「全体最適」と「部分最適」の相克

ここに来て、司法修習生に対する「給費制」復活の動きが、急速に現実化しつつある。

今年に入ってから、かなりの騒ぎはあったものの、「貸与制」適用第1号となる新64期修習生の受け入れ準備が着々と進み、改正裁判所法の施行日を迎えたときには、もはや今日明日のレベルでの“復活”はないと思っていたのだが、このまま行くと、“ウルトラC”の逆転劇も十分に考えられるような状況になってきた。

・・・で、そんな状況を受けて出てきたのが、お馴染み「司法制度改革推進派」の日経新聞の社説。

9月17日の朝刊に掲載された社説は、かなりの物議をかもしたのだが*1、今回のそれ*2もなかなか刺激的だ。

「法曹になれば、社会的な地位と水準以上の収入が期待できる。そうした利益を受ける本人が資格取得に必要な費用を負担するのは世の中の常識だろう。しかしこれまで、修習生には裁判所法に基づき、国が給与を出してきた。同法で課す修習専念義務の補償問題と理解されている。」

「司法制度改革の中で、給費制は世間常識に沿うように改められた。」
「それが18日に開いた民主、自民、公明の幹事長会談で、給費制復活が突然、浮上した。今国会中に裁判所法の再改正を目指すという。国会で決め実施に移ったばかりの制度改革を十分な議論なしで元に戻すのでは、国会の権威は形無しになる。」

前回の社説の際にも指摘したように、法曹になったところで、「社会的な地位」はともかく皆が「水準以上の収入」を期待できるような状況はもはや存在しない、というのが現実だから、上記のような見解に“時代遅れなステレオタイプ感”があることは否めない*3

また、“復活”の経緯が唐突というのは確かだとしても、それに合理的な理由があるなら、急ぐにこしたことはないのだから、そんなところで「国会の権威」を持ち出しても仕方ない。


だが、以下の指摘には耳を傾ける必要があるだろう。

「給費制には年間約100億円の国費が要る。同じ司法予算で、資力のない人を援助する民事法律扶助事業に今年度支出した87億円よりも大きい額だ。」
最高裁によると、新修習生の約15%は貸与を申し込んでいない。修習中の生活を自分でまかなえる人が結構いるのではないか。経済的に余裕のある人たちにまでお金を出すのは、おかしい。」

「給費制復活」を目論む人々の中には、修習生や修習予定者へのヒアリング等の結果をもとに、「皆が望んているから」的な論陣を張っている人もいるのだが、そりゃあ、「お金をもらって修習を受けるか、それとも返さなければいけないお金で修習を受けるか」と聞かれれば、当事者は

「お金もらって受ける方がいい」

と言うに決まっている。

問題は、そういった「法曹」という一部の特殊な身分の人々にとっての一種の“部分最適”が、限られた予算の枠の中で運営される司法制度全体の利益にかなっているのかどうか、法科大学院制度を設け、合格者数を増加させた(その分、金銭面はともかく労力面では、資格取得までにかかるコストは格段に軽減された)代償として設計された「貸与制」を一部の階層の人々の利益のためだけにひっくり返すことが、果たして社会の共感を得られるのか、ということにある。

突き詰めて議論をしていくとキリがないところはあるが、「100億円」というバカでかい金額を見せられてもなお、修習生全員に対する「給費制」を維持せよ、と主張する者には、法曹以外の国民を敵に回す覚悟が必要だ、と個人的には思うところである。


ちなみに、復活するとしても、あくまで激変緩和のための(というか、実質的には最後の現行型修習生救済のための)時限措置、ということのようだから、いずれは「貸与制」時代がやって来るのは間違いない。

その時、日弁連が今回と同じように、バカの一つ覚えで“給費制廃止反対”を叫び続けるだけなのか、それとも、現実的、合理的な駆け引きを見せるのか*4、は一つの見ものだろう。

少なくとも1年は猶予をもらったのだから、これで、今年の夏と同じことをやって結局・・・ということになるのだったら、そんな団体に存在価値などない、と言わざるを得ないと思うのだが・・・


(追記)
結局、11月26日の参院本会議で「給費制」を1年継続する議員立法が可決成立し、来年10月末まで給費制が維持されることになった、とのこと。

きちんと必要性についての議論を尽くさないまま、毎年毎年“暫定”で制度を延長していく(租税関係の特別措置法にはよくこういうのがあるけど)、といったような愚かなことは断じてしないで欲しい*5、というのが自分の希望ではあるのだけれど・・・。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20100917/1285260586

*2:日本経済新聞2010年11月20日付朝刊・第2面

*3:もちろん、これに対する日弁連サイドの「裕福な人しか・・・」という主張もまた時代遅れなステレオタイプ感あふれるものと言わざるを得ないのだが。

*4:兼業併給禁止規制を本格的に緩和して、経済困窮者のための奨学金的な制度を設けるとか、在職中合格者の“出向”を認めさせるようにするとか(国1キャリアが人事院付の出向(当然原給保証)で修習に来ている実態があるのだから、その対象を拡大することだって不可能ではないはずだ)。

*5:「給費制」を復活させるのであれば、きちんと筋を通して恒久的に裁判所法を再改正すべきだし、「貸与制」にするのであれば、明確に制度を転換させた上で、修習生の不利益を補う手を早期に打つべきであろう。

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