刷発行し、北見市等へ頒布した研究報告書等が、平成15年度に原告が作成した研究報告書に“類似”したものであったことから、原告が複製権・同一性保持権侵害に基づく発行又は頒布の差止めと、同一性保持権侵害に基づく1100万円の損害賠償を求めて提訴したのが本件である*4


元々自分が担当していた仕事を別の者が引き継いだ際に、

「後任者が自分の作成した成果物をベースに新しい成果物を作るのはけしからん」

著作権に基づく差し止め等の請求を行う、というのは、懐かしの計装士講習資料事件*5を彷彿させる展開であり、訴えが裁判所に持ち込まれた背景に訴訟の主題以外の根深い何かがあることが伺われる、という点でも、かの事件との共通性が感じられるところである。


もっとも、講習資料事件の原告が普通の会社員だったのに対し、本件原告は「大学の研究者」というポジションにあった。


そして、

「大学における研究者には,学問の自由(憲法23条),表現の自由憲法21条)による独立性が保障されており,研究者は大学の手足となって研究活動を行うものではなく,大学から研究内容につき指揮監督を受ける関係にもない。」(原告主張15頁)

という理解が一般的であることや、

・大学との共同研究においては、個々の研究者と外部の担当者が研究内容等について直接打ち合わせをして話を進めていくことが一般的で、大学の担当者はあくまで事務手続上の「窓口」として関与するにとどまることが多いこと
・本件被告の職務発明規程には、プログラム・データベース著作物以外の著作物について明確な規定が置かれておらず、他の大学の規程においても、一般著作物については同様の扱いとなっていることが多いこと

といった大学の共同研究に関する特殊事情などから、本件では異なる判断が下される可能性も出てくることになったのである。

職務著作該当性判断について

さて、このような状況の下、東京地裁は次のような判断を下した。


まず、職務著作該当性(著作権法15条1項該当性)について、

「本件各共同研究は,北見市等からの共同研究の申請を受けて被告内部における意思決定を経た後,被告と北見市等との間で締結された各共同研究契約に基づき実施されたものであること,本件各平成15年度報告書は,これらの共同研究契約における「被告及び北見市(又は協議会)とは,双方協力して,本共同研究の実施期間中に得られた研究成果について報告書を,本共同研究終了後にとりまとめる」との約定(4条)に基づき契約上の義務の履行として作成されたものであることが認められる。」(41頁)

と、被告の「北見工業大学共同研究取扱規程」及び共同研究契約書を文言に忠実に解釈することによって、「使用者の発意」を肯定し、「北見市が被告に対する共同研究を申し込む以前に原告から研究参加の内諾を得ていた」という事実の存在をもってしても、その判断は左右されない、とした*6


また、「職務上作成」要件については、

「原告と被告との間(ただし,平成16年4月1日の法人化以前は国との間)には雇用関係があったこと」
「原告が平成15年度の本件各共同研究に研究担当者として参加し,研究代表者を務めたのは,被告が北見市等との間の各共同研究契約に基づき,原告を研究担当者として本件各共同研究に参加させる旨を約定したことによるものであること」
「被告は,上記各契約上の義務として,本件各共同研究の終了後に,北見市等と協力して共同研究の実施期間中に得られた研究成果についての報告書をとりまとめる義務を負っており(4条),原告は,被告の研究担当者として,上記約定に基づき本件各平成15年度報告書を作成したこと」
(42-43頁)

を認定したうえで、これをあっさり肯定し、

「大学における研究者には,学問の自由や表現の自由憲法上保障されており,大学から研究内容につき指揮監督を受ける関係にはなかった,学外機関から依頼された研究の担当者になることやその研究に係る報告書を作成することは,大学内における研究者の通常の職務の範囲外の事柄である」

旨の原告の主張も、

「原告は,被告に対し,自ら各共同研究計画書を提出して(なお,被告規程7条は,被告の学長は,民間機関等の長から共同研究の申込書を受理したときは,研究代表者に所定の共同研究計画書を提出させるものとする,と定めており,同計画書の提出はこの定めに基づく手続として行われたものと認められる。),被告が北見市等との共同研究の受入れを承認し,北見市等との間で共同研究契約を締結した場合には,同契約の内容に則って,共同研究に参加する旨を申し入れたこと,被告は,北見市等から提出された各共同研究申請書(研究の目的及び内容や研究の要領等は,原告が被告に提出した各共同研究計画書の内容と同一である。)に基づいて,北見市等との間で,研究目的及び内容,研究実施場所や研究期間,共同研究に従事する者や役割,研究経費の負担,実績報告書の作成や研究成果の取扱い等について定めた各共同研究契約を締結し,これら契約に基づく義務を負担したこと,被告は,原告からの共同研究への参加の申入れを受けて,原告を被告の研究担当者として本件各共同研究に参加させたことが認められる。また,被告規程12条によれば,被告と民間機関等との共同研究を実施した場合において,当該共同研究が完了したときは,研究代表者は,所定の報告書により学長に報告しなければならないとされている。これらの事実や被告規程の内容等に照らせば,被告は,北見市等との間で締結した各共同研究契約の範囲内において原告が共同研究を実施するように,原告を指揮監督し,原告は,被告から上記の指揮監督を受けていたというべきである(なお,本件において,上記指揮監督関係があったからといって,原被告間において学問の自由等の侵害の問題が生じることはないことは上に述べたところから明らかである。)。」
「そして,上記事実に照らせば,原告が共同研究に参加する旨を申し入れ,被告がこれを受けて原告を被告の研究担当者として本件各共同研究に参加させたことにより,原告が本件各共同研究に従事し,北見市等との間の共同研究契約に基づき,実績報告書を作成することは,被告に所属する研究者としての原告の職務の内容となっていたというべきである。」(43-44頁)

