不可解な“釈放”

あっという間に、日中の外交関係を揺るがすような問題に発展してしまった、尖閣諸島沖漁船船長の公務執行妨害事件。


強気のコメントと微妙に弱気のコメントが日々交錯したあげく、最後は、勾留延長期限の満期を待たずに、被疑者を処分保留で釈放する、という不可解な決着となった。


しかも、よせばいいのに、那覇地検鈴木亨次席検事が、

「日本国民への影響や今後の日中関係を考慮すると、これ以上身柄を拘束して捜査を続けるのは相当でない」

などという政治色の強いコメントを出してしまったものだから*1、国内的にも上へ下への大騒ぎ。


「今後の日中関係を配慮」したにもかかわらず、25日付の夕刊では、中国外務省がますます強硬姿勢をエスカレートさせて、「違法勾留」だの「謝罪と賠償の要求」だのといった声明を出したことが報じられているから、こうなると踏んだり蹴ったり、というほかないのだが、今さら我が国の側に切れるカードが残っているわけでもないので、もはやどうしようもない状況だといえるだろう。


で、第一報を聞いた時に、一瞬でこれは吹くなぁ・・・と予感した通り、ネット上は今回の政府/検察の判断への批判と中国への怨嗟の声で満ち溢れていて、中には、今から約120年も前の「大津事件」を引っ張り出して、今回の対応を批判する声まで上がっている。


自分も、ニュースを聞いた時に真っ先に頭に浮かんだのが「大津事件」だったから、こういった反応はあながち的を外したものではないと思うのだが、「大津事件」と単純に比較する前に、以下の点については留意しておく必要があるだろうと思う。


まず、「大津事件」で問題となったのが、「裁判所(大審院)」という司法機関に対する政府からの有形無形の圧力だったのに対し、今回問題とされているのは、あくまで検察官(及びその所属組織である検察庁)に対する“力”だということ。


検察という組織は、一応準司法的機関として位置づけられ、検察官にも高度の独立性が認められているものの、形式的にはあくまで行政機関に属する組織である*2


したがって、あくまで権力から分立していなければならない裁判所とは異なり、検察庁が国の方針に沿って被疑者を釈放したとしても、それ自体が直ちに三権分立を害したり、司法権の独立を侵す、といった話にはならないことに注意しなければならない*3



また、「大津事件」は、本来無期懲役が相当だった事件であるにもかかわらず、政府が法律を拡張解釈して、被告人を「死刑」とすべきと主張して問題となった事件だった(つまり、行政の意向に従えば、罪が重くなる事件だった)のに対し、本件は、被疑者への処分を“軽く“する方向で、見えない力が働いたこと、とされている事件である。


起訴便宜主義が採用されている我が国では、違法な行為があったから、といってすべてを起訴するわけではないし、政治的に複雑な事情があるがゆえに処分を軽くする、という話も、過去には多くあったことだろう(単に表沙汰になっていないだけで)。


しかも、今回の一連の身柄拘束の理由となった被疑事実が、「公務執行妨害」という、通常これ単独で起訴することは珍しいし*4、仮に起訴したとしても被告人が否認すると結論がどう転ぶかわからない、という犯罪類型だったことを考えれば、あえて起訴しない、という判断も十分に考えられるわけであって、「身柄を釈放する」という判断自体が、イレギュラーだったとまでは言えないような気がする*5



もちろん、強気のコメントを出して勾留延長した直後に被疑者の身柄を釈放することが妥当だったのかどうか、など、判断するにしても、もう少し考えればよかったのに・・・という点はいろいろとある。


逮捕後速やかに釈放するか、少なくとも最初の勾留の満期日くらいのタイミングで船長を返しておけば、中国当局もここまで拳を振り上げる必要はなかったはずで、本件の問題点は“タイミングの悪さ“に尽きるような気がするのであるが・・・((逆に、勾留延長満期ギリギリまで引っ張って、中国国内で身柄拘束されている日本人の即時解放の目星を付けてから釈放するようにすれば、一方的に攻められるような事態は避けられたかもしれない(かなりのリスクを伴う戦術ではあるが)。



今後の帰趨にも注目しながら、見ていくことにしたい。

*1:そして、それに乗っかる形で官房長官が「地検の判断なので・・・」などと責任転嫁するもんだから

*2:実質的に機能する場面がかなり制限されているとはいえ、法務大臣による指揮権等が究極的には認められる、というのも、このような性格に由来するものだといえるだろう。

*3:逆に、それゆえに官房長官の発言が余計に白々しく聞こえてしまうのである。

*4:公安事件ならともかく、一般の刑事事件であれば、他の罪名をくっつけるか、他の罪名に切り替えて起訴する方が多いのではないか。

*5:これが、シー・シェパード事件のように傷害罪あたりまで罪名になってくるような事件であれば、さすがに今回のような対応にはならなかっただろう。

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