予想を超えた判決〜東芝録画補償金支払請求事件(前編)

昨年の年末、私的録音録画補償金制度をめぐって、強烈なインパクトを与える判決が出されたのは記憶に新しいところ*1。そして、年明け早々に、東京地裁が出した上記判決文がアップされた。

1年前から取り上げてきたこの事件。

負けた原告はもちろんのこと、被告の側にも複雑な思いを抱かせたであろう今回の判決を、じっくりとご紹介していくことにしたい。

東京地判平成22年12月27日(H21(ワ)第40387号)*2


原告:社団法人私的録画補償金管理協会(SARVH)

被告:株式会社東芝

原告代理人には、日比谷パーク法律事務所の久保利英明弁護士、西本強弁護士が付き、かたや被告代理人には、長島・大野・常松法律事務所の華麗なる二枚看板、三村量一弁護士、田中昌利弁護士(お二人とも元・最高裁調査官、知財高裁判事の経歴を有する)のお名前がある。

1億4688万5550円という請求金額の大きさ以上に、結果如何では、今後の私的録音録画補償金徴収をめぐる実務に大きな影響を与える、という意味で注目されたこの事件だったが、期待に違わず、実に大胆な解釈が示されることになった。

被告各製品が著作権法施行令1条2項3号の規定する特定機器に該当するか

本件で争点となったのは、

(1)アナログチューナー非搭載DVD録画機器である被告各製品が施行令1条2項3号の規定する特定機器に該当するか
(2)被告が,原告に対し,法104条の5の協力義務として,被告が販売した被告各製品に係る私的録画補償金相当額を支払うべき法律上の義務を負うか
(3)原告主張の被告による不法行為が成立するか
(4)被告各製品による録画について著作権者等の許諾があるものといえるか
(5)原告が,被告に対し,法104条の5の協力義務の履行として,又は不法行為による損害賠償として,支払を請求し得る被告各製品に係る私的録画補償金相当額又は損害額

という5点だったのだが、これまでの経緯からすれば、本件訴訟において、被告側がもっとも気合を入れて主張を展開していたのが、(1)の争点だったのは想像に難くない。

以前ご紹介したJEITAの見解にしても(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20091016/1255881759)、東芝のプレスリリースにしても(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20091111/1258252877)、あくまで「アナログチューナー非搭載DVD録画機器が特定機器に該当するかどうか」という点に主眼が置かれている。

そして、被告は、本件訴訟において、

ア 著作権法30条2項及び施行令1条2項3号の趣旨からする特定機器非該当の主張
〜「ダビング10」のような著作権保護技術の下では、「広範かつ大量に」「高品質の」「複製」はされ得ないことになるから、かかる著作権保護技術が導入されたアナログチューナー非搭載DVD録画機器には、30条2項の私的録音録画補償金制度の趣旨は該当しない。
イ 関係者の合意ないしコンセンサスを形成する必要性及びその不存在
私的録音録画補償金制度の特異な性質及びその法的な仕組み等に照らせば、特定機器の範囲は、関係者の合意ないしコンセンサスを得て決められるべきものであるところ、施行令1条2項3号制定当時において、アナログチューナー非搭載DVD録画機器が特定機器に含まれることについて、購入者や製造業者の理解は得られていなかった。
ウ 特定機器該当性を否定すべきその他の実質的理由
〜購入者は著作権保護技術の対応コストと私的録画補償金という二重の負担を負う一方で、著作権者は著作権保護技術によって私的複製を制限し、それによって制限下で適切な利益を得た上に、更に私的録画補償金請求権という二重の利得を得ることになる。
〜アナログチューナー非搭載DVD録画機器による録画については、(著作権保護技術の制限の範囲内で)著作権者等の許諾があるものと解され、著作権者等の許諾のある私的録画については、法30条2項等の私的録画補償金に関する規定の適用はないというべきであるから、アナログチューナー非搭載DVD録画機器は、一般的・類型的に補償金の対象となる私的録画に使用される可能性がない録画機器ということができ、特定機器には該当しない
エ 施行令1条2項3号の文言解釈
〜施行令1条2項3号の「アナログデジタル変換が行われた影像」とは、機器の外で変換が行われたものではなく、機器内で変換が行われたものに限られる。