と共同研究スキームの“建前”を前面に押し出して退けた。


そして、「著作名義」の点については、

「表紙下部中央に「北見工業大学地域共同研究センター」「北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室」との記載がある」(45頁)

ことを認定したうえで、これを

「その記載部位や「まえがき」に記載された報告書の位置付け等に照らし,報告書の著作名義を記載したものであると認められる。」
北見工業大学地域共同研究センター及び北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室は,いずれも,北見工業大学(被告)を構成する部門(部署),あるいは,これらの下部組織であるから,本件北見市環境調査報告書(略)は,被告の著作名義の下に公表したものであるといえる。」
(45頁)

と判断した*7


さらに、「契約、勤務規則その他に別段の定めがないこと」という点については、

「同規程(注:職務発明規程)は,国立大学法人北見工業大学の職員等が行った発明等の取扱いについて規定し,その発明者の権利を保護することにより,発明等の奨励及び研究意欲の向上を図ることを目的とするものであり(1条),プログラムの著作物及びデータベースの著作物について(2条一オ),被告は職務発明等にかかる知的財産権の全部又は一部を承継し,これを所有するものとすることや特別の事情がある場合には職員等に帰属させることができる旨を定めるものである(6条)。」
同規程は,上記目的の下に,著作権法15条によれば,権利の承継を経るまでもなく,被告が著作者として著作権を有することになるものについて,プログラムの著作物やデータベースの著作物の性質に鑑みて,これら著作物については,特に,特許法等の規定する「発明」(特許法35条においては,職務発明について特許を受ける権利若しくは特許権は原始的に従業者に帰属する。)に含め,職員等が著作者となり,被告は職員等から著作権の承継を受けるものとしたものであると解される。したがって,同規程は,プログラムの著作物やデータベースの著作物については,上記「別段の定め」に当たると言い得ても,これら以外の著作物については,何ら規定していないと言わざるを得ない。」
(48頁)

と、「規定の欠缺」を深読みすることなく、シンプルな判断を示し、結論として職務著作該当性を肯定して、著作権に基づく原告の請求をすべて退けたのである。


「関係規程における著作権帰属関連規定の空白」という点についていえば、元々、関係規程における権利帰属規定が特許法35条を意識して作成されているものである上、多様な著作物を包含する「著作権」の帰属にまで言及すると収拾が付かなくなる恐れがあること、大学の研究者の著作物に職務著作規定が適用されるか否かについて明確な指針がなかったことなどから、“書かぬが仏”的な発想で入れていなかった、というのが現実だろうと思われる*8


そして、そういった状況の下で、大学と共同研究パートナーとの間で見解が分かれたまま何となく「空白の」契約が交わされ、法的な位置づけが曖昧なまま話が進んでいくことが多かった中、共同研究の成果たる「報告書」が、「職務著作」であって大学に権利が帰属するものである、という旨を初めて明確に示した本判決の意義は大きかった、といえるだろう。


それでは、続いて控訴審で示された判断はどのようなものであったのか、稿を改めて見ていくことにしたい。


→「大学における研究活動と職務著作(下)」(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20100814/1281965388)に続く。

*1:第47部・阿部正幸裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100224152811.pdf

*2:北見市環境調査研究(平成5年〜平成16年3月)、常呂川水系水質調査研究(平成5年〜平成16年3月)、一般廃棄物処理に関する環境調査等(平成13年〜平成16年3月)

*3:原告は懲戒処分無効を訴訟で争い、和解によって停職期間は2カ月に短縮されている。

*4:原告は、予備的に一般不法行為に基づく同額の損害賠償請求も行っている。

*5:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060308/1141751652参照。

*6:判決でも述べられているように、原告が懲戒処分を受けて共同研究に参加できなくなった後も、北見市は被告との共同研究を継続しているのであり、「使用者の発意」の存在を否定するための材料として強調できるほど、原告の本共同研究における存在感が強かった、とまで言うのは難しかったように思われる。

*7:講習資料事件とは異なり、本件では、原告の氏名表示が著作物全体の著作名義に当たると判断できるような事情はないから、この点の判断があっさりしたものになるのも当然のことだろうと思う。

*8:文部科学省の共同研究契約のモデル書式においても、「プログラムの著作物及びデータベースの著作物」しか対象にされていないのであって(http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t20020329006/img/t20020329006_y0000002.pdf)、それを前提とすれば、これらの著作物についてのみ職務発明規程で定めておけばよい、と考えても不思議ではない。