暴かれた“偽造”

知財分野における紛争の中でも、商標の不使用取消をめぐる紛争には“きな臭い”ものが多い、ということは、かねてから指摘されていたことで、特に「使用証拠」として提出される伝票等の取引書類やパンフレット等の中に、真偽が定かでないものが混ざっていることがある、というのは、良く聞く話ではあったのだが、それを裏付けるようなセンセーショナルな記事が新聞紙上に踊った。

登録商標の取り消しを免れる目的で、偽造した納品書を特許庁に提出して審判を受けたとして、警視庁生活経済課は6日、家電製造業「石崎電機製作所」(東京・台東)社長、石崎博章容疑者(47)ら同社役員2人を商標法違反(詐欺行為による審判)容疑で逮捕した。」(日本経済新聞2010年10月6日付夕刊・第17面)

実は、問題となった商標「SURE」の不使用取消をめぐる事件そのものについては既に決着が付いている。

今回逮捕された容疑者らが、当時保有していた3件の「SURE/シュアー」商標について、首尾よく特許庁での不使用取消審判で不成立審決を受けた(平成19年11月9日)後、審判請求人であるシュアーインコーポレイテッドは、審決取消訴訟を提起した。

そして、平成20年10月29日に言い渡された判決*1において、知財高裁は以下のような事実を認定して、特許庁の審決を取り消したのである。

各取引書類(略)*2の記載内容はたやすく信用できるものではなく,したがって,これらによって,本件売買1及び2が存在したものと認めることはできない。その理由は,以下のとおりである。

(1) 存在すべき取引書類の不提出等
ア 本件売買1及び2が真実存在したのであれば,本件売買1及び2に関し,アズマ作成に係る注文書,商品受領書等が存在し,石崎電機においてこれらを所持しているのが通常であると考えられるところ(なお,被告は,本件売買1及び2に係る注文等が口頭によりなされた旨主張するものではない。),被告は,本訴において,これらの取引書類を提出しないばかりか,審決において認定判断の対象となった書類でないとして,「提出の必要はない」と主張している
イ また,本件売買1及び2が真実存在したのであれば,上記1(1)エ(ク)及びク(ク)のとおり本件納品書(控)1及び2に押捺された「領収済」との各印の存在に照らし,石崎電機は,アズマに対し,本件売買1及び2に係る各領収証を発行し,
その各控えを所持しているのが通常であると考えられるところ,被告は,本訴において,そのような領収証の控えを提出しない
ウ さらに,本件売買1及び2が真実存在したのであれば,本件売買1及び2の時期(平成16年7月1日及び平成17年8月18日)に照らし,アズマは,本件審判請求がされた日(平成18年3月31日)ころには,本件納品書(控)1及び2に対応する各納品書又はそれらの写し並びに上記イの各領収証又はそれらの写しを所持していたものと考えられるところ,甲33回答書(照会事項4に対する回答)によれば,アズマと石崎電機との間には,現在まで30年以上にわたる取引関係があるものと認められるのであるから,被告において,アズマの協力を得て,そのような納品書及び領収証を提出することにさほどの困難があるとは考えられないにもかかわらず,被告は,本訴において,そのような納品書及び領収証を提出せず,また,これらに係る文書送付嘱託の申出等の手続もとっていない。
エ 以上のとおり,被告は,本訴において,本件売買1及び2に係る取引書類として存在するのが通常であると考えられるものを提出せず,また,その提出を試みようともしないところ,被告のかかる応訴態度は,上記1の各取引書類の内容の信用性を減殺させる無視できない事情であるというべきである

(2) 本件納品書(控)1の作成日付の遡記
ア 本件納品書(控)1の日付欄に「2004年7月1日」との記載があり,宛先欄に「カブシキカイシヤアズマTEL E」との記載があることは,上記1(1)エ(ア)及び(イ)のとおりである。
イ ところで,証拠(略)によれば,アズマの現在の本店所在地は,Gであり,平成17年4月1日付け本店移転前の同社の本店所在地は,Hであったこと,同社は,昭和53年4月から平成17年3月までの間,契約者を同社,契約者の住所(本店所在地)を上記Hの住所,電話番号を「F」とする電話加入権を有し,当該電話番号を使用していたが,平成17年3月,当該電話番号が「E」に,当該住所(本店所在地)が上記Gの住所(ただし,住所末尾に「I」が付加されている。)にそれぞれ変更されたこと,同社は,少なくとも平成13年1月から平成17年2月までは,上記「E」の電話番号を使用していなかったこと,B個人も,これまで,上記「E」の電話番号を使用したことがないことがそれぞれ認められる。
ウ 上記ア及びイの各事実によれば,本件納品書(控)1に記載された上記「E」の電話番号(これが,アズマの電話番号として記載されたものであることは,その記載位置からみて明らかである。)は,本件納品書(控)1の作成日付である平成16年7月1日及びその前後ころにおいて,アズマ又はB個人が使用していた電話番号ではなく,アズマが平成17年3月以降に使用するようになった電話番号であると認められるから,本件納品書(控)1は,その作成日付である平成16年7月1日又はその前後ころに作成されたものではなく,平成17年3月以降に作成されたものであることが明らかである。そうすると,遅くとも平成16年11月25日には石崎電機の代表者を務めていた被告(略)は,本件納品書(控)1につき,その作成日付を遡らせてこれを作成したものと推認されるところ,このような虚偽の証拠書類を作出する行為は,当該証拠書類自体の内容の信用性はもとより,これに関連する他の証拠書類全体の内容の信用性をも大きく減殺させるものであるといわざるを得ない