という4点を挙げ、満を持して「特定機器非該当」を主張した。

だが・・・

****

この点に関し、裁判所の判断は思いのほか被告側に冷淡であった。

まず、裁判所は、政令1条2項3号の解釈にあたって、

「法30条2項が私的録音録画補償金の対象となる「デジタル方式の録音又は録画の機能を有する機器」の具体的な機器の指定を政令への委任事項とした趣旨は,私的録音録画補償金を支払うべき機器の範囲を明確にするためには,機器に係る録音又は録画の方法,標本化周波数,記録媒体の技術仕様等の客観的・一義的な技術的事項により特定することが相当であり,しかも,デジタル方式の録音又は録画に係る技術分野においては技術開発により新たな機能,技術仕様等を備えた機器が現れ,普及することが想定され,このような機器を私的録音録画補償金の対象とするかどうかを適時に決める必要があること,逆に,私的録音録画補償金の対象とする必要性や妥当性がなくなった機器については適時に除外する必要があることなどを考慮し,具体的な特定機器の指定については,法律で定める事項とするよりも,政令への委任事項とした方がより迅速な対応が可能となるものと考えられたことによるものと解される。このような法30条2項の趣旨に照らすならば,法30条2項の委任に基づいて制定された「政令」で定める特定機器の解釈に当たっては、当該政令の文言に忠実な文理解釈によるのが相当であると解される。」(62頁)

と、厳格な文理解釈によることを明らかにした上で、文言上の限定等が付されていないことを指摘し、

「特定機器に関する法30条2項及び施行令1条の各文言によれば,施行令1条2項3号の「アナログデジタル変換が行われた影像」とは,変換処理が行われる場所のいかんに関わらず,「アナログ信号をデジタル信号に変換する処理が行われた影像」を意味するものと解するのが相当である。」(64頁)

と、文言解釈を理由とする上記エの被告主張をあっさりと退けた*3

そして、被告の実質的観点からの主張(ア〜ウ)についても、私的録音録画補償金制度が導入された平成4年著作権法改正の経緯に言及したうえで、

「以上のような平成4年法改正に係る経過からすれば,同改正においては,少なくともデジタル録音機器に関しては,既に著作権保護技術によって複製の制限が行われているという実態を踏まえ,これと両立する制度として私的録音録画補償金制度が導入されたものと認められる。」
「したがって,著作権保護技術によって複製が制限された状況下における私的録音又は私的録画の場合には,およそ法30条2項の私的録音録画補償金制度の趣旨が妥当しないとはいえない。」(68頁)

と述べ、さらに、著作権保護技術(ダビング10)が導入された現状を根拠とする主張(上記ア)については、

「被告の上記主張は,平成15年12月1日に地上デジタル放送が開始され,その中で,地上デジタル放送について平成16年4月5日からはコピー・ワンス,平成20年7月4日からはダビング10による複製の制限が行われているという事実,すなわち,施行令1条2項3号制定後に生じた事実状態のいかんによって,同号が規定する特定機器の範囲が定まるとするものにほかならないものであり,結局のところ,被告の上記主張の実質は,施行令1条2項3号が規定する特定機器の要件(上記技術的事項)に該当するものであっても,同号制定後の地上デジタル放送における著作権保護技術の運用の実態の下では,私的録画補償金の対象とすべき根拠を失うに至ったから,同号の特定機器からこれを除外するような法又は施行令の改正をすべきである旨の立法論を述べるものにすぎないといわざるを得ない。」
「もとより,ダビング10の方式によるコピー制御が行われている地上デジタル放送について私的録画を行う場合に,私的録画補償金を支払うものとするのが妥当かどうか,そもそも著作権保護技術が用いられた地上デジタル放送について私的録画補償金の対象とすべきかどうか,あるいは著作権保護技術によるコピー制御の規制の度合いによって私的録画補償金の対象とすべき範囲又は補償金の金額に差異を設けるべきかどうかなどの事項については,私的録画が行われている社会的実情,コピー制御技術の内容及び効果,私的録画を自由とする代償措置の必要性等の諸般の事情を総合的に考慮して判断すべき事柄であって,法30条2項や施行令1条2項3号の各規定の文言やその趣旨を手掛かりに一義的に決し得るものではなく,法令解釈の枠を超えたものというほかない。」(69-70頁)

