ここ1年ほどの間、知財法分野における「法改正」というと、専ら著作権法改正(権利制限の一般規定導入)の動きの方に目が向いてしまう方が多かったのではないかと思うのだが、“大山鳴動して・・・”の感がある“あちら側”の動きを横目に、大胆な法改正に向けて動き始めているのが特許法分野。
できれば、昨年、「産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会」の報告書(案)が出てきた時点でご紹介したかったのだが、いつの間にか年も変わり、とうとう2月1日付けで報告書の確定版が公表されるに至ってしまった。
具体的な法改正の動きもいずれ出てくるだろうが、まずはここで、今回の報告書の内容をかいつまんでご紹介しておくことにしたい。
報告書のタイトルは、
「特許制度に関する法制的な課題について」
http://www.meti.go.jp/press/20110201002/20110201002-2.pdf
である。
登録対抗制度の見直し
今回の報告書の内容は多岐にわたるが、最初に取り上げられているのが、この「登録対抗制度の見直し」という項目である。
「登録が対抗要件」という立てつけになっていながら、これまでほとんど、と言って良いほど利用されてこなかった通常実施権の登録制度。
実務で利用されない理由はいろいろと挙げられていたが、いずれにせよ、これを何とか使いやすいものにしてほしい*1というのが産業界のかねてからの悲願だったのは間違いないところであった。
今回の報告書を見る限り、そんな願いがようやく叶いそうな気配である。
<対応の方向>
通常実施権を適切に保護し、企業の事業活動の安定性、継続性を確保するため、以下の点を踏まえ、登録を必要とせず、自ら通常実施権の存在を立証すれば第三者に対抗できる、「当然対抗制度」を導入すべきである。
・ 通常実施権を登録によらずに保護すべき政策的必要性が高いこと
・ 通常実施権は無体物に関する権利であり、かつ、特許権に対する制約性が小さいこと
・ 特許法上、法定実施権について当然対抗が認められていること(特許法第99条第2項)
・ 加えて、特許権を譲り受ける際には、実務上も、特許権者への事前の直接確認(いわゆるデューデリジェンス等)が行われていること
(以上3頁)
これが認められることになれば、特許権者が特許権を譲渡した場合でも、ライセンシーとしては一応は安心、ということになるし、特許権者の破産時等、極限的場面での対応も法の根拠を盾に、従来より有利に行うことができるようになるだろう。
明確な公示方法がないまま対抗要件を具備する、というのは、我が国の民事法上の規律からすれば、若干異質なものにも思えるが、「通常実施権者が存在しても特許権者自身(及び特許権者が新たに実施権を許諾する者)の実施には何ら制約がない」という特許(というか知的財産)の特殊性に鑑みれば、決して不自然な取扱いとはいえない。
なお、これに関連して、「通常実施権登録制度そのものを廃止する」という方向性が示されているほか、
「特許権の放棄や訂正審判の請求等については、それらの行為がなされても通常実施権者等による実施の継続が妨げられないことから、通常実施権者等の承諾を不要とすることが適当である」(8頁)
という方向性も示されている。
元々、通常実施権が登録されることが稀であったことを考えると、上記のような当然対抗制度の導入と、放棄・訂正時の承諾を不要とする必要性は必ずしも結び付くものではないのだが、従来から実務的な煩雑性を指摘されていた点だっただけに、承諾を不要とすることに疑義を投げかける人はさほどいないのではなかろうか。
このほかに、報告書では、「現行法下における専用実施権及び独占的通常実施権」が実務のニーズを十分に満たすものとは言えない、という前提の下「新たな独占的ライセンス制度の整備に向けた検討を行うこと」や、「特許を受ける権利を目的とする解禁に向けた検討を行うべき」という方向性も示されている。
「ダブルトラック」のあり方について
今回の報告書の中で、理論的に最も興味深い分析検討がなされているのが、この辺りの章である。
業界関係者にとどまらず、日経新聞も以前法務面で取り上げたくらいの注目度の高い論点だっただけに*2、審議会が果たしてどうまとめるのか、というところに興味があったのだが、結論としては、
「侵害訴訟ルートと無効審判ルートのそれぞれの制度の特徴、技術専門性を活かし紛争処理において無効審判が有効に活用されている現状、無効審判と特許権侵害訴訟の関係に関するキルビー判決や特許法第104条の3の制定等に至るこれまでの検討経緯を踏まえ、現行どおり両ルートの利用を許容することとすべきである。(22頁)
と、両ルートの併存を引き続き認める穏当な案で収まったようである。
もっとも、細かい論点では、手を加える方向性も示されていて、上記総論に続く「侵害訴訟の判決確定後の無効審判等による再審の取扱い」の章では、
(侵害訴訟における)
「請求認容判決後の無効審決確定による再審」
「請求認容(棄却)判決後の訂正認容審決確定による再審」*3
といった事態を防ぐため、
という方法で、
「無効審判又は訂正審判を請求した時期にかかわらず、特許権侵害訴訟の判決確定後に確定した特許無効審判及び訂正審判の審決確定の遡及効等を制限する」
