会心の棄却判決?

極めてクリーンに著作権著作者人格権侵害、一般不法行為に基づく損害賠償請求等が退けられた著作権事件の判決を最近見つけた。

昨年12月の判決だから、ちょっと古いような気もするが、被告代理人小倉秀夫弁護士が務めておられる、という点でも興味深いこの事件を、ご紹介しておくことにしたい。

東京地判平成22年12月10日(H20(ワ)第27432号)*1

原告:オーインクメディアサービス株式会社
被告:ロジテック株式会社

本件は、

「「データSOS」というタイトルで原告が自社のウェブサイトに掲載した「データ復旧サービスに関する説明文」」を、被告が自己のウェブサイトに掲載した行為」

について、著作権著作者人格権侵害及び一般不法行為の成否が争われた事件である。

あくまで「説明文」ということで、「創作性」が最大の争点になったが、原告が原告代表者の作成した文章について、

(1)見出しを含めると18もの文から成る大きなまとまりであり,無限に近い極めて広汎な幅がある中で選択された一塊の文章表現であること。
(2)一般に馴染みの薄いITサービスについて,平易な構成,配列,表現等の特色を出して他社との差別化を図り,もって顧客の誘引を図ることを目的とする広告表現物であり,その性質上,各社において特徴的な表現を工夫しアピールするものであって,誰が書いても表現が同じになるような性質のものではないこと。
(3)テクニカルライターである原告代表者によって,難解な技術分野につき,ITに詳しくない一般ユーザーにも理解することができる平易かつ簡潔な表現によって記述されたものであること。
(4)データ復旧サービスが一般に十分認知されていなかった時期において,故障したハードディスクからデータを取り出すことの困難性や,ハードディスクを破壊してでもデータを守ることの重要性を,一部の顧客には理解してもらえなかった経験から,ハードディスクを破壊してでもデータを守るサービスであることを一般ユーザーに納得してもらえるよう,ハードディスクの物理的な修理とデータ復旧との差異を中心に説明を展開していること。
(5)難解な技術分野について,初心者でも容易に理解することができるよう,文章全体のボリュームを一覧可能なコンパクトなレベルに抑えていること(難解な技術サービスの全体像を短文で簡潔に表現することは容易ではない。)。
(6)読者の疑問に沿う形の構成を採用し,クエスチョンマークを用いて読者の興味を惹くような平易な疑問文を用いていること。
(7)「*」*2の記号を使用した見出しを付し,「データ復旧って何?」→「どんなときに利用されるの?」→「修理と何が違うの」との構成,流れ及び特徴的な小見出しを採用することにより,説明の中心部分である修理との差異へと読者を自然に誘導していること。
(8) 「*」の記号の小見出しの下部階層において「・」の記号を冒頭に付し,利用の具体例を端的に指摘していること。
(9)「*」の記号の小見出しの下部階層において「パソコン修理」と「データ復旧」とのサブ小見出しを設けることにより,「データ復旧」の本質を浮かび上がらせるべく修理との対比を行い,この点を重点的に説明していること。
(6-7頁)

と、自己の文章に創作性があることを主張したのに対し、被告は、原告文章全体との比較で共通部分が少ないことを指摘した上で、

「その共通部分の表現は,データ復旧サービスについての説明を行うという目的からは他に選択の余地がないか又は乏しいもので表現が共通となることは避け難いもの,又はありふれた表現であって,被告文章は本件コンテンツ及び原告文章の表現上の創作性のない部分で共通・類似するにすぎず,複製にも翻案にも当たらない。」(7頁)

と、典型的な論法で正面から争った*3

また、一般不法行為についても、原告が、

「先行企業としての業務経験に基づき試行錯誤の上に完成させた自社オリジナルの広告文につき、同一サービスに新規参入する(業務経験のない)大手のライバル企業によって盗用されない利益は、法的保護に値する」(10頁)

という主張を展開したのに対し、被告は、

「先行作品を作り上げるに当たって相当の労力及び費用を掛けたこと,先行作品の販売地域と競合する地域で無償又は廉価で頒布することなどにより,先行作品の頒布等を通じて投下資本を回収する機会を害したことなどが要素となり,そのような要素を具備しない場合には一般不法行為の成立は認められない。」(11頁)

という規範を立てた上で、原告のウェブページが上記要素を備えていないことについて、複数の観点から反論している。

原告・被告双方の文章を分かりやすく対比した資料がないため、その分面白さは半減しているのだが、それでも、事実関係がシンプルであるがゆえに、双方の主張のガチンコ対決ぶりがより際立っている、そんな事件である。

裁判所の判断

さて、このような状況で裁判所はどのような判断を下したのか?