(3) 甲33回答書におけるアズマの回答
ア 甲33回答書によれば,アズマは,Dの平成20年7月7日付け申出に係る弁護士照会に対し,次の趣旨の回答をしたものと認められる。
(ア)「アズマは,本件納品書(控)1及び2に対応する納品書を石崎電機から受領したことはない。」
(イ)「アズマは,石崎電機に対し,納入される商品の個数を10個とするような注文を出したことはない。」
(ウ)「アズマは,本件商品案内書1若しくは2に記載された商品又は『SURE』等の文字を名称に含む類似ないし関連する商品を石崎電機から購入したことはない。」
(エ)「アズマは,『SURE』というブランドを付してスピーカーを販売したことはない。」
(オ)「アズマは,『EAST』又は『DeFine』というブランド以外のブランドを付してスピーカーを販売したことはない。」
(カ)「平成16年から平成17年にかけて,アズマが石崎電機に対し注文したのは,スチームアイロン2商品のみである。」
(キ)「アズマは,これまで,石崎電機に対してスピーカーを注文したことは一切ない。」
イ 上記アの回答は,本件売買1及び2の存在を全面的に否定するものといえるところ,本訴において,当該回答内容の信用性を左右する証拠は全く提出されていないことをも併せ考慮すると,当該回答は,本件売買1及び2の存在並びにこれらに係る各取引書類の内容の信用性に強度の疑問を抱かせるものというべきである

取引先とされていた「アズマ」にまでアプローチをかけ、石崎電機が提出した証拠のおかしな部分を徹底して弾劾した原告(及びその代理人)の努力は評価されてしかるべきだろう*3

そして、今までなら、被請求人の嘘が暴かれたところで、“めでたしめでたし”として、終わるはずの話となるはずだった*4

だが、そこで終わらなかったのが今回の話の壮絶なところ。

商標法には、

(詐欺の行為の罪)
第79条 詐欺の行為により商標登録、防護標章登録、商標権若しくは防護標章登録に基づく権利の存続期間の更新登録、登録異議の申立てについての決定又は審決を受けた者は、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。

という規定があるところ、警視庁生活経済課は、上記商標法79条違反罪を「全国で初めて」適用し、冒頭で述べたような逮捕劇に至ったのである*5

これまでとは異なり、本件では、単に「信用性に乏しい」というレベルを超えた、被請求人側の積極的な「偽造」行為が、審決取消訴訟に顕れている証拠関係だけからでも容易に認定できそうな状況にあること*6が大きかったのだろうし、単に取消を免れるのみならず、

「和解金名目でメーカーに現金を求めた」

という被請求人(被疑者)側の行為が、捜査当局のモチベーションをかき立てたのであろう、と推察するが、これまで“出したもん勝ち”的な雰囲気もあったこの分野で厳格な制裁が課されるようになってくると、代理人を務める弁理士の責任もより重くなってくるわけで、今まで以上に神経を使って出す証拠を吟味しないといけなくなる、というのは間違いないところ。


今回の件で、3人の取締役のうち2人が逮捕されてしまった、主不在の会社のホームページに、例の「SURE」の商標がポツンと掲げられているのを見ながら(http://www.sure-ishizaki.co.jp/)、そんなことをふと考えて見た次第である。

*1:知財高判平成20年10月29日(H20(行ケ)10101〜10103、第4部・石原直樹裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081120160054.pdfなど。

*2:判決によれば、石崎電機側が提出した取引書類は、株式会社アズマとの間の取引に係る「商品案内書」、「共同開発納品書」、「共同開発領収証」、「本件納品書(控)」の4点×2であった。

*3:理由に挙げられることこそなかったが、この訴訟で原告が提出した証拠の中には、被告が取引先と主張していた株式会社アズマ代表者に対する事情聴取内容を聞きとったものまであった。

*4:不使用取消審判の取消訴訟で証拠の信用性が否定されたのは決してこの事件が初めて、というわけではないと思う。

*5:ちなみに商標法79条自体は、昔からある規定で、最近導入されたものではないようである。

*6:なんといっても、協力者であったアズマの代表者が、ここまで“正直に”話してしまっているのは、被請求人にとっては致命的だったといえるだろう。

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