驚愕の社説

最初に読んだ時、思わず“ポカーン”状態になってしまった、そんな驚くべき社説が、日経紙に掲載された。

題して、

「「公正」かたる著作権侵害許すな」
日本経済新聞2010年12月23日付朝刊・第2面)

先日のエントリーでも触れたとおり*1文化審議会著作権分科会の方針を伝える記事と並んで、「日本新聞協会」ら4団体の「反対意見書」が提出されたという記事も載っていたから*2、新聞社の公式論調がある程度後ろ向きなものになることは予想できたのだが、それにしても、これは凄い。

どれだけ凄いかと言えば・・・


まず、この社説では、冒頭で文化庁の方針を紹介しつつ、第1段落の末尾で、

「だが法制化と運用には細心の注意が必要だ。」

と、牽制する。

そして、さらにこれまでの経緯を紹介して「付随的に生じる複製などにとどまるならば、その限りで著作権者の利益を大幅に損なうことはないだろう」と文化庁の方針を一応評価をする素振りを見せつつ、次の段落から、以下のような驚くべき主張を展開するのだ。

文化庁は米国型のフェアユースの考え方をとらず、著作権侵害とならない行為を例外的に示す方針だ」
米国は判例などで権利侵害とならない範囲を広く認める傾向がある。米国の制度との違いを、文化庁は明確にして周知徹底すべきである。」(強調筆者)

前段については、今回の改正で導入が見込まれる規定が、米国著作権法107条のような包括的なスタイルのものではない、という意味においては、決定的な間違いとはいえないものの、正確な表現とも言いづらい*3

そして、「権利侵害とならない範囲」が広く取られるかどうかは、我が国においても今後の判例の蓄積によって定まってくる話であって、あたかも我が国の新制度が、「(米国と異なり)権利侵害とならない範囲を広く認めるものではない」もののように読めてしまう後段の書きぶりは、明らかにミスリードだといえるだろう。

さらに読み進めていくと、半ば意図的とも思われるような不思議な記述に接することになる。

「新聞記事を会議資料として大量に複写したり、記事の全文をネット上で引用したりする例が後を絶たないが、これらは新しい制度でも例外規定の対象とならず、違法である。」

確かに、新聞記事の社内会議資料としての大量複写は、それを新聞社に無断で行えば、現在の著作権法の下では明らかに著作権侵害を問われる可能性が高い行為だといえるだろう。
だが、今回導入が予定されている「一般規定」の類型の中には、

「適法な著作物の利用を達成しようとする過程において合理的に必要と認められる当該著作物の利用・・・」

を権利制限の対象とするものも入っており(類型B)、最終的な目的との関係で、社内会議用の利用が適法とされる余地だって十分にある。

また、後者の「記事の全文のネット上での引用」については、現在の法制度の下でも、引用の仕方によっては適法となる余地があるわけで*4、これをここでの例として挙げる理由はいまいちわからない。

そして、最後には、

「悪質な違反行為には罰則の適用もためらうべきではない。行政は法律の厳格な運用に努めるべきだ。」

と来るのだから、こりゃあ凄い、と誰しもが思うことだろう。


自分は、「フェア・ユース」の概念が独り歩きすることによる侵害件数増加の危惧は、一応理解しているつもりだし*5、「一般規定」の最大の弱点である、「法的安定性」の問題を指摘する分には、「反対意見書」にも一応評価すべき余地はあると思っている。

だが、上記社説は、そういった観点からの抗議、という域を超え、今回の改正の動きを、独自の解釈で殊更に矮小化して読者をミスリードするもののように思えてならない。

フェアユースをめぐる議論の動向をいち早く取り上げ、“産業育成”の観点からむしろこれを積極的・肯定的に評価する、というのが、これまでの日経紙のスタンスだった*6、と自分は認識していた。

議論が本格化するにつれ、いずれか一方の主張に肩入れするような場面は減ってきたものの、それでも日経紙はまっとうな議論の土俵を設定できる数少ないメディアの一つだと思っていたのだが・・・

立場が変われば、主張することも変わる、というのはやむを得ないことだとしても、やっぱり生々しい業界エゴを見せつけられると引いてしまうのは事実。

自分はまだ、日経紙には、この嫌な印象をリカバーできるくらいの冷静な視点を持った記事を出せる能力があるんじゃないか、と思っているのだが、それは過大な期待、というべきなのだろうか?

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20101214/1293647072

*2:提出された「意見書」は、http://www.pressnet.or.jp/statement/pdf/20101210_%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9%E6%84%8F%E8%A6%8B%E6%9B%B8%EF%BC%88%E5%90%89%E7%94%B0%E6%AC%A1%E9%95%B7%E3%81%82%E3%81%A6%EF%BC%89.pdfである。

*3:我が国に導入される規定も「一般規定」という位置づけとなることに変わりはなく、個別に行為を限定列挙して権利制限を行う従来の規定とは明らかに異なる。

*4:あくまで論評等の目的で、引用先との主従関係を意識しながら記事を引いてくるのであれば、(ごく短い記事の場合などは)、適法とされる余地も十分にあるといえるだろう。

*5:法制問題小委員会の報告書では「居直り侵害者が蔓延するとまではいえない」とあっさり切り捨てられているが(13頁)、一般規定への“過大な期待”が独り歩きし、ある種の誤解から“確信犯的侵害”や“悪意なき侵害”が出てくる可能性はやはり否定できないだろうと思う。

*6:例えば、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080708/1215560447で紹介した記事など。

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