と、

被告が中山信弘東大名誉教授の意見書(乙23)を引っ張って応戦した上記イ(コンセンサスの不存在)の主張については、

「被告が上記主張の根拠とする「特定機器の範囲を決めるに当たっての関係者間の合意ないしコンセンサス」の必要性なるものは,特定機器を定める立法(具体的には,内閣による施行令1条の制定)の過程において一般的に行われる意見調整等の必要性を述べているものにすぎず,このようなことが,現に制定されている施行令1条2項3号の規定を解釈するに当たっての根拠となるものではない。特定機器の範囲については,関係者間の意見調整等をも含む必要な立法過程を経た上で,内閣が施行令1条の規定においてこれを定めたのであるから,以後は,同条の規定文言に当てはまるか否かによって特定機器の範囲が決められるのであって,同条の規定文言を離れ,関係者間の合意の有無によって特定機器の範囲が決められるなどと解することは困難である。」
「被告の上記主張は,結局のところ,アナログチューナー非搭載DVD録画機器について,施行令1条2項3号制定後の地上デジタル放送における著作権保護技術の運用の実態の下では,私的録画補償金の対象とすることについて関係者間に意見の対立があるから,同号の特定機器から除外するような法又は施行令の改正をすべきである旨の立法政策ないし立法論を述べるものにすぎないといわざるを得ない。」(74-75頁)

と、実に手厳しく退けている*4

いかに細かく技術的事項が列挙されている省令だといっても、ここまで「立法時」という時的要素に固執した解釈をしなければならないものなのか、そもそも平成4年時に想定されていた「著作権保護技術」を現在稼働しているそれと同等のものと評価することができるのか、等、判決の論理にはいろいろと突っ込みどころもあるだろう*5

ただ、所詮は「施行令」。

仮に、この争点で被告が勝っていたとしても、文化庁のさじ加減一つで施行令の文言を書き換えることは(理屈の上では)可能なわけで*6、メーカー側がここを主戦場としていた、ということには、ちょっと首をかしげたくなるところもあっただけに*7、この争点に係る判断内容からは、自分はそんなに大きなインパクトは受けなかった。

* * * *

さて、続いて、本件判決の最大のキモである争点(2)に入るところなのであるが、字数もだいぶ多くなってきたし、書いている自分もいい加減眠くなってきたので、ここは稿を分けて後編で紹介することにしたい。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20101228/1293734645

*2:民事第46部・大鷹一郎裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110106181237.pdf

*3:裁判所は、当該機器内で変換が行われた影像に限定するのであれば、明確な限定文言を規定するのが適切であることは明らか」(65頁)としている。この辺の理屈はともかく、あたかも特許クレームの解釈のごとく重箱の隅をつつくような被告側の解釈論には、自分としても共感しにくいところはあるから、結論においてはこれで良かったのではないかと思う。

*4:さらに上記ウの「実質論」についても、「二重の損失・利得問題」については立法論に過ぎない、として、「著作権者の許諾あり」という点については、技術的事項とは異なる問題を特定機器の要件に持ち込むものである、として、いずれも退けている。

*5:この辺り、「HEAT WAVE」事件の市川コートの判決における契約解釈手法を彷彿させるものがある。同種事件で「THE BOOM」の判決を書いた高部コートのような発想を取れば、また違う結論になるのではないか、と想像してみたり。

*6:現に、文化庁の課長名で訴訟提起当時から原告主張に沿うような回答が出されているわけで、訴訟が係属している間に、「従来の解釈の明確化」という名目で省令が書き換えられても何ら不思議ではない。もちろん、メーカーサイドの政治力を持ってすれば、そうやすやすと書き換えを許すことはないだろうけど、理屈の上では一方的な改正も十分に可能である。

*7:そもそも“コピーワンス”時代ならともかく、“ダビング10 ”に制限が緩和してから「実質論」で争うのは、ちょっと時機に後れた・・・感があったのも否めない。「協力義務」の解釈がもたらす危うさゆえに、自ずから、こちらの争点にシフトした議論を意図的に展開していたところもあるのだろうが、その辺はまた「後編」の方で言及する予定である。

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