まず、裁判所は、原告が主張していたウェブページ全体の「コンテンツ」としての保護について、「原告による侵害部分の具体的な主張がない」としてこれを退けた上で、付言として、原告ウェブページの著作物性も否定している。

そして、「言語部分」の侵害成否判断については、江差追分事件の最高裁判決を引用しつつ、

「複製又は翻案に該当するためには,既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が,著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である。そして,「創作的に」表現されたというためには,作成者の何らかの個性が発揮されていれば足り,厳密な意味で,独創性が発揮されたものであることまでは必要ないが,文章がごく短いものであったり,表現形式に制約があるため他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合は,作成者の個性が現れているとはいえないため,創作的な表現ということはできない。」(18-19頁)

という規範を立て、全体的な表現については、

「このような一般消費者向けの広告用文章においては,広告の対象となる商品やサービスを分かりやすく説明するため,平易で簡潔な表現を用いることや,各項目ごとに端的な小見出しを付すること,説明の対象となるサービスとはどのようなものか,どのような場合に利用するものなのか,異なる商品やサービスとの相違点は何かをこのような構成,順序で記載することなどは,広告用文章で広く用いられている一般的な表現手法といえ,原告主張の上記の全体的な表現に作成者の個性が現れているということはできない。」(19頁)

としたうえで、個別に対比された箇所については、

「文章自体がごく短いものである」
「・・・の表現としては平凡かつありふれたものということはできない」

といった理由で、、「当該部分に作成者の個性が現れているということはできない」と言い切ったのである。

かくして原告の著作権著作者人格権侵害にかかる主張は、すべて退けられるところとなった。


それでは、一般不法行為の方はどうだったか。

裁判所は、「被告文章は、原告文章に依拠して作成されたことがうかがわれる。」(27頁)と述べた上で*4

(1)別紙文章対比表のとおり,同表の被告文章欄記載の文章のうち,原告文章の表現と類似しているのは下線が付されている部分のみであり,全体の2分の1以上を占めるその他の部分は原告文章の表現と類似していないこと
(2)原告文章と被告文章の表現が類似している部分は,上記1で説示したように,データ復旧サービスの内容を一般消費者向けに説明する際に広く用いられている一般的なもので普通に考えられる工夫であること,
(3)被告文章は広告用の文章であって被告は被告文章の出版,ウェブサイトへの掲載等により直接利益を得ているわけではないこと
(4)広告用文章を閲覧した者が当該サービスを利用するか否かは,その広告用文章の表現内容のみではなく,当該サービス自体の内容や価格,その実績等によるところが大きいこと(27-28頁)

ことを指摘し、「被告文章が原告文章に依拠して作成されたものであったとしても,被告が被告文章を被告ウェブサイトへ掲載した行為が,公正な競争として社会的に許容される限度を逸脱した不正な競争行為として不法行為を構成すると認めることはできない。」(27-28頁)と結論付けたのである。


先に述べたように、被告の代理人小倉秀夫弁護士。

そして、本件と比べれば、遥かに被告の行為の原告への影響が大きい、と考えられる「廃墟写真」事件ですら、一般不法行為の成否について、小倉弁護士の“原告代理人としての主張”が認められなかったことを考えると、小倉弁護士としても、このレベルの事件で負けるわけにはいかなかったはずだ*5

個人的には、「廃墟写真」で“権利者”の側に立って戦っている小倉弁護士の姿よりも、今回のような事件で権利者の思い入れの入った主張を正面から退ける姿の方が、“らしい”という気がするのであるが、その辺は余計なお世話というべきか。

いずれにせよ本件が、シンプルで分かりやすい良い事案だったのは間違いないところで、「著作物の創作性」判断に関する一事例、という見地からも、広告表現における一般不法行為の成否の一つの判断基準を示した、という観点からも、いろいろと興味深いところである。

*1:民事第40部・岡本岳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101214143953.pdf

*2:文字化けしているのか、ここのところはどういう記号なのか、良く分からない。

*3:双方の文章の一例を挙げると、(原告)「パソコン修理/=パソコンの機能を取り戻すことに主眼を置きます。/たとえばハードディスクが故障した場合,新しいものに交換すればパソコンはその機能を取り戻します。しかし,新しいものに交換すれば当然データは戻りません。/データは消えてもパソコンは直る。これが修理の基本的なスタンスです。」(判決注:/は改行を示すため,判決において付加した。以下同様。)、(被告)「1.パソコン・機器等の修理/パソコンの動作的な機能を取り戻すことに主眼を置きます。/例えばハードディスクが故障した場合,新しいものに交換すればパソコンはその機能を取り戻します。しかし,新しいものに交換すれば当然データは戻りません。/データは消えてもパソコン・機器は元に戻ります。これが修理サービスの基本的な考え方です。」といったようなことになる。

*4:被告はあくまで「依拠もしていない」と主張していたのだが・・・。

*5:ちなみに時系列としては、今回ご紹介する判決の方が、廃墟写真のそれよりも早く出されている。

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