という方向性が示されている。
再審の必要性、許容性の要件をクリアした上で、上記「再審制限」から派生する様々な論点を一つひとつ潰している報告書の当該章の内容は、同種の他の報告書の類と比べてもかなり充実しているように思われるし、多くの研究者、実務家の方々が議論を詰めていったのだろうなぁ・・・ということがうかがい知れるものと言えるだろう*4。
また、これに続く「無効審判ルートにおける訂正の在り方」の章でも、
「訴訟提起後の訂正審判請求については禁止して、キャッチボール現象が発生しない制度を導入すべきである」
「具体的には、審判請求から口頭審理までは現行制度と同様に審理を進め、「審決をするのに熟した」と判断されるときに、審判合議体は判断を当事者に開示する手続(例えば、名称を「審決予告」とする。以下本報告書ではこの名称を用いる。)を行う。「審決予告」は現行制度の審決と同内容47として、特許権者が「審決予告」中に示された審判合議体の判断を踏まえて訂正請求をすることができるようにする。」
(以上37頁)
という大胆な制度改革案が示されているのが印象深い*5。
さらに「特許法第167条において規定される無効審判の確定審決の効力のうち、第三者効について廃止すべき」とする提言や、「訂正の許否判断に関する判断に一貫性を持たせるために、訂正審判について請求項ごとの扱いを行うようにする」といった制度改正の提言など、これまで地味に盛り上がっていた問題にスポットを当てて、大幅な制度改正を目指しているあたりに、今回の報告書とそれにかかわった委員たちの強い“野心”を自分は感じている。
権利者の適切な保護
ダメ元でも主張しておこうか、という産業界の意向が少なからず読み取れる「差止請求権の行使制限」という論点については、時機尚早とされたようで、
「多面的な検討を加速化しつつ行った上で、引き続き、我が国にとってどのような差止請求権の在り方が望ましいか、検討することが適当である」(57頁)
という結論に収まっている。
一方、平成13年の最高裁判決以来、物議を醸していた「冒認出願された後の権利回復方法」については、
という方向性が示されている。
そして、この点についても、細かい分析がなされているのが好印象である*6。
ユーザーの利便性向上
この章では、“世界一厳しい”と言われる我が国の翻訳文提出、特許料等の追納手続をPLTと整合させるための方策が論じられている。
最近では、外国の特許権者を中心に、期限に後れた提出等の効力を争うような事例もかなり目立っていただけに、
「PLTに準拠した救済手続を導入する」
という方向性自体にはそんなに異論はない。
また、「特許出願よりも先に論文を公表したい」という研究者の意向を手続き面でどのようにフォローするか、という問題を掘り下げて検討したり、新規性喪失の例外条項について公表態様を限定せず、「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に公表した」ことをもって例外の適用を認める方向の改正提言を行うなど、最後まで興味深いポイントが並んでいる。
最後の項目である「特許料金の見直し」について、「審査請求料の引き下げ」に遂に踏み込んだあたりは、ちょっとやり過ぎ感はあるのだが・・・*7。
以上、最初から最後まで“盛りだくさん”な感のある今回の報告書。
気になるのは法案化のタイミングだが、これだけ良く練られた報告書が作られているのであれば、著作権法よりも動き出しは早いのかもしれないな・・・と個人的には思うところである。
あとは、国会さえまともに機能してくれれば・・・というところだろうか。
*1:端的に言えば、「対抗要件として登録を不要にしてほしい」ということ。
*2:しかも実務的にも理論的にも奥深い論点である。
*3:この点については、「ナイフの加工装置事件」(最判平成20年4月24日)で、多数意見と泉判事の個別意見が食い違いを見せるなど、議論は錯綜している状況にあったといえる。http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080428/1209438224、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080430/1209697525
*4:「刑事訴訟法の再審事由との関係」(結論としては「遡及効を制限すべきではない」とする)という、さりげない論点もきちんとフォローしているあたりが、行き届いているなぁ・・・という印象を与えてくれる。
*5:現在の特許法126条2項ただし書きや、181条2項自体も、平成15年改正で導入されたキャッチボール現象緩和のための制度だったのだが、導入当初から、181条2項の運用として(半ば盲目的に)「差し戻す」という運用が主流になったがゆえに、さらなる改正の必要が生じることになった(最近は若干傾向も変わってきているように思えるが)。
*6:「特許証の交付」についてまで検討しているのが面白い。
*7:ここを下げてしまうと、かつて懸念されたような無駄な特許審査を増加させることにならないか、といったところが気になるところ。