何かに守られているという幻想。

これまで、いろんな人と接する中で、その人なりの価値観があることを知り、ある程度は理解するようにしてきたつもりではあるのだが、やはり、“組織に守られて生きていこう”的な価値観の人間を目の前にすると、永遠に相容れないだろうなぁ・・・というものを感じる。


「組織」が「個人」を守る力にはどうしても限界があるし、時には「組織」がよってたかって「個人」を押しつぶすことだってある。


そもそも、今みたいな時代に、「個人」を守り続けられるほどの強い組織が、10年、20年と存続する保証がどれほどあるというのだろう?

攻撃こそ最大の防御。

ゆえに、どこにいようが、給料で養われていようが、自分の看板で商売することになろうが、自分の最低限の“安心”を守り続けるために、(周りに迷惑にならない程度に)果敢に攻め続けないといけない、という、というのが自分のある種の信念なわけで*1、それを他の人に押し付ける趣味はないのだけれど、まったく違う価値観を目の前に突き付けられると、何百メートルも引いてしまいたくなるのは事実。


もっとも、自分自身、“その気になれば守られて生きることができる”場所にいることは否定しないし、単に組織の中にいる、ってだけで、冒頭のような価値観の人と同類に括られてしまいがち、という現実もあるがゆえに、余計に苛立っているのかもしれないけれど・・・。



いずれは、自分自身の明快な行動で、口先だけの信念じゃない、ってことを証明できる日が来ると信じている。


そして、その時が来るまでに流されてしまわないように、このエントリーは自分自身に向けての戒めでもある。

*1:安バイトの給料日前の1週間だか2週間だか、を、一日一杯、80円か90円かのカップラーメンで食いつなぐような生活には二度と戻りたくないから・・・(苦笑)。