“書籍電子化代行業“は適法か?

怖いもので、この業界はちょっと油断すると、次々に新しい話題が出てくる。


今日の日経紙のコラム*1で取り上げられていた「書籍の電子化代行業」もその一つで、自分がこの業界の話題にすっかり疎くなっている間に、いつの間にかネット上でも頻繁に取り上げられる話になっていたようだ。


記事によれば、最近流行っている“電子化代行業”というのは、

「顧客から本が送られてくると、ページを切り離してスキャンし、PDFファイルなどにして納品する」

というサービスであり、「iPad」等の携帯型端末で利用するために、「消費者自らが手持ちの本を電子化する」ことを目的としたものだということ。


別にスキャンなんて、スキャナー買って自分でやればいいじゃないか、と思ったりもするのだが、代表例として取り上げられている「ブックスキャン(大和印刷)」では、350ページまでの本のスキャンを100円でやってのける、というのだから、“それだったら頼んだ方が楽だし早い”と思うユーザーが出てくることは容易に想像が付く。


で、そんなユーザーが増えるにつれてどんどん広がってきたこの種のサービスが、著作権法上適法かどうか、というのが、今回のコラムにおける最大のテーマだったわけだが・・・・



確かに、著作権法の条文に照らすなら、このような代行サービスが介在する時に、「私的複製の範囲内」と直ちに言えるかは疑問も残るところだろう。


だが、個人的には、この種のサービスを、杓子定規に「私的複製の範囲逸脱、ゆえに複製権侵害」とするのは、いかがなものかと思うし、コラムの中でも紹介されている、

「代行業者は利用者の依頼によって複製しているだけなので、広義の「私的複製」にあたる可能性はある」(大和印刷の顧問を務める山川典孝弁護士)

といった見解に共感するところは多い。


日経紙は、これまでの判例・裁判例で形成された「カラオケ法理」が、あたかも上記サービスの“脅威”となっているかのような解説もしているのだが、そもそも「カラオケ法理」なるものは、本来「適法な著作物利用行為に第三者が介在していればいかなる場合にも適用される」という性質のものではない*2


例えば、ストレージサービス事業者の侵害主体性を認めた(悪名高きw)「MYUTA」事件の判決(東京地判平成19年5月25日)でも、その認定に際しては、

「ユーザーが、本件ユーザソフトを用いずして、CD等の楽曲の音源データを「再生可能な形で携帯電話に取り込むことに関しては、技術的に相当程度困難である」こと」

という“特殊性”を指摘しているのであり*3、裁断機とスキャナーを使えば誰でも容易にできる作業を、事業者が“効率的かつ安価に行う”というだけの本件のようなサービス*4に、前記判決の侵害主体性判断をそのままあてはめることはできないだろう*5


また、自分の買った本を1冊分の範囲内でデジタルデータ化する、という話であれば、損害の発生すら観念しにくい*6


もちろん、デジタルデータ化すれば、そこから派生して複製物が無限に生成されることになる可能性は否定できないのだが、その程度の“可能性“のレベルで“自炊”行為を違法とし、差止めないし損害賠償請求を認めるのは、ちょっと難しいような気もする。


日経紙は、

「この新サービスは、著作権法上は微妙な位置にある。」

という評価を与えた上で、

「利用者が自分のスキャナーでPDFを作成するのは私的複製だが、営利目的の業者がかかわっている場合は違法だ」
日本文芸家協会三田誠広副理事長のコメント)

というコメントなども紹介したりもしているが、現実に紛争に発展しうるか、そして、紛争に発展した場合に、訴えた側を支える論拠がどの程度あるのか、ということを考えていくと、権利者側としても心もとないのではなかろうか。


いずれ、安価なスキャニングのためのツールが普及したり、書籍の電子化が飛躍的に進んでいくことによって、消えていく可能性が高いサービスとはいえ、大手の会社(キンコーズなど)が躊躇する間隙をぬってこの種の“代行”サービスを世に出したのは、ベンチャー経営者の一つの勇気といえるだろう。


議論が誤った方向にいかないように、見守っていく必要があるのではないか、と個人的には思うところである。

*1:日本経済新聞2010年9月20日付朝刊・第16面。

*2:判旨だけ見れば、あたかも利益さえ帰属していれば事業者が侵害主体になるかのように読める裁判例がないわけではないが、そのような事件でも、実質的な価値判断にもう少し踏み込んだ上で、侵害主体を認定しているというのが現実ではなかろうか。

*3:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070530/1180457919参照。

*4:少なくともこの記事を見る限りは、事業者はその“効率性、安価性”の対価として報酬を受け取っているに過ぎないように思われる。

*5:なお、日経紙は「カラオケ法理」そのものに問題があるかのような指摘をしているのであるが、自分は直接の利用主体ではない事業者の侵害主体性を認めるべき場面も現実にはあると思っていて、その範囲においては「カラオケ法理」にも一定の意味はあると考えている。問題なのは、「カラオケ法理」がとめどなく拡張的に適用されてしまうことであり、法理自体に根源的な欠陥があるとまでは言えない、と自分は思う。

*6:コピーであれば、「1冊」が「2冊」になる、ということをもって損害の発生を観念する余地があるかもしれないが、裁断後スキャニングする、という話であれば、「紙媒体の書籍の消滅後、デジタルデータとしての書籍が誕生する」というだけで、新たな「1冊」が生まれるということにはならない。

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